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林 賢二さん

国を超えた映画制作はつながりを築く。共同で作ること自体が国際交流になる

今、映画や映像の分野では国際共同製作の動きが活発になってきているが、そんな状況を視野に入れたプログラムがある。その名も「...and Action! Asia―映画・映像専攻学生交流プログラム―」。国際共同製作に対する関心を呼び起こそうと、国際交流基金アジアセンターが映画・映像の世界を志す日本と東南アジアの学生を対象に実施している。2017年にこのプログラムで自らの企画による短編映画『RED』を監督した林賢二さんは、どんな手応えを感じ、何をつかんだのか。

東南アジア各国の映画作りに関する知識と技術を知るまたとないチャンス

グループワークなどの協働によって相互理解やネットワーク作り、さらには国際共同製作への意欲を促すことを目指し、2015年にスタートした「...and Action! Asia」。2015年と2016年は東南アジア諸国から来日した映画・映像専攻の学生と指導教員、日本の大学生が共に10日間のプログラムに臨み、1年目はディスカッションや各国の映画産業の紹介を、2年目は短編映画の企画作成や企画のプレゼンテーションなどを行った。

そして3年目となる2017年は日本、フィリピン、インドネシア、タイ、マレーシアの学生19名がフィリピンに集まり、2月26日から3月10日までの13日間にわたる映画制作ワークショップに参加。3チームに分かれて実際に短編映画を制作し、完成作品をフィリピン大学のシアターCine Adarnaで上映した。

林さんは日本映画大学の3年生だった2016年にも「...and Action! Asia」を経験している。「東京を舞台にした短編映画の企画作成とプレゼンテーション、海外の学生とのグループワークが面白かった」ことから、2017年に再び、卒業を前にこのプログラムに参加した。

カメラマンを志望し、日本映画大学でドキュメンタリーを専攻。大学の4年間でドキュメンタリーを3本、劇映画を2本撮ったという。さらに、日本映画大学の学生の多くがそうするように、在学中からプロの制作現場で撮影に加わったこともある。

では、林さんが映画作りの経験を重ねてきた上で「...and Action! Asia」に参加した目的は? 特別な何かを求めてのことなのだろうか。

「僕は日本の制作現場しか知りません。東南アジアの国々では映画をどう撮るのか、すごく興味がありました。このプログラムに参加すれば、各国の映画作りに関する知識と情報を得られるし、技術について知ることもできる。こんなチャンスはなかなかないと思ったんです」

最後までみんなが同じ方向を向いてゴールを目指すことができた

2017年の「...and Action! Asia」では、プログラム初となる短編映画制作が行なわれた。まず、映画・映像を専攻する日本と東南アジアの学生を対象に、短編映画の企画提出を条件として参加者を募集。国際交流基金アジアセンターと共催団体のフィリピン大学フィルム・インスティテュートが中心となり、参加者と制作する3本の短編映画の企画を選考した。そのうちの1本が、林さんが企画した『RED』だったのだ。

制作する企画が決定すると、参加が決まった学生たちは3つのチームに分けられた。『RED』の制作スタッフは、監督を務める林さん以外は東南アジアの学生だ。助監督がタイ人、プロデューサーと録音・美術がフィリピン人、カメラがインドネシア人、編集がマレーシア人と、多国籍なチーム編成。メンバー間のやり取りは当然、英語ということになる。

「僕の企画が選ばれ、間もなくして制作メンバーが決まって、さっそくプロデューサーのビルがSNSのグループを作ってくれたので、すぐにみんなと連絡を取り合いました。フィリピンで撮影を始めるまでの約3か月間、メンバーとSNSを使って英語でミーティングを進めていったんです。英検3級の僕にとって英語の長文は厄介で、長いメッセージが来ると放置したくなったこともありました(笑)。でも、電子辞書を使えば何とか読解も返信もできます。それより、面識がなくて相手のことをまだよく知らない分、いろいろと神経を使わないといけないので、その点が一番大変だったかもしれません。

それだけに、現地でチームのメンバーと初めて対面した時は『やっと顔を合わせられた』と気持ちが一気に楽になりましたね。みんなフレンドリーで、すぐに打ち解けて映画とカメラの話に夢中になって。どの国の学生も一緒だなと思いました(笑)」

映画製作の様子の写真ロケハン後、撮影場所を決定。林さん(中央)と話をしているのがプロデューサーのビル、林さんの左がカメラマンのヘリー。ビルの左が助監督のティン、右が録音・美術担当のカトリーナ。

登場人物のイメージや衣裳、必要な照明機材などに関してはSNSでのミーティングで事前に伝えてあったが、フィリピンで撮影を開始するにあたってスタッフ全員に改めて話したことがあるという。それは、作品のテーマについて。

RED』は台詞のない実験的な短編映画だ。フィリピン大学の女子学生が演じる3人の登場人物は、映画の最後に流れるクレジットによれば、それぞれ「son」「father」「mother」という設定。でも作品では、性別があいまいに描かれている。メイン人物の大学生(son)は葛藤を抱えていて、何かを探し求めているように見える。

「この映画は多様性をテーマにしています。台詞を入れなかったのは登場人物のイメージを限定させないためで、赤と青という色で多様性を表現したかったからです。自分は赤だと思っているのに、他人には外見で青と判断され、赤だということを理解してもらえない……。内面と外見の不一致に対する違和感やコンプレックスを持っている人はいます。それをわかり合える、多様性を認め合える世界になればいいという希望を、僕は『RED』に込めたつもりです。チームのみんなにも同じ方向を向いてほしかったので、最初にかなり時間をかけて話しました」

