日本語教育通信 日本語教育レポート 第47回

日本語教育レポート
このコーナーでは、国内外の日本語教育について広く情報を交換したり、お互いの交流をはかるために、各地域の新しい試みやコース運営などについて、関係者の方々に具体的に紹介していただきます。

【第47回】
ベトナムの初等日本語教育におけるポートフォリオ活用の試み

  • 本記事は、ベトナムにおける日本語教育の取り組みを広く紹介するために、武田ほか(2022)による報告注1を再構成、一部加筆して掲載するものです。

2022年8月
関西国際センター 日本語教育専門員
(元ベトナム日本文化交流センター 日本語専門家)
武田 素子

1. はじめに

 ベトナムでは、2008年に国家政策として「2008-2020年期国家教育システムにおける外国語教育・学習プロジェクト」(以下、国家外国語プロジェクト)が立ち上げられました。このプロジェクトでは、ベトナムの若者に外国語を使ってコミュニケーションすることに自信をもたせ、多言語・多文化環境で学んだり、働いたりする可能性をひろげ、ベトナムの工業化や近代化に貢献できる人材を育てることが目標とされています。学校教育においては、外国語教育が強化され、ベトナムの子供たちは小学3年生から高校3年生(12年生)までの10年間、第一外国語を学ぶことになっています注2。そして、2016年9月より第一外国語としての日本語教育が開始されました。
 国際交流基金ベトナム日本文化交流センター(以下、JFVN)は、プロジェクトの立ち上げ時より、ベトナム側のカリキュラムや教科書開発への協力、教師研修や巡回指導など初等教育段階への日本語科目の導入や実施に関する支援を行っています注3
 このレポートでは、JFVNが支援しているベトナムの小学校で行った、日本語教育におけるポートフォリオ活用の試みについてご紹介します。

2.ベトナムの初等日本語教育へのポートフォリオ導入の目的

 小学3年生から第一外国語として学べる言語は日本語のほかに6言語(英語、フランス語、ロシア語、中国語、ドイツ語、韓国語)あります。小学校で第一外国語として学ばれているのは圧倒的に英語が多く、日本語を第一外国語として導入する学校はまだ少ないのが現状です。日本語を導入した学校では、より円滑に教育を行っていくための課題として、以下のような声があがっていました。

  • 小学生の多くは自分の意志とは関係なく日本語を学び始めるケースが多いため、学習のモチベーションが低い生徒もいる。そのため、日本や日本語に対する興味や関心を高めたり、学習を通して達成感が得られたりするなど、生徒が目標を持って日本語学習に取り組めるように動機づけを高めることが必要。
  • 学校内で、日本語の授業を担当している教師しか日本語を理解できる人がいないため、学校関係者や保護者は日本語教育が順調に行われているかの把握をすることが難しい。

 そこで、これらの課題を解決するためにJFVNはポートフォリオを導入してはどうかと考えました。JF日本語教育スタンダード【新版】利用者のためのガイドブック』では、ポートフォリオの効果として以下の4点が挙げられています。

  1. (1)教師と学習者が学習目標と学習の過程を共有できる
  2. (2)学習者が他の教育機関に移動したときにそれまでの学習成果を正確に伝えることができる
  3. (3)学習者が自己評価や体験を記録することで、課題遂行能力や異文化理解能力だけでなく、自律学習能力や学習の動機づけを高めることができる
  4. (4)日本語能力だけでなく、教室の中や外で学んださまざまな知識や技能の学習成果の評価も行うことができる

 ベトナムの初等日本語教育では、この中でも特に(1)と(3)の効果を期待して、生徒の日本語学習に対する動機づけを高めることと、学校関係者や保護者の日本語教育に対する理解を促進することを目的とし、2校の小学校でポートフォリオを導入することにしました注4

3.ポートフォリオの構成

ポートフォリオの写真の画像
図1 ポートフォリオ

 ポートフォリオは、「学習者が自分の学習をふりかえるための資料を保管するツール」です。今回、2校に導入したポートフォリオ(図1)は、JF日本語教育スタンダード(国際交流基金 2017)で提案されている構成を参考にしました。(1)説明、(2)評価表、(3)言語的・文化的体験の記録、(4)学習の成果で構成し、これらをファイル入れていくように生徒に伝えました。以下、(1)~(4)について具体的に説明します。

説明

 まず、導入する際に、ポートフォリオという言葉がベトナムの小学生にとってはあまり馴染みのないことばであることを考え、ポートフォリオを「Hòm Châu Báu(たからばこ)」と名付けることにしました。そして、ポートフォリオの説明として、「たからばこは、大切なものを入れる箱です。あなたの日本語学習の記録は大切なものです。この箱に入れて、いつでもふりかえることができるようにしましょう。」という内容を書いた紙(図2)を作成して、初回の授業で担当教師から生徒に説明を行いました。
 また、ポートフォリオに愛着をもってもらうことを目的として、説明の裏(図3)には、自分の顔と名前を書く欄を設け、初回の授業で記入する時間を作るようにしました。そして、この紙をポートフォリオの表紙としてファイルに入れるよう生徒に伝えました。

