2013年度上半期 調査研究プロジェクト
インドネシアの大学・高校日本語教師への質問紙調査に見る日本語教育観 -過去・現在-
計画者 | 古川嘉子 (専任講師) |
---|---|
プロジェクト参加者 | 木谷直之 |
外部協力者 | 布尾勝一郎(佐賀大学) |
外部協力機関 | ジャカルタ日本文化センター |
1.背景及びプロジェクトの趣旨
インドネシアは、海外日本語教育機関調査の学習者数で常に上位を占めてきた。特に2000年以降、2003年には85,221名(6位)、2006年(272,719名:4位)、2009年(716,353名:3位)とめざましい増加を示し、2012年には世界第2位の872,411名であった。このような、短期間の学習者の増加を支えているのは、教師全体の96%を占めるインドネシア人日本語教師(以下、IJT)の力によることは間違いない。国際交流基金(以下、JF)は、同国に対して、JF設立以前に以前に外務省が実施していた専門家派遣事業を含めて40年を越える継続的な日本語教育支援を行ってきた。
本プロジェクトは、急激な学習者増加を支えてきたIJT育成のためにJFがどのような貢献ができたのかを明らかにするために企画された。まず、2010年度前半に日本語国際センター(以下、NC)の研修参加者を中心に11名のIJTに対して、自身の日本語学習や日本語教授経験、日本語教育観等についてインタビュー調査を行い、そのデータを分析し、2011年度に調査票を作成した。
次に、2012年度は、NCの研修に参加したIJT4名に対する予備調査の結果を踏まえて調査票を修正・変更し、その後、ジャカルタ日本文化センターに調査票のメールでの送付・回収の協力を依頼し、IJTに対する本調査を行った。その結果、インドネシアの日本語教育界で指導的な立場にある大学教員18名と高校教員23名から回答を得ることができた。同年度後半は、大学教員の回答を日本語訳し、データの集計・分析を行い、結果を報告書にまとめた。課題として、報告書にまとめた内容をJF内外の日本語教育関係者に広く見てもらえるような形に整えることと、高校教員への調査結果をまとめる作業が残った。
2. 目的
2010年から2013年度までの本プロジェクトの一貫した目的は、IJTへの調査に基づき、長期にわたって展開されてきたインドネシアの日本語教育の展開の様相を、同国社会の変化との関わりの視点から、経年的に捉え、そして、そこでのJFの支援がどのように現地の日本語教育に影響を与えてきたか、個人史の観点から探ることである。2013年度の目標は、①大学教員への調査結果の分析をまとめ、外部発表を行うこと、②高校教員からの回答を日本語訳し、データを集計、分析結果を報告書にまとめることであった。それにより、大学教員、高校教員の両方の視点から、インドネシアの日本語教育のこれまでと現在を捉え、社会の変化の中で日本語教育の変遷とJF日本語事業の関わりを探り、今後の日本語教育支援のあり方への提言につながる知見を得ることを目指した。さらに、世界各国・各地域の日本語教育を歴史的・社会的な視点から探る調査票フォーマットを作成し、インドネシア以外の国や地域での活用の可能性を示すことも目指した。
3. プロジェクトの概要
以下、成果で詳述するように、(1)大学教師への調査、(2)高校教師への調査の内の過去と現在の日本語教育観の変化について考察した結果を記述した。また、(3)JF支援に対する評価と期待、(4)調査方法のフォーマット化試案をまとめた。
4. 成果と課題
A.成果
以下、(1)大学教師・(2)高校教師の回答をそれぞれまとめた報告の概要とともに、(3)IJTがJF支援をどのように評価し、今後何を期待しているかについては回答を数値的にまとめ、報告した。
(1)大学日本語教師への調査
2012年度末に、大学日本語教師に対する調査の結果をまとめ、NC内で報告を行ったが、その結果を外部に発表するために再び整理・分析した。この資料は、JF内部でインドネシア赴任者などに参考資料として手渡している。現在、日本語教育学会の2014年春季大会での口頭発表を予定している。
<概要>
