2016年度上半期 調査研究プロジェクト
長期研修Bコースにおける文法授業のシラバス作成-JFSとの関連性からの再考-
計画者 | 木田 真理 |
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プロジェクト参加者 | 山本 実佳、清水 まさ子 |
外部協力者 | 太田 陽子(一橋大学 国際教育センター准教授) |
日程 | 3.3.参照 |
1. プロジェクトの目的
本プロジェクトは、海外日本語教師長期研修(研修期間6か月)の上位レベルBコース(JF日本語教育スタンダードB1以上、日本語能力試験N2以上)における文法授業の内容を、JF日本語教育スタンダードとのつながりから再考し、最終的に外国人日本語教師研修の特徴を踏まえた文法授業のモジュール型シラバスを提案することを目的とする。
2. プロジェクトの背景
外国人日本語教師研修における文法授業の内容については、学習者でもあり教師でもあるという二面性を持つ研修参加者のニーズやレディネスに合わせると、様々な授業内容が想定される。日本語国際センター開所以来、文法授業担当者は、様々なタイプの授業を実施しているが、文法を専門とする外部講師へ依頼することも多く、限られた専任講師しか担当経験がない状況が生じている。授業内容は、担当講師に一任されているが、一般の日本語教育(大学や日本語学校の留学生教育)の日本語授業とは異なる要素もあり、様々な変数を持つ研修参加者から構成されるクラスにおいて、どのような内容を取り上げればよいのか、ある程度の指針を共有できることが望ましい。そこで、授業内容の共有化をはかるための整理作業をし、研修参加者の変数に合わせて内容を取捨選択できるような形のモジュール型文法シラバスの作成を行った。
3.プロジェクトの概要
3.1. 教師研修における文法授業の位置づけと目標
2016年度長期研修全体の授業時間数、421.5時間のうち、文法演習の授業時間数の合計は、48時間である(1学期:3時間×8回=24時間 2学期:3時間×8回=24時間)。
日本語国際センターの教師研修では、開設当初より、研修後は海外の現場に戻る外国人日本語教師に対して、自己研修能力の開発に向けて研修プログラムを実施してきた。王他(1995:33)では、自己研修の過程が成り立つためには、「自己の現状を意識化し客観的にとらえる力、問題を認識する力、自律的に問題を解決する方法をさがす力などが必要となる」と指摘している。この点を重視した研修デザインは、今でも踏襲されており、長期研修報告書にも、「教師としての専門能力」「コミュニケーション能力」「自己研鑽能力」を高めることが研修全体の目標として掲げられている。また、Bコースの日本語科目の目標としても、「より豊かな日本語によるコミュニケーションができるようになることを目指す。さらに、日本語教師として必要な日本語の分析力の向上を目指す」と記載されている。
このような全体目標のもと、文法演習の授業では次の3つの目標を掲げている。
- 研修参加者自身の日本語運用力の向上を支える中・上級の文法知識を身につける
- 初・中級の文法を整理し、分析的な視点を養う
- いろいろな文法の説明、練習の方法を経験することを通して、文法の教え方のバリエーションを増やす
日本語科目としての文法の授業では、運用力低めのAコースの場合は、研修参加者が保持している知識が少ないため、日本語学習者用教材を使用でき、日本語学習者とほぼ同様の知識の伝授と練習を行えばよいと考えられる。一方、Bコースの場合は、既習の形式においてもまだ不完全である知識の整理と、疑問点の解決などを行い、教授能力向上によりいっそう焦点をあてる必要がある。
文法授業で取り上げるべき項目としては、2003~2004年の調査研究プロジェクト「外国人日本語教師に必要な文法の明示的知識の整理」とその「既習力診断テストの開発」において、様々な研修に対して事前アンケートを実施し、文法授業に必要な項目は、「助詞、ボイス、モダリティ、条件表現、テンス・アスペクト、待遇表現」の6項目だと判断している。そして、それらの文法項目について知識の整理と既習力診断テストの作成が行われ、成果が残されている。また、これまでのBコース文法授業担当者による授業のタイプを整理すると、次のようになる。
- ① 文法知識を整理する講義型
- 文法参考書や言語学、日本語学の知識を提供し、正確さ志向の練習を中心に行う。