  • ポートフォリオの表紙表面の画像
    図2 ポートフォリオの説明(表)
  • ポートフォリオの表紙裏面の画像
    図3 ポートフォリオの説明(裏)

評価表

Can-doチェックシートの画像
図4 Can-doチェックシート

 評価表は「Can-doチェックシート」と「学習評価シート」で構成しました。
 「Can-doチェックシート」(図4)には、それぞれの学年で学習する各課の学習目標と自己評価の欄、そして、楽しかったこと、覚えた日本語、もっとがんばりたいことなどを自由に記入するコメント欄を設けました。各課の学習が終わるタイミングでふりかえりを行い、授業内で時間を作って、生徒一人一人が「Can-do」に記入するようにしました。
 また、「Can-doチェックシート」には、4課に1回担当教師と保護者の確認欄も設けました。そうすることで、生徒(子供)が何を学び、何ができるようになっていると感じているのかを、定期的に担当教師と保護者が確認できるようにしました。

学習評価シートの画像
図5 学習評価シート

 そして、学習の成果が分かるものとして、学期末には「学習評価シート」(図5)を担当教師が作成し、生徒に配るようにしました。「学習評価シート」には、その学期に学習した内容(学習目標、場面を表すイラスト、文化で扱ったテーマ)と試験の結果、授業の様子を撮影した写真、担当教師からのコメントが書かれています。評価シートの作成は担当教師が行いましたが、教師がシートを作成しやすいようにシートのフォーマットやコメント例はJFVNが作成し、担当教師に提供しました。

言語的・文化的体験の記録

ふりかえりシートの画像
図6 ふりかえりシート

 生徒が達成感を得ながら学習を進め、学習動機を高めるためには、言語的・文化的体験を記録することが必要だと考え、「ふりかえりシート」を作成しました(図6)。「ふりかえりシート」に設けた項目は、日本語の授業を通して(1)一番楽しかったこと、(2)できるようになったこと、(3)新しく知ったこと、(4)これからできるようになりたいこと、(5)もっと知りたいことの5つです。2か月に1回程度(5~6課に1回)設けられている復習の時間にあわせて、ふりかえりの時間を作り、それまでの授業で、何を学んだかクラス全体でふりかえりを行ったうえで、生徒一人一人が「ふりかえりシート」に記入するようにしました。

学習の成果

教室でポートフォリオを持つ生徒たちの写真の画像
図7 ポートフォリオを持つ生徒たち

 生徒が自分で学習過程や成果をふりかえることができるよう、日本語の授業で書いたものや作ったものなど、自分が大切にしたいものをファイルに入れていくよう生徒に伝えました。例えば、名前のカードや家族を紹介するために描いた絵、インタビュー活動のタスクシート、教科書注5の各課にある「あそびましょう・はなしましょう」という文化コーナーで考えたことや作ったものなどです。また、生徒がこれらをファイルに保存することで、保護者にも子供が日本語の授業でどのように学び、何を体験しているのか、学習の過程を共有できるようにしました。

4.反応

生徒の反応

 ポートフォリオを導入した2校の生徒(3年生120名、4年生118名)がポートフォリオをどのように感じているかを確認するためにアンケートを行いました注6。図8は、「ポートフォリオが勉強の役に立ったかどうか」という質問への回答結果です。アンケートの結果、「とても役に立った」、または「役に立った」と回答した生徒の割合は、小学3年生は85.5%、4年生は75.9%でした。

3年生と4年生の回答結果を表した円グラフの画像
図8 「ポートフォリオが勉強の役に立ったかどうか」という質問への回答結果

 また、アンケートには以下のようなコメントが書かれており、自分の学習を記録し、ふりかえることができるものとして、ポートフォリオを肯定的に捉えていることがうかがえました。

  • ポートフォリオのおかげで、何を勉強したか思い出せる。
  • ポートフォリオは便利。とても貴重なものだと思う。
  • ポートフォリオがあったおかげで、日本語関連のものを集めることに役に立った。
  • (回答の原文はベトナム語注7

担当教師の反応

 2校で日本語の授業を担当する教師(4名)に対しては、「ポートフォリオが生徒の勉強の役に立ったと思うか」、また「教師が生徒の様子を把握するのに役に立ったと思うか」という質問を行いました。その結果、どちらの質問とも100%肯定的な回答が得られました。
 また、教師に対しては、聞き取り調査も行い、ポートフォリオが生徒や教師自身にとってどのように役に立ったのか、より具体的に質問しました。その結果、以下のようなコメントが聞かれました。

A先生のイラストの画像
A先生

生徒は学習のふりかえりを通して、どんな場面の日本語を学びたいのか具体的な目標を考えたり、どんな文化に興味があるかなど、自分で考えて「ふりかえりシート」に記入できるようになりました。