作品のテーマ、台詞の排除、赤と青の照明を使用することなど、林さんの意図にスタッフは同意した。こうしてチームの足並みが揃ったところで、撮影はスタートする。

監督として、林さんはスタッフの仕事ぶりをどう感じたのだろう。

「東南アジアの学生も僕らと同じようにプロの現場に出ているので、みんなプロ意識を持っていましたね。彼らは自分の考えをはっきり言います。たとえば、僕が『カメラポジションをここにして撮りたいんだけど、どう思う?』とカメラマンのヘリーに聞くと、彼はカメラマンの立場でこうしたいと言ってくる。スタッフそれぞれがどうすると作品にとってプラスになるか考えているので、必ずみんなの意見を聞き、全員が納得する形で撮影を進めていきました。だから、最後までみんなが同じ方向を向いてゴールを目指すことができたんだと思います」

撮影中の様子の写真撮影中に何度もスタッフに支えられていることを実感。だから困難な状況に直面しても乗り越えられた、と林さん。

自分の撮りたいドキュメンタリーを国際共同製作で形にできたら最高

映画は一人では作れない、チームで作るもの――。大学で受けたこの教えを、林さんは『RED』の制作でも実践した。

「映画を一緒に作ると、その過程で自然に仲間としてのつながりが生まれ、チームが出来上がっていくんです。今回の撮影でも、それを実感しました。チームのみんなとつながりを築けたことが、僕の中では一番大きい。このチームでまた映画を撮りたいです。それは全員に共通する思いで、彼らも『また一緒に作りたいね』と言っています。
 映画を撮っている間、僕は国際交流というものを意識しませんでした。意識するしないにかかわらず、一緒に1本の作品を作り上げることそのものが国際交流になる。そこが映画のすごいところなんです」

映画の制作は国際交流のいい手段になる。国を超えて信頼できる仲間ができる。だからこそ、映画を専攻する多くの学生たちにこのプログラムに参加してもらいたい、と話す。

「興味があるなら、躊躇せずにチャレンジしてみてほしいですね。英語力に多少自信がなくても、現場に行けばちゃんと適応できます。僕が言うんだから間違いないです(笑)。学生はそれなりの勉強をしてきて映画に関する共通認識を持っているわけだから、絶対に理解し合える。僕はそれを信じて参加を決めたんです。今回、東南アジアの学生たちと一緒に映画を作ったことで、多くの知識と技術を吸収できたし視野も広がりました。海外の学生と共同で映画を制作する機会はそうそうないので、このチャンスを逃すのは惜しいと思います」

フィリピン大学のシアターCine Adarnaで行われた上映会に臨んだチームREDのメンバーの写真 林さんのデザイン案をもとにフィリピンのアーティストが作成した『RED』のポスターの画像(左)フィリピン大学のシアターCine Adarnaで行われた上映会に臨んだチームREDのメンバー。
(右)林さんのデザイン案をもとにフィリピンのアーティストが作成した『RED』のポスター。『RED』は国際交流基金アジアセンターのホームページで公開中。

林さんはこの春に大学を卒業し、現在はドキュメンタリーのカメラマンとしてフリーで仕事をしている。自身の国際共同製作に対する意欲はどうなのだろう。

「参加したいです。国際共同製作の作品がどんどん増えていけばいいとも思います」

これまでに大学でドキュメンタリーを2本監督し、今回『RED』も監督として撮った。国際共同製作に参加するとしたら監督としてなのか、それともカメラマンとしてなのか。

「劇映画の監督を初めて経験してみて、監督業は確かに魅力的だと感じました。ただ、僕はカメラが好きで、性格的にもカメラのほうが向いていると思うので、この先もカメラマンとしてやっていきます。

実は今、撮りたいドキュメンタリーがあるんです。スケートボードが東京オリンピックの正式種目になりましたよね。僕も10代の頃からスケボーをやっているので注目しているんですが、スケートボードをテーマにドキュメンタリーが撮れたらな、と。今、世界中で、スケボーシーンがいろいろな意味でざわついている。オリンピック競技に決まったことによる影響が大きいと思います。そういう時代の変化とスケートカルチャー、そしてスケーターたちを、僕は記録したい。そのドキュメンタリーを国際共同製作で実現できたら最高ですね」

国際共同製作によるスケートボードのドキュメンタリーを、林さんがカメラマンとして撮る日が来ることを楽しみに待ちたい。

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Profile
林 賢二(はやしけんじ)/1986年、東京都生まれ。東京都立航空工業高等専門学校(現東京都立産業技術高等専門学校)を卒業後、日立ビルシステムに入社。昇降機のメンテナンスエンジニアとして働きながら、夜間は映像の専門学校に通い、2010年頃からフリーのカメラマンとして短編映画やミュージックビデオ、ブライダルの撮影を始める。その後、ドキュメンタリー映画を学ぶため日本映画大学に進学し、ドキュメンタリーコースを専攻。2017年の春よりフリーのドキュメンタリーカメラマンとして活動。現在はドキュメンタリー映画『Tagore songs(仮)』をインド、バングラディシュで撮影中。

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