- ② 文法指導の教授法にウェイトを置く
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- 文法の模擬授業を中心に据え、知識整理と教え方についてのディスカッションをする。
- 知識を整理する際に、文法指導のバリエーションを体験させる。
- 適切な例文や場面・文脈のわかる会話例を、作成したり提示したりできるように訓練する。
- 場面、文脈、Can-doによる言語行動の授業目標設定と言語項目の連動に注目させる。
- ③ 分析能力向上にウェイトを置く
- ④ ①~③をバランスよくミックスする
- 本プロジェクトでは、①~③のどの要素も必要であると判断し、④を目指し授業を実践した。
3.2. 文法授業の内容を左右する、研修参加者の変数
日本語国際センターの授業では、クラスごとに授業内容を決める際、日本語力以外にも、毎回どのような研修参加者で構成されるか、各研修の集団、クラスごとに授業内容を左右する次のような変数がある。
- 日本語学習経験(滞日経験、文型・文法シラバスで学んだか、学習時の使用教材)
- 教授経験(教授対象者、使用教材、担当科目など)
- 言語学・日本語学的素養の有無 言語そのものが好きかどうか
- 分析的にものを見ることに慣れているか、その力があるか
このような変数を持つ研修参加者のニーズ分析や、事前・事後アンケートの分析を行うと、次のようなニーズがあることがわかる。
日本語教師としての研修参加者からあがってくるニーズ
- 日本語運用力の向上
- 新しい言語知識 未習の言語形式 文法的な機能語(日本語能力試験N1)
- 文型・文法を教える教師として、日本語を説明する力(学習者からの質問に答える必要に迫られている)
- よりわかりやすく文法を教える教授能力向上
それに加えて、講師側は、上述したニーズからもわかるような文型・文法の知識を得ることがゴールだと捉えがちの研修参加者が、JF日本語教育スタンダードを理解し、「課題遂行を重視した授業デザイン・実践」ができるようになるための発想の転換を促すことが重要であると考えている。
3.3. プロジェクトの活動内容・日程
プロジェクトとして活動した今年度に限らず、研修参加者の満足度を得られるよう、授業内容や過去の授業経験も踏まえて得られた知見を整理し、授業内容の共有化を図りやすくするために、2016年度には、次の活動を行った。
- 【2016年5月~2016年9月】
- 過去3年の長期研修のBコースレベルにおける文法授業の内容分析を、授業用ハンドアウト、授業記録、事前・事後アンケートなどを資料として行った。その上で、2016年度Bコース(4・5クラス)の文法授業内容を検討し、共有化を図るための準備作業を行った。
- 【2016年9月~2017年3月】
- 木田、山本で、2016年度長期研修のBコースの文法授業を担当し、各回の配付教材(16回分)の作成及びシラバスの妥当性について検討する材料(アンケート調査や研修参加者の回答など)を収集した。授業用配付教材は、各種文法参考書や中・上級の教科書・教材、Web上の情報などを参照し、クラスごとのニーズやレディネスに合わせて、文法知識や例文、練習問題を抜粋して再構成したオリジナルの教材を作成した。研修の授業担当者には、配付教材(ハンドアウト)の保存と毎回の授業記録を残すことが求められているが、本プロジェクトでは、これらの授業実践を通して得られた知見を整理し、共有化できる資料作りが可能となるように、研修中も必要な作業を行った。
- 【2017年3月~2017年4月】
- 2016年度長期研修における授業実践に対する研修参加者からの評価を分析し、本プロジェクトの試みを考察した。その上で、実践した授業のシラバスの評価、修正を行い、授業での取り扱い順序に自由度を持たせた「モジュール型文法シラバス」を作成した。長期研修における実践からの成果物ではあるが、Bコースレベルの研修では、授業回数によって取捨選択でき、研修の種別(長期、短期、多国籍、単国など)に関わらず実践可能なものとなっている。
このプロセスにおいて、外部協力者の太田陽子氏(一橋大学国際教育センター准教授)と会議を重ね、文脈を重視した文法記述の研究や、研修参加者の特徴を考慮した授業内容の整理などの観点からのアドバイスを受けた。教育文法を研究している同氏からは、日本語教育学会及び文法を専門とする研究会における文法研究の動向、文法教授の価値観の変遷、所属大学のカリキュラムや文法指導に関する知見など、幅広い情報と助言を得られ、プロジェクトの意義の明確化が促進され、大変有意義であった。
