日本語教育通信 本ばこ
『一歩進んだ日本語文法の教え方 1』
本ばこ
このコーナーでは、最近出版された日本語教材や参考書の中から、「海外の先生にとって使いやすい教材」「授業や研究の役に立つ本」「知っていると便利な図書・資料」などを紹介します。
シンプルで分かりやすい文法授業を目指すための参考書
『一歩進んだ日本語文法の教え方 1』
著者:庵 功雄
出版社:くろしお出版(http://www.9640.jp/)
発行日:2017年6月1日
ISBN:978-4-87424-736-5
判型・頁数:A5判、176頁
本書が提案するのは、文法学習が出来るだけシンプルに進み、学習者が無理なく学習を進められる文法授業です。
本書の構成
本書は3部で構成されており、第1部では、学習者がつまずきやすい初級、中級の文法に関する問題を10個取り上げ、導入の際に考えるべきことや具体的な導入方法について述べています。第2部は「用語編」で、文法の導入に際して正確に理解しておいたほうがいい用語について、学校文法や日本語学での概念や整理方法との違いなどに触れながら解説されており、日本語教師として知っておくべき文法知識がまとめられています。第3部は「発想編」で、学習者の目線に立ち、分かりやすく負担の少ない文法授業を目指すべきだという筆者の考え方が提示されています。
第1部 文法項目を導入するときに考えるべきこと | セクション1 「他動詞」のいろいろ 〜を, に, と〜 |
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セクション2 もう一歩進んで考えてみると 〜「に」と「で」〜 | |
セクション3 条件が4つあるって本当? 〜と, ば, たら, なら〜 | |
セクション4 時の表し方のいろいろ 〜まで/までに, あいだ/あいだに, うちに〜 | |
セクション5 逆接の表し方のいろいろ 〜ても, のに, けど/が〜 | |
セクション6 人の思いはさまざまで 〜と思う〜 | |
セクション7 論文で大切なこと 〜「と考えられる」と「と考えられている」〜 | |
セクション8 母語の影響を考えると 〜に対して, にとって, について〜 | |
セクション9 それを教えてほしかった 〜文脈指示のソとア〜 | |
セクション10 産出の難しさ 〜結果残存のテイル形〜 | |
第2部 用語編 | セクション1 品詞 |
セクション2 活用 | |
セクション3 活用(形)に関わる用語 〜テ形, タ形〜 | |
セクション4 文体とその関連概念 〜丁寧体, 普通体, 丁寧形, 普通形〜 | |
セクション5 無標と有標 | |
セクション6 正用, 誤用, 非用 〜学習者言語についての見方〜 | |
セクション7 肯定証拠と否定証拠 〜文法教育に必要なもの〜 | |
第3部 発想編 | セクション1 理解レベルと産出レベル |
セクション2 日本語とニホン語 〜母語話者の文法,非母語話者の文法〜 | |
セクション3 産出のための文法 〜「100%を目指さない文法」の重要性〜 | |
セクション4 母語の知識を活かす | |
セクション5 「入れたのに入らない」 〜教える側の問題〜 | |
セクション6 「台本」を考えよう | |
セクション7 常に「説明」を考えよう |
導入方法を考える際の手引きとして
第1部の各セクションは、「こんな誤用があります」「誤用の理由を考える」「どう考えるか」「導入のポイントを考える」「より進んだ導入、研究のために」という流れで構成されています。
セクション1「「他動詞」のいろいろ 〜を, に, と〜」を例に見てみましょう。まず、「×昨日、デパートで田中さんを会いました。」などの典型的な誤用例が提示されます。続いて、なぜその誤用が起こるのか、母語転移などの理由が説明され、それを踏まえてどのようにその文法を考えたらいいのか、解説されています。そして「導入のポイントを考える」で、「(人)が(もの)を」という典型的なパターンから導入し、「を格」を取らない非典型的な場合だけを覚えればよい、第二言語習得の原理から考えて、すぐに完璧さを求めない、などと導入の際に気を付けるべき点を分かりやすく簡潔にまとめています。
このように、第1部は学習者の誤用から出発し、具体的な導入方法だけでなく言語習得の過程と、母語との対照研究を踏まえた教育のための提案がされています。
より良い文法の授業を目指して
第3部では、文法教育についての筆者の主張や問題意識を取り上げており、第1部で提示した導入方法がどのような考え方に基づいているかが述べられています。
例えば、セクション1で筆者は、文法を理解レベルの文法と産出レベルの文法、つまり、意味が分かればいいものと意味が分かった上で正しく使える必要があるものに分けて捉え、産出レベルの文法を優先すべきだと述べています。そうすることで、学習者に初級段階から「言いたいことが日本語で言える」という成功体験を与えることができ、日本語学習に対する動機付けを高められることなどを理由として挙げています。また、産出のための文法について、セクション3で「100パーセントを目指さない」ことが重要だと述べています。非母語話者にとって使いやすい文法を考えた時、文法の規則がたくさんあったのでは覚えきれません。そのような事態を避けるために、規則をなるべく少なく、シンプルにする必要があるとしています。
本書は単なる文法解説書にとどまらず、文法教育のあり方を見直そうとする筆者の考え方についても述べられており、普段の文法の授業を一度立ち止まって考えてみたい人にお勧めの一冊です。本書を自身の授業を見直し、改善するきっかけにしませんか。
(山下 悠貴乃/日本語国際センター専任講師)
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