日米文化教育交流会議(The United States-Japan Conference on Cultural and Educational Interchange)を通称CULCON、カルコンと呼んでいます。

1. 任務(ミッション・ステートメント)

日米文化教育交流会議(The United States-Japan Conference on Cultural and Educational Interchange: 通称 カルコンCULCON)は日米関係にとって不可欠な、文化・教育の基盤を向上させ、強化すること、並びに、この分野における日米の指導力の結束を強化することを目的とした二国間の諮問委員会である。カルコンは文化・教育・知的交流活動に関する選り優りの新しい施策案が事業として実施されるよう努める(2007年5月31日日米合意)。

2. 目的

カルコンは日米両国の官民学からなる学識者を一堂に集めて両国間の文化・教育交流・知的交流に関する諸問題を討議し、文化・教育・知的交流分野での交流の増進と相互理解の向上について勧告を行うことを目的とする。

*2008年カルコンは日米関係の再定義を行い、「知的交流」をその目的に追加した。

3. 構成

合同会議への出席ならびに合同会議の提言を恒常的にフォローするため、政府、財界、学会その他様々な分野の代表である12名の委員によって構成されるパネルが、日米両国それぞれに設置されている。更に、カルコンの勧告、提言を実施に移すために、委員会・タスクフォースがその折々に設置される。
1991年より合同会議の開催されない年は特別シンポジウムを開催している。
2016年第27回合同会議にてキャロライン・ケネディ前駐日米国大使に名誉委員の称号が付与された。

4. 設立の経緯

カルコンは、1961年、当時の池田勇人総理とジョン・F・ケネディ大統領との合意*によって成立した。
当時、急速な経済復興を進める日本はアジアにおける自由主義陣営の中核国として位置付けられ、日米両国の「イコール・パートナーシップ」に基づく信頼関係の構築の成果として、日米両国の協力関係をより強化するために、3つの委員会、「日米貿易経済合同委員会」「科学協力に関する日米委員会」そして「文化及び教育の交流に関する日米合同会議」を設立する。このうち1つが「日米文化教育交流会議(カルコン)」と呼ばれる協議体であり、今日現存する唯一の委員会である。
1962年東京にて、第1回日米文化教育交流会議が開催されて以来、隔年で日米交互に開催されている。
1968年には「日米文化協力に関する合同委員会の設立に関する日本政府とアメリカ合衆国政府との間の交換公文【PDF:241KB】」による取り決めが結ばれ、1977年にはそれが一部修正【PDF:150KB】された。

5. 沿革

カルコンは1961年に設立が合意され、1962年1月第1回日米合同会議が東京で開催されて以来、原則2年ごとに原則東京、Washington, D.C.で相互に会議が開催されている。
1968年には、「*日米文化協力に関する合同委員会の設立に関する日本政府とアメリカ合衆国政府との間の交換公文」による取り決めが結ばれた後、1977年に一部修正【PDF:150KB】された。
1991年には、カルコンの機能強化を図るために、従来外務省が担っていた日本側事務局機能は、事務局長を置く恒常的な事務局として国際交流基金(ジャパンファウンデーション)に設置された。また米側事務局機能は、USIA(当時)(注:1999年10月同局は廃止され、その機能は国務省に移管)から日米友好基金(JUSFC)に移管された。
現在、日本側事務局は外務省および国際交流基金から、米側事務局は米国務省および米教育省から資金を得ている。2007年1月より日本側事務局は国際交流基金日米センターに設置されている。