回答者18名の日本語学習や教授の開始時期にあたる1980~1990年代には、大学生は日本企業での仕事や、先進国日本について学ぶ手段として日本語を学んでいた。現在は、ポップカルチャー理解が主要な学習動機となっており、大学生は、日本語学習をポップカルチャー関連の仕事や日本での就職など、現実的で多様な目的と結び付けて捉えている。また、「反面教師としての日本」に学ぶという意味づけがされるなど、この2、30年で、日本語学習の意味が広がりを見せ、多様化していた。その一因として、インドネシア社会のグローバル化が挙げられる。日本語は概ね同国のグローバル化に資する言語と考えられており、社会における日本語教師のイメージは肯定的に捉えられている。日本語教育の同国社会に対する貢献については、「異文化に対する視野」を広げる、日本企業を含めた国際的なビジネス、ポップカルチャーを支える事業などへの「雇用の拡大」、日本の先進的な「情報や技術の伝達」、勤勉性などの日本的な特徴や反面教師としての面も含めた「インドネシアの国民づくり」への貢献の4つが挙げられた。
(2)高校日本語教師への調査
分析するために必要な回答部分のインドネシア語を日本語に翻訳した。その結果を分析し、2014年7月の日本語教育国際研究大会(シドニー)で発表予定である。また、分析の参考とするために、国家教育省が進めている高校教師の資格認定改革について、エフィ・ルシアナ氏(JFジャカルタ日本文化センター)からの情報収集を行った。
<概要>
11州の教師会で指導的な役割を果たし、インドネシアの日本語教育をつぶさに見てきた中堅、ベテラン教師23名に調査協力を願った。分析に際しては、インドネシア社会や経済の動きに加えて、インドネシア教育省の高校教師の資質向上への取り組みと合わせて分析するために、国家教育省が進めている高校教師の資格認定改革について、エフィ・ルシアナ氏(JFジャカルタ日本文化センター)からの情報収集を行った。
高校教師からの回答は大学教師よりも多くの地域から得られており、それぞれの地域の状況をより反映していると考えられる。協力者の日本語学習や日本語教授開始時期にあたる1970~1990年代には、日本企業の進出や、日本製品の普及が見られ、日本語学習の背景として、インドネシアが目指すべき目標であり、あこがれの対象としての先進国「日本」というイメージが挙げられた。しかし、最近はポップカルチャーが大きな学習動機となっていることに加えて、インドネシアが新興国として東南アジアを牽引する発展を見せている状況を反映し、以下のようなグローバルな視点からの意味づけも見られた。それらは、生徒の将来像として、現地社会の活況の中で生まれるメディア関連などの国際的な職業につく、日本に留学したり日本で就職したりする、両国間で対等なコミュニケーションをしていけるツールとして日本語を身に付ける、などである。また、日本語教師という職業については、現地の教育改革の流れの中で、教師の専門性向上を図るシステムが整って来ているが、それにつれて、社会的認知も高まり、教師自身がやりがいを感じていると言えるのではないか。
公教育の中で行われる海外の中等教育段階の日本語教育は、当然、当該国の経済・文化を含めた社会の動きや教育行政、さらに当該国と日本との関係、等が大きな影響を及ぼす。今回の調査でも、IJTの回答の中から日本語教育に対する見方の変化として表れてきた。そして、IJTが教師として同国社会の中での日本語教育観、日本語教師に対する社会的認知を感じ取っており、それらを踏まえて教授にあたっている様子が見えてきた。日本国内の日本語教育関係者は歴史や社会との関わりなどのダイナミックな流れを踏まえて、交流・協働・支援を行って行くべきであろう。
(3)JF支援に対する評価と期待
大学教師、高校教師の回答から、共通する内容をそれぞれ次のように表にまとめた。
①これまで回答者自身や機関・地域が受けたJF支援に対する評価 (−)は否定的な評価
今回調査の協力者は、継続的にJF支援を受けてきたインドネシア人教師である。JF支援については概ね肯定的な評価をしている。大学教師は「研究会の開催助成、専門家派遣」を、高校教師は「訪日研修」を高く評価している。
- <大学教師>
