日本語教育通信 日本語・日本語教育を研究する 第31回

日本語・日本語教育を研究する
このコーナーでは、これから研究を目指す海外の日本語の先生方のために、日本語学・日本語教育の研究について情報をおとどけしています。

戸田 貴子氏の写真 早稲田大学大学院日本語教育研究科教授
戸田 貴子

日本語特殊拍の習得に関する研究

1.はじめに

 日本語学習者にとって特殊拍(促音「ッ」・長音「ー」・撥音「ン」)の聞き取りや発音が難しいことはよく知られています。例えば、次のような例は区別するのが困難です。

(1)来てください。   (2)着てください。
(3)切ってください。 (4)切手ください。
(5)聞いてください。

 (3)(4)には促音、(5)には長音が含まれています。また、(1)(3)は頭高型、(2)(4)(5)は平板型のアクセントです。促音・非促音や長音・短音の区別ができなかったり、アクセントに誤用があったりすると、聞き手に意図が伝わらないこともあります。日本語学習者の発音には、特殊拍の脱落(例:切って→切て)だけではなく、挿入(例:来て→来って)による誤用も見られます。

 ここでは、特殊拍の習得に関する研究と効果的な練習方法について述べていきます。

2.学習者の母語の影響

 日本語学習者にとって特殊拍の習得が困難である理由として、まず、学習者の母語と日本語における音韻構造の相違が挙げられます。

 言語には、その言語の母語話者がひとまとまりと捉えている単位があります。日本語母語話者にとって特殊拍は自立拍(例:「か」「さ」などの普通拍)と同じように1拍という単位として捉えられますが、他の言語を母語とする話者には、それが一つの単位として感じられないこともあります。例えば、二つの撥音を含む「バレンタイン」は6拍語であり、「ン」もそれぞれ1拍として数えますが、英語では3音節(val.en.tine)であり、韓国語では4音節(발렌타인)です。日本語母語話者にとっては六つの単位で構成されている単語を英語母語話者は三つ、韓国語母語話者は四つの単位で構成されている単語として認識しています。拍と音節は異なる特徴を持っており、このような違いが日本語学習者による聞き取りや発音にも影響を及ぼします。

 言語習得において母語転移が最も顕著に現れる言語領域が音声・音韻であると言われており、特殊拍の習得にも母語の影響があることが明らかです。このため、学習者の母語と日本語の音韻構造に関する対照研究を行い、相違点を明らかにしておく必要があります。

3.特殊拍の有標性

 特殊拍の習得が困難である理由には、母語の影響以外の要因も関与しています。その一例として、「有標性(markedness)」が挙げられます。特殊拍はその名のとおり特殊性に富んでおり、以下に述べるように自立拍に比べて複雑です。すなわち、特殊拍を有標、自立拍を無標であると考えることが可能です。

 例えば、特殊拍には語中位置の制約があります。自立拍は語頭・語中・語末のどの位置にでも現れますが、特殊拍は語頭には現れないため、辞書にも促音・長音・撥音で始まることばは見当たりません。また、特殊拍は音声環境に応じてさまざまな異音として実現されるため、自立拍のように単独では決まった音価を持たないという点も特殊です。例えば、「一分(いっぷん)」「一店(いってん)」「一個(いっこ)」と言うと、促音は表記上すべて「っ」と書きますが、実際の発音は [p][t][k]と変化します。撥音も同様に、「今晩(こんばん)」「今度(こんど)」「今回(こんかい)」と言うと「ん」の調音点が後続音に同化して変化することがわかります。仮名2文字で書かれる拗音(例:「きゃ」「みょ」)は表記上特殊なように見えますが、音韻上の特殊性は見られないため特殊拍とは呼ばれません。

 このように、特殊拍はさまざまな環境において自立拍とは異なる様相を呈します。このため、特殊拍の習得は学習者の母語に関わらず困難であるだけではなく、日本語を母語とする幼児にとっても難しく、自立拍に比べて獲得が遅れます。つまり、無標のものから有標のものへと習得が進むという普遍的特徴があると言えます。日本語学習者による特殊拍習得の実態解明に向けて、母語の獲得との共通性や音声習得の普遍性についても理解を深めつつ、研究を行う必要があると思われます。

