日本語教育通信 海外日本語教育レポート JENESYS若手日本語教師 長谷川 有彦(フィリピン)

派遣国:フィリピン
派遣期間:2008年6月~2009年4月
氏名:長谷川 有彦
JENESYS若手日本語教師派遣プログラムの派遣先での写真1

 私は、フィリピン・ミンダナオ島のダバオに10ヶ月赴任しました。派遣先のミンダナオ国際大学は、フィリピンの日本語教育をリードする教育機関で、派遣当初は、そこで学生とどのように向き合うか、自分の役割とは何かを模索する日々でした。

 初めは、学生と良好な関係を保つことばかり考え、常に優しく接しようとしていました。しかし2ヶ月経った頃から、時には敢えて厳しく接するよう心掛けました。それは、同僚の日本語教師の方のある言葉がきっかけでした。

 「教師は辞められても、先生は辞められない」 私が教師という仕事を辞めたとしても、教えた学生にとって、私はずっと「先生」という存在であり続け、私が教えたことがずっと彼らの中に残っていくということです。この言葉を聞いて、たとえ短期の派遣教師でも、学生と真剣に向き合うべきだと考えるようになりました。学生にとっては大変だったかもしれませんが、派遣期間が終わる頃には、彼らの大きな成長を見届けることができ、また多くの学生から感謝され、別れを惜しまれました。

 そんな学生たちに、人として大切なことを気づかされることもありました。

 8月の終戦記念日に、1年生の授業で戦争のことについて話しました。フィリピンは、戦争で日本が占領し甚大な被害をもたらした国。やはり、日本人として過去の悲劇を忘れてはいけないと思ったからです。その授業で、学生の一人が、「戦争のことを忘れてはいけないけれど…」と英語で言った後に、「私は日本が好きです」と、習ったばかりの日本語で言ってくれました。それは、私が日本語を教えているだけではなく、日本とフィリピンとの架け橋として教壇に立っていることを実感する瞬間でした。

 経済的に豊かだとは言いがたいフィリピンでは、仕事やお金のために日本語を学ぶ学生も多く、日本から派遣されて日本語を教える私は、自分の仕事や立場に複雑な思いを持つこともありました。しかし、明るく前向きなフィリピンの学生との交流を通して、日本語教師のやりがいを再確認することができました。フィリピンで過ごした10ヶ月は、教師として、また人として、多くのことを学び、成長できた貴重な時間です。

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