日本語教育通信 海外日本語教育レポート 第25回

海外日本語教育レポート
このコーナーでは、海外の日本語教育について広く情報を交換したり、お互いの交流をはかるために、各地域の新しい試みやコース運営などについて、関係者の方々に具体的に紹介していただきます。

第25回  シベリア北海道文化センター日本語コースの改善の試み
 ―JF日本語教育スタンダードの導入と学習者・教師の反応―

シベリア・北海道文化センター
イリーナ・プーリク

1. はじめに

  ロシアにおける日本語教育では、日本語を専門とする大学でも、中等教育機関でも、社会人向けの夜間日本語コースでも、学習者の動機を引き出し、より効率的な学習を目指して、日本語の授業に新しい教室活動や生教材などが取り入れられています。

  一方、ロシアでは、多くの場合、学習評価は教師が学習者を評価することだと考えられています。学習者がテストを受けて合格できたら「よく勉強した」、不合格だったら「あまり勉強しなかった」という意見がよく聞かれます。学習評価をコース全体のふり返りにつなげて、コースの改善を図ることはロシアの日本語教育の課題です。今回、ロシアのノボシビルスク市立「シベリア・北海道文化センター」(以下、SHC)で取り組んだ日本語コースの改善の試みを紹介します。  

2.コースの概要

  SHCの日本語コースは、1996年に開始した一般市民向けのコースです。コースの概要は表1の通りです。

SHCの日本語コースの概要の画像
表1  SHCの日本語コースの概要

3. コースデザインの改善

  2010年に公開されたJF日本語教育スタンダード(以下、JFスタンダード)は、欧州評議会による「言語のためのヨーロッパ共通参照枠」(以下、CEFR)の言語教育政策の考え方に大きな示唆を受け、「相互理解のための日本語」の教育を提唱しています。JFスタンダードにおけるCan-doは、言語の熟達度を「~ができる」形式で示しています。2010年SHCは、学習者のニーズ調査やロシアの社会的な要請に基づき、コースデザインを見直し、ロシアで初めて、日本語コースに言語活動Can-doを柱としたシラバス(以下、Can-doシラバス)を取り入れました(注1) 。現在、1年生で実施しています。2年生以上は、Can-doシラバスはまだ開発されていないので、文型シラバスで教えています。1年生向けのシラバスには言語活動Can-doが50含まれていて、Can-doを技能別に整理すると、表2のようになります。

1年生のシラバス(技能別)の画像
表2  1年生のシラバス(技能別)

シラバスに含まれているCan-do

例:「 SNSサイトに、よく使われる言葉を使って、自分の個人的な情報(年齢、名前、趣味、何をしているか)を短
    く書くことができる」(A1)
    「交流事業で、日本人の知り合いにあげたロシアの民芸品やノボシビルスクの名物について、学習した表現
    を使って、ゆっくりと、簡単に説明ができる。」(A2.1)

  SHCでは、1年間Can-doシラバスを実施して、シラバスの評価を行い、コースの改善を考えることにしました。SHCコースの評価は、SHCの教師によって開発された(1)筆記テストと口頭テスト(学習評価)、(2)学習者のアンケート、(3)教師へのインタビュー、の結果をもとにして行いました。以下に (1)~(3)の概要を紹介します。

(1)筆記テストと口頭テスト

  学習評価の際の達成度の目安は、JFスタンダードとCEFRのA2(またはA2.1)レベルの記述と授業で学習したモデル会話・テキストとにしました。Can-doの達成度を3段階「よくできた(目標以上達成)」、「できた(目標達成)」、「もう少し(まだ努力が必要)」に分けました。日本語教育において、Can-doの達成度を測るテスト開発はまだ一般化していないため、テストの内容はSHCの教師が自ら考えました。

(2)学習者のアンケート

  アンケートの内容は次の4つに分けました。
  ①コース目標の達成度:Can-doの自己評価、日本への理解を深めることができたか、講座を受けて何を得ら
    れたか。

  ②シラバスの内容の評価:学習したCan-doは実際のコミュニケーションに役に立つか。コースで扱われた日本
    事情によって理解を深めたか。
    どんな授業に特に興味があったか。コースにおいて一番難しかったこと何か。コースの内容に加えてほしい
    ことは何か。

  ③教え方の評価:最も効果を感じた教室活動は何だったか。教師の説明は十分だったか。自己評価と相互評
    価についてどう思うか。日本語を習得するために自分で何をしたか。

  ④コース全体の評価:満足度、問題点は何か。何を加えればいいか。

(3)教師のインタビュー

  教師のインタビューでは、教師の観点から見たコースの問題点と成果について質問しました。SHCの教師は、2009年までの文型を中心としたシラバスと2010年からのCan-doシラバスで教えた経験をふまえて、2つのシラバスの1年生のレベルを比較しながら、学習の成果と問題について答えました。