B先生のイラストの画像
B先生

ポートフォリオを導入するまでは、日本語の学習に対して受け身の態度の生徒が多かったのですが、自己評価やふりかえりを行うようになってから、生徒は自分ができることとまだできていないことを確認することができるようになってきました。そして、できないことはどうしたらできるようになるか自分で考えられるようになり、より積極的に学習するようになりました。

C先生のイラストの画像
C先生

生徒が記入した「Can-doチェックシート」に目を通すことで、それぞれの生徒がどの程度できるようになったと感じているのかが分かるようになりました。また「ふりかえりシート」では、どのような学習内容や活動を楽しいと思っていて、何に興味があるのか把握できるようになり、一人一人の生徒の状況を把握しやすくなりました。

保護者や学校関係者の反応

 保護者や学校関係者に対しては直接アンケートを行うことはまだできていませんが、「Can-doチェックシート」に設けていた保護者の確認欄には確認のサインだけでなく「子供が日本語に興味を持つようになった。先生、ありがとう。(原文はベトナム語注7)」というコメントや、「子供が日本語で何をどこまで勉強しているか確認できた。(原文はベトナム語注7)」というコメントが見られました。
 また、ポートフォリオを通して、2校の校長先生や副校長先生にも日本語教育の実施状況をより深く知ってもらえるようになりました。ポートフォリオを活用することで、生徒と教師だけでなく、生徒・学校・保護者が、日本語学習の過程や成果を共有することができるようになり、それが日本語教育に対する理解促進につながっていることがうかがえました。

5.今後の課題と展望

 冒頭でご紹介した通り、2016年から初等教育段階で第一外国語としての日本語教育が開始されました。小学3年生から第一外国語として日本語を学ぶという非常に挑戦的な取り組みです。JFVNの初等教育支援の担当者は、日本語を学び始めた生徒が日本語学習を楽しく続け、また日本語学習を通していろいろなことを考え、身に付けてくれることを願いながら、日々支援にあたっています。今回ご紹介したポートフォリオは、より効果的に日本語教育を行っていくために、初等教育の現場に対してできることは何かを考えて、行った試みです。まだ始めたばかりの試みではありますが、ポートフォリオの活用を通して、生徒がより積極的に日本語学習に取り組む姿を見ることができるようになったり、保護者や学校関係者が以前より日本語教育に対して興味や関心をもってくださったりするなど、よい変化が見られています。
 しかし、ポートフォリオを効果的に活用するためにはまだいろいろな課題があります。その一つが、ポートフォリオの扱い方やふりかえりの仕方についての担当教師の理解を促していくことです。今回、ポートフォリオを導入した2校では、ポートフォリオへの肯定的な評価は4年生より3年生の方が約10ポイント高い結果になりました。これは4年生になると学習進度があがり、ふりかえりの時間を授業内に十分に確保することができず、クラスによっては「Can-doチェックシート」や「ふりかえりシート」への記入を宿題にしたことなどが影響していると考えられます。ポートフォリオを扱う時の留意点として「学習成果のふりかえりは、学習者自身の主体性にまかせるだけではなく、コース内の活動として組みこみ、教師やクラスメートと一緒にふりかえる機会を設けること」が大切だと言われています。教師や生徒がより効果的にポートフォリオを活用していくためにはどのような方法が良いのか、ベトナムの教育現場におけるより良い方法を模索していきたいと思っています。

注:

  1. 1.武田素子・ゴー ティ キェウ ガー・五十嵐裕佳(2022)「ベトナムの初等日本語教育におけるポートフォリオ活用の試み-試行段階から普及段階への移行期にかかる課題解決に向けて-」『国際交流基金日本語教育紀要』18、131-142
  2. 2.ベトナムの教育制度は5-4-3年制で、小学校は5年制(6~11歳)、中学校は4年制(11~15歳)、高校は3年制(15~18歳)で、学年の数え方は小学校から高校まで通しで1年生~12年生となっています。また、ベトナムの学年度は9月に開始し、8月に終了します。
  3. 3.初等教育段階への日本語科目の導入や実施に関する支援について、「世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)ベトナムでひろがる・つながる日本語教育」で詳しくご紹介しています。
  4. 4.本レポートで報告しているポートフォリオの導入は試行的に行ったものであるため、成績評価の目的では利用していません。
  5. 5.「国家外国語プロジェクト」のもと日本語が導入されている小学校では、ベトナムの教育訓練省によって認可を得た試行段階の初等教科書『にほんご3~5』が使われています。この教科書の特徴や構成については栗原ほか(2018)で紹介されています。
  6. 6.アンケートは小学3年生の生徒(120名)と小学4年生の生徒(118名)に対して質問紙法で実施し、回答率は3年生が91.7%、4年生が94.9%でした。
  7. 7.ベトナム語は、筆者とJFVNの専任講師ゴー ティ キェウ ガーが日本語に翻訳しました。

参考文献:

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