なお、本プロジェクトは、次のように関連の成果発表を行い、日本語教育関係者からのコメントを、その後の活動に生かしてきた。
- 「外国人日本語教師研修における文法授業の内容整理の試み-授業アンケートや授業記録の分析を通して」第10回日本語教育学会研究集会 口頭発表(龍谷大学)(2015年)
- 「文法指導のバリエーションを意識した中・上級文法授業の実践-外国人日本語教師研修における試みの整理」第44回日本語教育方法研究会 ポスター発表(学習院大学)(2015年)
- 「日本語教師研修における文法授業の役割-課題遂行を重視した授業デザインを目指して-」日本女子大学公開シンポジウム「『知っていること』と『使えること』をつなぐ」(日本女子大学)(2015年)
4. プロジェクトの成果
4.1. 作成した文法シラバス
外国人教師研修を対象とした特徴的な文法授業の方針としては、次の5点に整理された。
- 文法の説明を言葉による方法以外の様々な方法を取り入れ、文法指導のバリエーションを増やす。
- 文型や言語形式だけに注目するのではなく、文法には、表現形式(FORM)と意味(MEANING)、その使われ方(PRAGMATICS)の3つの側面があることを意識させ、課題遂行を重視した授業デザインができるよう、言語の捉え方の変化を促す。
- 教師が文法説明をして学習者はその説明を聞くという「講義タイプ」の授業ではなく、学習者が自ら考え文法ルールを発見するよう促し、帰納的に学習する「学習者発見」タイプの授業(国際交流基金2010:38)を取り入れる。
- 授業にピア・ラーニングの要素を取り入れ、教師と教材から学生への一方的な知識伝達となることを回避する。
- 日本滞在のチャンスを利用し、日本社会で実際に使われている用例を観察させ、言葉の変化や使用状況に注目させる。
このような方針のもと実践された授業を整理し、中・上級レベルの文法項目の「何を」「どのように」授業で扱えばよいかの情報を整理し、「モジュール型文法シラバス」を作成した。(下記5.以降の「モジュール型文法シラバス」参照)
「文法項目」欄には、扱った文法項目と授業で研修参加者が行ったことを記載し、その実践を通して、研修参加者にとって、文法指導の方法や考え方、文法指導のバリエーションを増やすことなどに該当することを「文法指導のヒント」欄に整理して記載した。「分析的な視点」では、文法授業における分析力向上につながる要素として考えられる点をまとめた。また、外国人日本語教師研修の授業に特徴的なその他の試みを「その他の試み」としてまとめた。
4.2. 授業評価
研修終了時点での授業評価のアンケートでは、2015・2016年度とも、Bコース全体(4・5クラス)で、4段階評価のうちの「とても満足した」「満足した」との回答が100%となった。これらのアンケート結果から、研修参加者は、文法授業に対して概ね満足していると判断できる。また、満足度の理由として自由記述に記載された次のようなコメントからは、ある程度、文法授業に対するイメージの変化や発想の転換が生じたことが見受けられる。
- 文法の教え方だけでなく、文法、言葉、表現などについて自分で調べて、分析して、考えて発表させることはとても役に立つと思う。また、授業で、既習の文法について自分でもう一度整理しておいて、ペアやグループで話し合ってから、紙にまとめて、書く活動も面白くて、学習者にとっては文型を覚えるための一つの方法だと思う。
- 文法に関する知識と理解が深まった。文法を分析的に考える力を身につけた。文法を教える際、様々な説明のし方(イラスト・マンガを取り入れた説明・演技による説明等)についてわかった。学習者に自ら気づき・考える力を育てる方法について知ることが出来た。
また、本プロジェクト用に、授業で学んだことや代表的な教室活動に関する感想を問う、独自の質問紙調査も実施し、次のようなコメントが得られた。
- 普通の講義ではなくて、学習者も色々なことを考えさせたり、調べさせたりしてしまいましたから、面白かった。
- 先生の授業を受けるだけではなく、自分でも色々調べたり、グループと話し合ったりもしたので、色々なニュアンスも分かるようになったと思う。
- 最後の課題(おもしろ日本語発見 発表会)を通して、日本社会で身につけた面白い日本語を分析し、考えたり、発表したりすることもできた。