- インドネシア日本語教育学会という全国規模の組織に関係する国際研究会の開催助成をあげた回答が最も多かった。また、大学に対して40年以上続けられている専門家派遣への評価も高かった。助成はある程度受けていると思われる回答者でも「まだ役立ったと感じられない」と否定的に捉えている例もあった。
回答内容 | 回答者数 |
---|---|
学会・研究会の開催助成 | 11 |
専門家派遣 | 7 |
訪日研修への招へい | 3 |
学会誌の発行助成 | 2 |
教材作成助成 | 1 |
講演者の招へい助成 | 1 |
まだ役立ったと感じられない(−) | 1 |
- <高校教師>
- 訪日研修とはNCあるいは関西国際センター(KC)での研修を指す。( )内は、訪日研修で感じられた感想を詳しく述べたコメントであり、高く評価していることがわかる。「そのまま使えない」と否定的なコメントもある。1名だけのコメントであるが、「公務員以外への支援」は重要な指摘である。第2外国語である日本語科目は主要科目と考えられていないため、日本語教師は公務員ではなく、非常勤教師が教えている場合が多い。また、公務員以外の教師は研修等に参加できる機会が限られているため、訪日研修や現地での研修に参加できるのは、インセンティブの面でも資質向上の面でも意義があるとするコメントと考えられる。
回答内容 数字は同様回答者数 | 回答者数 |
---|---|
訪日研修 (教授法の授業7、文化関連の授業やイベント参加7、NCの授業5、日本語コミュニケーション3、学校訪問2、ホームステイ2、学生の動機付け2、そのまま使えない(−)2、ポートフォリオ、クラスメートとのやりとり) |
16 |
教材・教具の助成 | 2 |
教授活動 | 1 |
評価の方法 | 1 |
公務員以外への支援 | 1 |
教師が会う場と機会の提供 | 1 |
②今後のJF支援に期待すること
「回答者自身のため」、「機関・地域のために」に分けて結果をまとめる。
a. 自身のため
- <大学教師>
- 大学教師として求められる研究面への支援(研究助成、国際セミナー参加助成、奨学金)をあげる回答が多かった。次に、教師としての資質向上への支援(研修・ワークショップの開催・参加助成、教材助成)を求める声が多かった。
回答内容 数字は同様回答数 | 回答者数 |
---|---|
研究助成 (日本で3、インドネシアで2、社会言語学、言語学、対照言語学、国際ジャーナルへの投稿支援、機会やプログラムの提供) |
6 |
研修・ワークショップ開催・参加助成(日本で3、インドネシアで2、新しい教授法、教授法リフレッシュ研修、大人数の教室運営、専門家による) | 6 |
参考書・教材助成(日本語、日本文化、専門) | 4 |
国際セミナー参加助成 | 2 |
修士・博士課程奨学金 | 2 |
専門家派遣 | 2 |
自身への支援が地域、ひいてはインドネシアに利益をもたらす | 2 |
その他
|
各1 |
- <高校教師>
- 高校教師であることの利点を、本人たちの資質向上につながる研修(ワークショップ・セミナー含む)に見出している点が注目される。「継続的な研修機会」を求める回答があったが、これは、個々の教師が継続的に研修が受けられるようにすることを求めているのか、IJT一般に対する研修を継続的に実施してほしいのかがわからない。ただ、ここに付記しておきたいこととして、この調査が実施された2012年の段階まではインドネシア国家教育省の機関である語学研修所(P4TK)とJFが共催で高校IJTへの研修を基礎・継続・中級という段階別のシステムで実施していた。しかし、2013年度(現地では1月に年度開始)から、教育省独自の研修システムが実施され、これまでの研修スキームは実施されなくなっている。
回答内容 | 回答者数 |
---|---|
研修
|
18 |
日本での研修(浦和の研修など) | 8 |
MGMP(地域教師会)への専門家派遣 | 5 |
日本語教材(電子メディアを用いた教材、CD、DVD、本など) | 5 |
研究・留学・進学支援(奨学金など) | 4 |
ワークショップやセミナー | 3 |
その他
|
各1 |
b. 機関・地域のため
