日本語教育通信 海外日本語教育レポート 第11回

海外日本語教育レポート
このコーナーでは、海外の日本語教育について広く情報を交換したり、お互いの交流をはかるために、各地域の新しい試みやコース運営などについて、関係者の方々に具体的に紹介していただきます。

第11回   多様化するブラジルの日本語教育
-国際交流基金サンパウロ日本文化センター講師室の取り組みを中心に-

独立行政法人国際交流基金サンパウロ日本文化センター
客員講師  三浦  多佳史

100年の歴史と多様化する学習者

  日本語学習者の背景が多様化してきているのは世界的な傾向でしょう。若年層の学習者数の増加に加え、昨今の日本の若者文化の影響を受けた学習動機の多様化など、その変化は顕著であるといえます。その点ブラジルにおいても同様ですが、特に150万人といわれる日系移民を抱える移民国ならではの特殊性もあります。

  ブラジルにおける日本語教育の最大の特徴は、それがブラジルに移り住んだ日本人によって日本人子弟(日系人子弟)に対して行なわれ、よりよい日本人になるためという強固な理念の下、進められていたということです。1908年にブラジルへの日本からの移民が開始されて以来(2008年でちょうど100年になります)、この理念に基づく日本語教育は日系社会の実情や子どもたちの背景が様々な形で変わってきている中でも、各地の日系コミュニティの日本語学校で綿々と続けられてきました。

  日系移民の子弟は父母が日本人であるため、家庭内では日本語を使うのが普通でした。母語が日本語であるということです。しかしながら彼らは就学年齢に達するとブラジルの公立小学校に入学し、1日の多くの時間をポルトガル語の世界ですごすようになります。日本人である父母は、先のよりよい日本人に育てるという理念のもと、子どもが学校から帰ると、地域の日本語学校に通わせて日本語の勉強をさせます。一昔前まではこれがブラジルの日本語教育の通常の姿でした。こういった徹底した子弟教育により、ブラジルでは多くの日系子弟が日本語とポルトガル語のバイリンガルに育っています。

ある日系日本語学校の教室風景写真
ある日系日本語学校の教室風景
複式クラスで個別対応となるため教師が生徒の間を回っていく授業形態がとられている

  2、30年前からこういった日本語理念教育に変化が見え始めました。日本人ではない、2世、3世世代の親の数が増え、家の中で日本語を使う家庭が減ってきたのです。家庭言語として日本語を使い、社会生活言語としてポルトガル語を使うというバイリンガル育成のための環境が崩れてきたといえましょう。学習者側の環境の変化、意識の変化はものすごい勢いで進んでいくのに対し、教師側、学校側の環境や意識の改革はなかなか進みませんでした。

  日系コミュニティによって運営されている日本語学校は、学習者側の変化に気がついていながらも、そのまま日本で出版された日本人向けの国語の教科書を使い続けました。そのうち日系子弟の日本語離れが進む中、新たに日本に興味を向ける、「外人」と呼ばれる非日系のブラジル人学習者が学校に入ってきました。外国語としての日本語を学んだ経験を持つ教師はほとんどいなかったため、新しい、日本語を外国語として受けとめる子どもたちに、どのように対応していいかわかる人はほとんどいませんでした。次表が示すように、ブラジルにおける日本語教育の大部分は現在でも、これら学校教育以外に分類される日系日本語学校の学習者が占めています。

  学習者数 教師数 機関数
  学校教育 学校教育以外 学校教育 学校教育以外 学校教育 学校教育以外
2003年調査 4,703 15,041 130 996 55 327
1998年調査 3,084 13,594 76 796 25 279

(国際交流基金調査)

CELの授業風景写真
CELの授業風景 非日系の学習者が目立つ

国際交流基金サンパウロ日本文化センター講師室の役割

  国際交流基金サンパウロ日本文化センター講師室(以下講師室)は、現地専任講師2名、非常勤講師2名に日本から派遣された客員講師を加えた5名体制で、ブラジルの日本語教育を支援するために様々な業務を行なっています。その中でも、最近、特にこれら急激に多様化する学習者に対応するために、以下のような取り組みを始めたので紹介します。