5. プロジェクトの課題
プロジェクトの成果である「モジュール型文法シラバス」記載の「文法指導のヒント」「分析的な視点」の精緻化が課題としてあげられる。文法指導のヒントや分析的な視点を持つことにつながる知識や技術はどのようなものか、どのような文法項目と相性がよいかなど、さらなる検討が必要である。また、今回は、分析能力について、授業に関する研修参加者への質問紙調査のみをデータに考察したが、分析能力が向上したかどうかを測る手段も検討事項である。また、研修終了時点では、「分析能力がついた」「文法を教える際の様々な方法がわかった」という認識を持った研修参加者が、帰国後、どのような課題にぶつかり、それをどのように解決していったのかなどについてのフォローアップ調査も必要だと考えている。
参考文献
王崇梁・大関真理・笠原ゆう子・古川嘉子・山口薫(1995)「教師の自己研修能力の開発に向けて-海外日本語教師長期研修における教育実習指導-」『日本語学』Vol.14 明治書院,33-42.
国際交流基金(2010)『国際交流基金教授法シリーズ 第4巻 文法を教える』ひつじ書房
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文法項目 | 文法指導のヒント(方法・考え方) | 分析的な視点 |
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現場指示と文脈指示に分けて考える |
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謙譲語ⅠとⅡの区別を理解するプロセスにおいて、利き手への配慮について意識化する 観察した敬語の用例を、言語形式、敬語の分類、などの観点から考える 文章を読み、適切かどうかを考える |
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様々な助詞(文型と関わる助詞、意味に重点が置かれる格助詞、とりたて助詞など)の性質を考えることを通して日本語の構造について考える 紛らわしいとされる助詞について、もともとの助詞の持つ性質、名詞との組み合わせなどの点から分析する 日本語の言葉遊びである川柳を読むことにより、5、7、5 音 言葉 内容などの面から分析する 川柳の作品の意味解釈のプロセスにおいて、「は」と「が」の区別、同音異義語の意味について分析する。(パパがいい、それがいつしかパパはいい) 単文 複文 従属節 主語述語の関係から「は」と「が」のルールについて考える |
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省略表現の効果について分析する 文型・文法を気持ちの面から考える
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会話を聞いて、場面や文型の使われ方を観察する |
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使役における意味機能について分析する |
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例文から受身形の迷惑の意味が生じる場合について分析する 受身 使役 使役受身 授受表現などから、文型・文法を形式面からだけではなく、気持ち・言語行動の面から考える |
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用例や参考書を通して、場面の観点から分類について考える |
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「と」「ば」「たら」「なら」という文型・文法という見方をするだけでなく、複文構造の一つであることを確認する ゆれや地域差、言葉の変化に気づく |
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◆日本語コーパス |
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◆ふりかえりシート |
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