日本語教育通信 日本語・日本語教育を研究する 第36回

日本語・日本語教育を研究する
このコーナーでは、これから研究を目指す海外の日本語の先生方のために、日本語学・日本語教育の研究について情報をおとどけしています。

長沼 君主氏の写真 東京外国語大学外国語学部
英語学習支援センター専任講師
長沼 君主

Can-do statementsがもたらすもの

1.日本語能力試験Can-do statementsJLPT-CDS)の示すもの

 現在、2010年度の改定が予定されている日本語能力試験では、問題の改定と平行して、「日本語を使って何ができるか」を記述したCan-do statementsの開発に取り組んでいます。試験問題の改定に伴い、級のイメージがより明確になり、何を測っている試験なのかがより具体化されることが期待されますが、それだけではそれぞれの級の合格者が実際の現実場面でどのようなことができるのかまでは伝わりません。

 日本語能力試験と同様に、級ごとに試験を設けている日本の英語能力検定試験*1(以下、英検)では、「英検Can-doリスト」が2006年に公開され、各級の合格者が「できるであろう」行動が技能ごとにリスト化されています。例えば、準2級では「読む」や「聞く」などの受動的な技能において、「公共の施設などにあるお知らせや注意事項を理解することができる。(会場使用上の注意など)」や「簡単なアナウンスを聞いて、理解することができる(集合場所、乗り物の出発や到着時刻など)」の行動があげられており、どのようなものを理解できるのかを例とともに示すことにより、抽象的な記述を具体化しています。

 「話す」や「書く」などの能動的な技能に関しても、「電話で簡単な表現や決まり文句を使って応答することができる。(例:Please wait a moment. / Hold on. / Speaking.)」や「簡単な予定を手帳やカレンダーなどに書き込むことができる。(例:Meet Yoko at the station at ten / Go shopping with Jill)」といった行動があげられていますが、行動によってはこのように文例が示されたりと、受験者が自分ができる行動をイメージしながら受験する級を選択する際に、目安として使いやすいものとなっています。このようなリストはまた社会的にも各級の合格者の能力を具体的な形である程度保証するものとなり、企業等での採用や大学での授業の受講の可否を判断する際にも有益な情報となります。

 TOEICでも新TOEICへの試験改定に伴い、レベル別評価(Score Descriptors)がスコアシートに記載されるようになり、TOEFLでもインターネット版のiBTへの移行にあたって、スコアバンドごとの Competency Descriptorsが公開されるなど、テストの近代化と同時にCan-do statementsの開発が進められています。このように多くの試験が受験者に対して、単なる数値的なスコアや級の合否だけでなく、より質的に「何ができるのか」といった診断的な情報をフィードバックする方向へと進んできていますが、こうした情報は学習者にとって現在の能力を診断するものであると同時に、今後の学習の目標ともなるものであり、能力発達段階の目安となります。また、自分と同じスコアや級の学習者ができることを知ることにより、実際に行動に取り組んでみるようになるなど、学習場面から離れた現実場面での行動を動機づける役割も果たします。

 日本語能力試験で開発されているCan-do statementsもこのような流れを意識してのものであり、診断的情報をいかに利用していくかが、学習者側にも求められるようになっていきますが、教育の現場で活用する際には、これが絶対的な基準とならないように注意をする必要があります。Can-do statementsが示すのは、その級に達した際に多くの学習者が「できるであろう」と自己申告している行動であり、現実にできるかどうかは学習環境や取り巻く社会環境によっても左右され、その意味ではCould-doリストであるとも言えます。また、そのような行動ができることが、試験に合格することを保証しているわけではなく、逆に試験では直接には測られていない行動がリスト化されていることが、試験の付加価値を高め、合格者が潜在的に持っているより包括的な言語能力を示すことにつながります。これらはあくまでもサンプルとしての行動記述であり、学習上達成すべき行動のリストではありません。学習者のニーズ等も考慮しながら、指導の目標を定める際の参考のひとつとすることにより、評価と指導が裏表で一体化し、学習者と目標が共有されることにこそ、その価値があると言えるでしょう。

2.日本語教育スタンダードの示すもの

 日本語能力試験のCan-do statementsが示されることにより、級ごとにできるようになっていくことが示されることになりますが、これはあくまでも試験が先にあってのものであり、そのまま発達段階を意味するわけではありません。日本語能力試験では欧州評議会(Council of Europe)のヨーロッパ共通参照枠(Common European Framework of Reference for Languages 、以下CEFR)のCan-do statementsを参考に、現在、JLPT-CDSの試行版の開発を進めていますが、CEFRでは6レベルの段階を設け、Self- Assessment gridの形で技能ごとに能力発達段階を記述しています。6レベルの段階はまず基礎レベル(A)、自立レベル(B)、熟達レベル(C)の3段階に分けられ、それぞれがA1とA2といった2段階に分かれていくといった枝分かれ的な発想に基づいています。中でもB1はThresholdレベルとされ、自立的学習者となる境目の段階として重要視されており、その前のA2がB1に至る途中のWaystageレベル、その後のB2がB1を超えた地点の Vantageレベルとされるなど、それぞれのレベルに発達段階に応じた意味づけがされているところに特徴があります。

 CEFRではまたCan-do statements が記載された自己評価チェックリスト(Self-assessment checklist)もレベルごとに開発されており、「できること」を学習者と教師の双方でチェックすることにより、そのレベルに到達したかを確認し、技能ごとにどの段階まで到達したかを示したLanguage Passportが発行される仕組みとなっています。このような言語能力発達段階の記述の枠組みは、欧州評議会だけでなく、アメリカやイギリス、カナダ、オーストラリアなどの国でも定められており、アメリカではACTFL Proficiency Guidelinesの記述をベースとしながら、CEFRを参考としたLinguaFolioがヴァージニア州を中心として開発され、同様の仕組みで Language Passportが発行されています。