- <大学教師>
- 回答が分散している印象であるが、( )内に記した付加されたコメントを見ると、専門家について、“自分たちを指導してくれる”立場としてではなく、むしろ“自分たちとともに教え補完してくれる”立場あるいは、“アシスタントとして補助に入る”立場をイメージしているようである。
回答内容 | 回答者数 |
---|---|
専門家・日本人派遣(専門家2、アシスタント専門家、ネイティブスピーカー、インドネシアの仕事文化がわかる人) | 5 |
参考書籍・教材助成(雑誌・ジャーナル、出版助成) | 4 |
研修(教授法、文法、年齢の高い教師用に研修のファシリテーションができるようにするため、勉強会) | 3 |
研究費助成 | 3 |
訪日機会(セミナー参加、大学生の)の提供 | 3 |
MGMP(地域教師会)支援 | 1 |
- <高校教師>
- 希望は専門家派遣、研修招へい、教材助成と、大きく3つに分かれている。大学教師とは違い、専門家に対しては教師会などで指導的な立場でいることを求めていることがわかる。また、その他の意見(教師会支援、イベント、交流の相手探しなど)も高校教師の日本語教育実践にとって重要なポイントが挙げられている。
回答内容 | 回答者数 |
---|---|
専門家派遣
|
9 |
日本での研修(NCの研修など)への招へい | 9 |
日本語教材(CD教材(アニメ、歌など)、電子メディア、他の学習教材) | 9 |
MGMP支援(ワークショップ支援、助成金支援) | 4 |
日本文化および日本語関連のイベント(例:スピーチコンテスト) | 2 |
日本の教育機関や企業との協定仲立ち | 2 |
日本人ボランティアの学校訪問支援 | 1 |
- <大学教師・高校教師のJF支援への期待のまとめ> 赤字は数の多い回答
- 自身のためにJFに期待することとしては、大学教師は研究助成が、高校教師は訪日研修が多かった。共通する点としては、自身の資質向上につながる研修、参考書や教材助成があがっていた点であった。機関・地域への支援については、共通する点として専門家派遣があるが求める専門家像に違いがあった。その他の共通点は参考書や教材助成、研修への期待であった。自身と機関・地域で期待することにやや違いが見られた。自身の専門性を伸ばす上では、研究助成や研修に参加することが役立ち、機関・地域全体を考えた際には、専門家の存在が大きいと考えていることがわかった。
横スクロールできます
大学教師 | 高校教師 | |
---|---|---|
自身 |
|
|
機関 地域 |
|
|
(4)調査方法のフォーマット化試案
今年度は調査方法のフォーマット化に向けて、以下に示す調査手順の概略を示すにとどまった。
- ①その地域の日本語教育を取り巻く社会状況を知るため、「国別情報」「専門家報告書」、その国・地域の近現代史に関する文献から、その地域の社会の変遷や日本語教育関係の動きを年代順に示した年表を作成する。同じ年代に起きた出来事を比較し、日本語教育と現地社会のとの関連を分析する。
- ②その地域の特徴を示すため、地区別・教育段階別などの観点から、バランスよくデータを収集できるよう、調査の実施可能性も考慮し、対象を選定する。地域の特性や調査対象を考慮し、調査票をカスタマイズ(現地語訳含む)する。
- ③JF拠点など調査協力機関(協力者への依頼、回収、翻訳など)に協力を要請する。
- ④調査票の整理(翻訳を含む)、分析を行う。
- ⑤報告書を作成する。(複数の国を比較する場合は、同じフォームを利用する。)
- ⑥機関内・外で調査の分析結果を発表する。
B.課題
今年度は、大学教師、高校教師の調査結果をそれぞれまとめて外部で発表することにつなげた。ただし、13年度内に発表が行えず、持ち越しとなってしまった。今後、2つの調査結果を統合して分析した上で考察し、その結果を発表する必要がある。さらに、今回試案で示したような流れを他の国や地域での調査に用いることができるように、フォーマット化し、質問紙をサンプルとして提供することも求められる。プロジェクトとして長期に渡っているが、14年度もプロジェクトを継続し、上記の課題に取り組み、完遂する予定である。