4.コース改善の結果

  コースの改善を評価するために、テスト、アンケートやインタビューのデータを集計および分析しました。その結果を学習評価とコースの教え方に分けて、紹介します。

4.1 学習評価について

  筆記テストと口頭テストの概要と結果は、表3と表4の通りです。

筆記テストの概要と結果の画像
表3  筆記テストの概要と結果

口頭テストの概要と結果の画像
表4  口頭テストの概要と結果

4.1.1  成果

  テストの結果と学習者へのアンケート及び教師のインタビューから、コースの成果として以下のことがわかりました。

①目標としたレベルを達成した

  テストの結果によると、80%以上の学習者は「達成」または、「達成以上」の結果でした。その達成率は、自己評価のデータと相関がありました。アンケートの自己評価によると、コースのCan-do達成率は、「達成以上」27.8%、「達成」50,8%、「まだ努力が必要」19.6%でした。テスター(教師)の意見では、口頭のやり取りにおいて聴解力が特に高かったそうです。さらに、前と違って、Can-doシラバスのコースの学習者はやり取りの中で方略を意識的に使っていることがわかりました。

②言語を超えて学習者のコミュニケーション能力が上がった

  コースの目標は日本語でのコミュニケーション能力を育てることです。しかし、学習者の中には、母語でコミュニケーション活動を行ったとき、相手の意識や話題の展開があまりできない人もいます。筆者が教えていたグループには、「書く」、「読む」が十分できる4人の学習者がいましたが、その4人は口頭のやり取りになると、声が小さくなって、話を展開せずにすぐに終わらせ、質問に「はい」か「いいえ」でしか答えませんでした。コース開始以降1ヶ月が経ってから、その4人の問題を発見して、ペア活動やグループ活動のときにサポートして、コミュニケーションが上手になるためにどうすればいいか、考えさせたり意識させたりしました。コースを受けて何が得られたかという質問に、その学習者は「母語でもコミュニケーションが上手になった。人と話すときにもっと自信が持てるようになった。」と答えました。さらに、16人の学習者は、自分のコミュニケーション能力を上げたと答えました。「前と違って、人と話すときに相手はどんな人か、意識している。11月の交流会に参加した自分をふり返って、もうあのときのようなコミュニケーションのミスをしないと思う」というコメントも学習者から出ましたB

③日本語学習を通して自己成長を感じた学習者が多い

  コミュニケーション能力と日本理解を深めることにより、学習者が自己成長していくというのがコースの目的の一つでした。自己成長はどんな教育においても期待されることでしょう。しかし、その評価となると、自己成長は眼に見えないし、客観的に測ることはとても難しいです。あくまでも、学習者自身が内省して、自分が変わってきた、成長してきたという気持ちを持つことが重要です。つまり、学習者が自己成長を感じているか、感じている場合、どのように成長したと感じているかということです。そこで、コースについてのアンケートに「コースを受けて、何が得られたか自由に書いてください」という項目を入れました。61名中11名(18%)が自己成長と見られるコメントを書きました。その中に「人と話すときの自信が強くなった」、「友達が私の意見をよく聞くようになった」、「日本についての知識を職場に生かしたい」、「私の人生はより豊かになった」というコメントがありました。

4.1.2  問題点

  一方、Can-doシラバスを導入した結果、以下のような問題が見られました。

①漢字があまり書けない

  コースでは、書くCan-do また文字でのやり取りのCan-doを13教えましたが、手書きではなくて、パソコンで打ってメールで提出した学習者も結構いました。アンケートによると、実際に日本語教師と日本語のメールでやり取りした学習者も44%いました。しかし、筆記テストのときに手で漢字が書けないことが明らかになりました。さらに「一年間の学習において、漢字を覚えることは一番難しい」と答えた学習者は37%でした。漢字学習(書き)をどのようにCan-doシラバスのコースに取り入れるか考えることが必要です。

②文の構成ができない、使用頻度の高くない語彙が覚えられない

  学習者は短い口頭のやりとりはできるようになりましたが、長い文の構成が難しいということが明らかになりました。つまり、A1とA2.1 レベルでは、暗記した文は言えますが、自ら文を作るのには困っているようです。36%の学習者は「文を作ることは一番難しい」と答えました。口頭テストを分析すると、動詞の「た形」を自由に作れなかったり、テスターの質問がわかっていても文で答えられない学習者もいました。シラバスの文型と語彙を1年間に何回か使ったり、復習したりするためにはどうすればいいか教師で考える必要があります。

  学習者はCan-doができるための文型・語彙を暗記しています。しかし、実際のコミュニケーションの際に、既習の語彙を使おうと思ったら、文法のルールをよく覚えていないので、使えないという教師の意見が出ました。学習者も漢字や語彙、文法のまとめ、または復習の授業をコースに取り入れてほしいと希望しています。

4.2教室活動やコースの教え方について

  Can-doシラバスでの授業に取り入られた教室活動や指導方法が学習者と教師にどう受け止められたかもコース改善の大切なポイントです。教え方に関する評価を以下に述べます。

4.2.1  成果

①ペア活動やグループ活動の効果が感じられた

  以前のコースと違って、Can-doシラバスのコースではペア活動とグループ活動を毎回行いました。アンケートの結果によると、68%の学習者は「ペア活動とグループ活動は一番効果的であった」、次いで「発表」、「ゲストとの会話」を効果のある活動として選びました。一方、一人で書く練習が一番効果的だったと答えた学習者が18%いました。それは、学習者のビリーフに関わり、1人での勉強の方が集中できると思っている人も少なくありません。異なるタイプの学習者をどのように扱うか、今後の課題の一つです。