(1)日系社会の日本語教育支援

  ブラジルの日系社会の日本語学校は、これまで主にJICA(国際協力機構)の支援によって支えられてきました。しかしながら、昨今の急激に進む学習者の多様化により、これらの学校でも従来のやり方に加え、外国語としての日本語教育を行なうところが増えてきています。こうした現状を受けて講師室では、 JICAの支援で開催される日系日本語教師向け研修会に対して、講師派遣などを行なって協力する試みを始めています。2005年は10回以上、こういった研修会へ講師室のスタッフが出向いて講義やセミナーを行ないました。JICAからこのような日系日本語学校へ派遣されるシニアボランティアや青年ボランティアとの交流も積極的に行ない、講師室主催の研修会への参加を呼びかけたり、個別の相談に応じたりもしています。

(2)参加型ネットワークを目指す「メルマガこうししつ」

メルマガこうししつ第50号の冒頭
メルマガこうししつ 第50号の冒頭
(画像をクリックすると拡大されます)

   2003年11月に始めた「メルマガこうししつ」はインターネットを通じた、日本語教師向けバイリンガルメールマガジンです。当初40人の登録者でスタートしましたが、それから2年、2005年11月22日に第50号を発行した時点では、ブラジル、アルゼンチン、ペルーなどの中南米諸国を始めとして世界17カ国、700人に迫る勢いです。記事の内容は「ひらがなの教え方」「類義語の説明のしかた」といった、ちょっとした授業の工夫やアイデアを紹介するものや、日本語教育文法の解説など、日本語教師にとって有益な情報を提供しています。1200字程度の読みやすい長さで、しかも日本語とポルトガル語の2ヶ国語でコンパクトにまとめた、続けて読んでもらえるメールマガジンになるよう心がけています。

   このメールマガジンは当初、学習者の多様化という、教師個人ではとても対応できない大きな問題に直面している現状を何とか打開するために、参加型の、持続的な日本語教師間ネットワークに育てようとの思いで始めたものです。メールマガジン自体は一方的に送りつけるだけですが、読者からのコメントや質問には、講師室のスタッフで担当を決めて、ていねいに返事を送っています。メールマガジンを受け取る読者グループも、距離的に近い人同士でメールマガジンを媒介として何らかの活動を行なっている例も報告されています。700人近くの参加者と、定期的な情報の受け取り、好きなときに好きな方法でお互いにコンタクトできる環境という、義務や負担の少ない、ゆるい連帯のネットワークに成長しつつあるといえるでしょう。

  「メルマガこうししつ」のバックナンバーはhttp://homepage3.nifty.com/miuratakashi/に公開されています。

(3)ブラジル  カラオケ日本語学習キャラバン2006

  学習動機の多様化は世界的な傾向です。特に21世紀の日本語学習の主役である若年層の動機付けは大人の日本語教師には戸惑うことも多いでしょう。漫画やアニメ、日本の若者に人気のアーティストなど、わからないことだらけです。そんなことを考えながら講師室で企画したのが、2006年2月にブラジルで実施予定の「ブラジル カラオケ日本語学習キャラバン2006」です。

  サンパウロ、リオ・デ・ジャネイロ、サルバドールなど、ブラジルの主要8都市で、まず教師向けに、日本の歌を使った日本語教授法デモンストレーションを講師室のスタッフが行ないます。次に潜在的な日本語学習希望者を日本語学校に引き寄せるために、今最も若者に人気のある日本のアーティスト10組をDVD によるコンサートで紹介します。そして最後に、日本語を学ぶ若者による、日本の歌カラオケコンテストを実施、各都市で最も印象的な参加者2名ずつをサンパウロに招待し、全国大会を行なうという企画です。

  DVDコンサート用の音響機材やカラオケ機材などはすべて車に積み込み、講師室のスタッフも乗り込んでキャラバンを組んで国内を回ります。各地でまだ日本語を学んでいない大勢の若者に出会い、日本のJ‐POPに代表される若者文化を紹介して、ひとりでも多くの若者が、日本や日本語に興味を持ってくれることを期待しています。

喜ばれる仕事をめざして

  講師室の仕事は常に現場に密着しています。いつも現場の先生方や学習者の顔が見えるのです。急激な多様化の嵐のなかで戸惑う先生方や学習者のみなさんに、少しでも喜ばれる仕事ができるようにと願って、今日も何かできることはないかと、講師室のスタッフみんなで頭をひねっています。

ページトップへ戻る