4.音声習得研究の成果と課題

 音声習得研究の成果から、日本語学習者は日本語母語話者とは全く異なる学習者独自の基準を用いて、促音・非促音、長音・短音などの区別をしていることが明らかになっています(戸田2003,Toda 2003)。学習者の発音は、母語の影響を受けつつも常に変化しており、習得のプロセスを明らかにしていくことが音声習得研究にとって重要な課題です。

 かつては、学習者音声の特徴は母語の音韻体系から予測可能であるという「定説」があったために、今までは学習者を母語別集団として捉えた誤用分析が精力的に行われてきました。しかし、音声習得に影響を与える要因には、母語や母方言以外にも、学習開始年齢、学習動機、学習環境、日本語使用頻度などさまざまな要因が考えられます。また、教師の発音、教授法、使用テキストの影響も無視できません。特に、研究成果の日本語教育への応用を前提とした場合、学習者を取り巻く環境や個人要因を視野に入れておくことは非常に重要です(戸田2006a)。

 近年、音声習得研究は従来の「言語要素」としての音声項目に限定されない広がりを見せています。それは、常に言語構造が念頭に置かれていた研究から、学習者を主体とした研究への動向を反映したもので、このような研究動向は、音声のみならず、日本語教育学の諸領域に共通するものであると考えられます(戸田 2006b)。

5.特殊拍の練習方法

 学習者の発音に問題がある場合、その原因はいくつかの段階に分けられるため、まずは問題の所在を明らかにしておく必要があります。

  1. (1)音韻知識:日本語にある音韻対立が母語には存在せず、音韻知識がないため、発音を区別していない。
  2. (2)聞き取り:音韻知識はあるが、聞き分けができないため、発音もできない。
  3. (3)発音:聞き分けはできるが、調音上の問題のため、発音ができない

 音声教育の実践にあたって、教師がモデル発音をして学生にリピートさせる方法が使われることが多いようです。しかし、このような発音指導の方法は(3) の段階にある学生には効果的ですが、(1)や(2)の場合は最大限の効果を発揮できません。(1)の場合は特殊拍の有無が意味の違いに関与するという音韻知識の導入から始め、(2)の場合は音の聞き分けの練習も同時に行うと効果的です。冒頭で紹介したような具体例を用いて練習すると、特殊拍の有無が意味の違いに関わることが学習者に伝わりやすくなるでしょう。
特殊拍の指導には、手を叩きながらリズムをとる方法が用いられます。以前は、1拍ごとの持続時間が等しい時間を保つという「等時性」の概念が強調され、特殊拍も1拍分の長さを持つとして、以下のように「1拍=1ビート」のリズムをとる方法が主流でした。

1拍=1ビートの例

 しかし、このような発音は自然発話とは全く異なり、音声的実態に合いません。特殊拍を直前の拍とひとまとまりに捉え、以下のように「2拍=1ビート」のリズムを用いた練習のほうが自然発話に近く、効果的であると考えられます(戸田2004a)。

2拍=1ビートの例

6.おわりに

 本稿では特殊拍の習得に関する研究の成果を紹介し、特殊拍の練習方法の一部について述べました。特殊拍の習得は難しいと言われていますが、成人してから日本語学習を開始した場合でも、練習次第でネイティブレベルの発音習得が可能です(戸田2006a)。このことは、研究成果を踏まえた上で、学習者の発音習得を促す練習方法を検討し実践することの意義を示唆していると言えるでしょう。

日本語特殊拍の習得に関する基本的な参考文献

  • 特殊拍の習得については
    戸田貴子(2003)「外国人学習者の日本語特殊拍の習得」『音声研究』7(2): 70-83, 日本音声学会
    Toda, T. (2003) Second Language Speech Perception and Production: Acquisition of Phonological Contrasts in Japanese, Lanham, MD: University Press of America.
  • 発音練習用の教材として
    戸田貴子(2004a)『コミュニケーションのための日本語発音レッスン』スリーエーネットワーク
    (韓国語版)『일본어 발음 레슨』Seul: Nexus Press.
  • 発音指導の方法については
    戸田貴子(2004b)『コミュニケーションのための日本語発音レッスン』別冊「教師用指導書」スリーエーネットワーク
  • 研究成果と今後の課題については
    戸田貴子(2006a)『第二言語における発音習得プロセスの実証的研究』平成16-17年度文部科学省科学研究費報告書
    http://www.gsjal.jp/toda/に全文掲載)
    ————(2006b)「音声教育研究の歴史と展望」早稲田大学大学院日本語教育研究科編『早稲田日本語教育の歴史と展望』アルク、75-100.

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