②学習者は気づくことができるようになった

  第2言語習得の過程において、気づきはとても大切な段階です。以前のコースでは、教師は学習者に気づかせることをほとんどしませんでした。学習者に考えさせるより、教師が何でもロシア語で教えるほうが親切だと思っていました。しかし、Can-doシラバスの コースにおいては、学習者が自ら気づくことがCan-doの達成度の基礎となっています。導入にも、文法の説明にも、コミュニケーションの活動にも、教師がまず学習者にヒントを与え、気づかせました。教師から以下の感想が出ました。「前に何回教えても、分からなかった学習者がいたが、今年は学習者に文型の例を示し、学習者は例を整理して、場面を分析して、自分で文法の意味やルールを発見しました。とても驚きました。」。学習者は、みんな気づかせる活動に活発に参加していました。一方、教師の意見によると、教師がわざわざ気づかせるヒントを与えないと学習者が気づかないようです。また、コースの前半には教師の説明を待っている学習者がかなりいました。学習者を気づかせるために、教師が多くの質問を出して、学習者がそれを考えるのに時間が長くかかかったそうです。さらに、Can-doを達成するために、言語知識に関わる気づきやコミュニケ[ション過程に関わる気づき(相手、場面、言いたいことと言えることの差など)も必要です。そのように「よく見る目」、「よく聴く耳」という気づく能力を育てるために教師は、特別な活動を取り入れる必要があると思われます。

③自己評価は肯定的に受け入れられた

  Can-doシラバスのコースでは、自己評価を授業によく取り入れました。自己評価について21%の学習者は「とても役に立つ」、60%が「役に立つ」、19%が「あまり役に立たない」と答えました。つまり、自己評価を好む学習者もいますが、自分を客観的に評価できるとは言えないため、反対の学習者もいます。教師によると、授業の終わりに5分ぐらい自己評価と教師のフィードバックをしても、「はい、できました」と評価して、深く考えなかった学習者もいたそうです。自己評価の役割を考え、やり方を見直す必要があると思われます。

4.2.2  問題点

・語彙の運用力を高める工夫が必要

  アンケートの結果によると、学習者にとって語彙を覚えることはそんなに難しくありませんでした。しかし、口頭テストの「語彙・文型」の評価結果を見ると、16名(26%)の学習者は「まだ努力が必要」と評価され、目標を達成できなかったという結果でした。教師の意見でも、授業でCan-doを達成しても、しばらく経ったら語彙を忘れている学習者は多かったそうです。SHCCan-doシラバスを開発するとき、言語項目(語彙・文型)は日本語会話教材を参考にしました。しかし、その言語項目は、1つのCan-doから次のCan-doへどのようにつなげるか、関連性をあまり考えませんでした。以上の状況と考察を踏まえ、学習者が語彙をよく覚えるように復習の授業か、言語項目の順番と連携を考える必要があります。

5.おわりに

  国際交流基金(2010)によると、日本語コースをより効果的に実施するために「Plan-Do-See-Plan…」のプロセスは大切です。計画されたシラバスを実行してみて、コースをふり返って、成果や問題点を明らかにして、コースの改善を考えるということは継続的に行う必要があります。つまり、日本語コースは、一回開発されたら完成するものではなく、学習過程に影響される要素や評価によって、常に改善し続けるものです。そのようなプロセスにより、シラバスや教え方の改善、教師の成長が期待されています。

  今回、SHCの教師全員でコースの改善を考えました。コースの評価は、波及効果をもたらし、教育過程にさまざまな影響を与えることに気づきました。その中で一番大きかったのは、教師教育に深い関わりがあることです。SHCの教師の意見では、一年間の授業をふり返って、学習者と一緒に学習の成功と課題を考え、そのことが教師にとって、教え方の改善の動機になりました。テスト開発及び実施のチャレンジ、コースのふり返り、教師の話し合いなどがSHCの日本語教師チームワークにもいい影響を及ぼしたと思います。

謝辞
今回の筆紙テストや口頭テストの開発および実施にあたっては、国際交流基金日本語国際センターの専任講師・八田直美先生と国際交流基金の日本語教育専門家・山口紀子先生にご指導とご協力をいただきました。厚く感謝を申し上げます。

〔注釈〕

注1 コースデザインの開発について詳しくは、プーリク(2010)を参照。

〔参考文献〕

JF日本語教育スタンダード
http://jfstandard.jp

国際交流基金(2010)『日本語教授法シリーズ13 教え方を改善する』  ひつじ書房

プーリク、イリーナ(2010)「一般成人向けの日本語コースデザインの改善―ノボシビルスク市立「シベリア・北海道」文化センターの場合―」『日本言語文化研究会論集』第6号、国際交流基金日本語国際センター、政策研究大学院大学、73-100.
http://www3.grips.ac.jp/~jlc/files/ronshu2010/Irina.pdf【PDF:外部サイト】

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