 TOEICTOEFL iBT、英検などでは、ある一定のスコアバンドや級ごとに「できるであろう」ことが記載され、テストスコア解釈のためにCan-do statementsが用いられているのに対して、CEFRLinguaFolioなどでは、能力発達段階の枠組みに基づいて、それぞれの段階で「できる」ことが具体的にリスト化され、自己能力評価のためにCan-do statementsが用いられています。また、その際にはDossierと呼ばれるポートフォリオを作成し、裏づけとなる言語資料を残すことも推奨されており、現実的な目標としていくと同時に、実際にできることを確認していく作業が必要となってきます。

 現在、開発が進められている国際交流基金の日本語教育スタンダードには、Can-do statementsに基づき、能力発達段階の枠組みを示すことと同時に、自己評価チェックリストのような学習者と教師の双方にとって使いやすいツールが提供されることが期待されます。CEFRではSelf-assessment checklistDossierなどがまとめられ、European Language Portfolioとして提供されていますが、スタンダードとしてレベル記述をいかに行っていくかの言語発達観が問われるとともに、それが現実に運用されるための環境整備をいかに行っていくかが、その普及のための課題となります。またその際にはCEFRがケンブリッジ英検*2などヨーロッパ諸国の検定試験と対応づけられながら開発されてきたように、新たに変わる日本語能力試験と相互補完的な関係をいかに築いていくかが重要となってきます。

3.Can-do statementsがもたらすもの

 このように日本語能力試験や日本語教育スタンダードにより、今後、Can-do statementsが示されるようになりますが、それらの情報をいかに活用していくかが学習者と教師の双方に求められていくことなることが予想されます。ただし、こうしたCan-do statementsはより多くにとって利用価値の高い、汎用性が高いものである必要があることから、ある程度一般的な形で記述されたものとならざるを得ません。また具体的な記述がなされるとしても、実際の教室で教えていることを反映したものとなるかは保障の限りではありません。このような外部指標としてのCan-do statementsはあくまでも参照的なレベル記述であり、それらの記述を参考としながらも、各教室における学習内容にあった内部指標としてのCan- do statementsを開発することが必要となってきます。

 Can-do statementsは日常的または職業的なコミュニケーション場面で達成可能な行動を記述したコミュニカティブタスクに基づいたものが多いですが、教室での学習を考える際には、その達成の下支えとなるスキルやサブスキルを学ばせることも多く、学習タスクに基づいたCan-do statementsが同時に存在することが望ましいです。またその際には、単に「音読ができる」といった記述に対して、自信の程度をいくつかの段階で数値的に尋ねるのではなく、具体的に「モデルとなる音声を聞けば」とか「黙読をした上であれば」といった条件つきの学習段階を設けることが開発の鍵となります。このように何らかの助けがあればできる行動を段階的に記述していくことは、限定的であれできることを示し、能力に対する自信を与えることにつながっていきます。

 Can-do statementsは能力評価や目標設定のための道具であるだけでなく、できるといった効力感を高め、自信をつけさせていくための道具でもあり、その後の学習を動機づけ、自律的学習を促すことがCan-do statementsを活用していく上で重要な点となります。また、こうしたチェックリストによる主観的評価だけでなく、Can-do statementsに基づいた評価タスクを開発し、それを学習タスクとしても機能させることにより、毎回の学習で記録を残し、客観的な形で能力発達を実感させることも求められてきます。Can-do statementsの開発には時間も労力もかかりますが、シラバスの全体をカバーしたCan-do statementsを作ろうとするのではなく、まずは自信をつけさせやすいスキルに絞って、授業内の活動をひとつCan-do化してみることが、授業の焦点を明確化させ、透明性を高めることになります。そして教員相互でCan-do statementsを共有していくことより、授業と授業とが連携し、教員間に対話が生まれることが、Can-do statementsのもたらすひとつのものでしょう。

4.参考文献・サイト

  • 吉島茂・大橋理恵訳(2004)『外国語教育Ⅱ:外国語の学習、教授、評価のためのヨーロッパ共通参照枠』朝日出版社
  • ヨーロッパ日本語教師会(2005)『日本語教育国別事情調査:ヨーロッパにおける日本語教育とCommon European Framework of Reference for Languages』国際交流基金(http://www.jpf.go.jp/j/publish/japanese/euro/)
  • 国際交流基金(2007)『平成17(2005)年度日本語教育スタンダードの構築をめざす国際ラウンドテーブル会議録』国際交流基金 (http://www.jpf.go.jp/j/japanese/survey/standard/)
  • 長沼君主(2005)「到達度評価のための言語能力発達段階記述の枠組みの必要性:テストで測ることができるものとできないもの」『AJALT』第28号 (pp.18-24)
  • 長沼君主(2008)「Can-Do 尺度はいかに英語教育を変革しうるか:Can-Do 研究の方向性」『ARCLE REVIEWNo.2 (pp.50-77) (http://www.arcle.jp/research/books/)
  • 英検Can-doリスト (http://www.eiken.or.jp/eiken/exam/cando/)
  • European Language Portfolio (CEFR) (http://www.coe.int/portfolio/)
  • LinguaFolio (http://www.doe.virginia.gov/linguafolio/)
  • 古川嘉子・島田徳子(2008)「JF日本語教育スタンダードの開発と運用」『平成20年度日本語学校教育研究大会』予稿集(pp.26-31)財団法人日本語教育振興協会

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