2017年度上半期 研究プロジェクトWEB報告書
CP研修参加者への追跡調査から見るプロジェクトワークの成果と課題
-日本文化紹介における生徒の深い思考を促す授業とは-

計画者 二瓶知子
プロジェクト参加者 中尾有岐
外部協力者 なし
日程 3.2 参照

1. プロジェクトの目的

2016年度の「日本語パートナーズカウンターパート教師研修」では、生徒の深い思考を促す日本文化紹介の授業を考えることを目指して、プロジェクトワークを行った。本研究プロジェクトでは、この研修の参加教師に対し追跡調査を行い、プロジェクトワークの成果及び課題を明らかにすることを目的とする。

2. プロジェクトの背景

日本語国際センターでは、2015年度より日本語パートナーズ(以下、NP)派遣事業(注)の一環として、カウンターパートであるNP派遣先校の日本語教師(以下、CP)を対象とした約2週間の研修(以下、CP研修)を行っている。CP研修は、2015年度より国別に実施しており、2016年度は、フィリピン、インドネシア、ベトナム、マレーシア、タイの中等教育機関の教師を対象に実施された。
CP研修では、CPが現地で日本事情・日本文化紹介の授業を行う際に必要な素材(写真や実物、インタビュー調査)を日本で集め、その素材を使った文化の授業案を考えるプロジェクトワーク(以下、PW)を行っている。近年、ASEAN諸国の中等教育では、21世紀を生きていくための資質・能力の育成が重視されており、2016年度のPWは、生徒の深い思考を促す文化紹介授業を考えることを目的に行った。PWの流れは、以下通りである。

  1. 1) 「文化」とは何かを考える
  2. 2) 調査テーマを決める
  3. 3) 日本人ボランティアとともに、テーマに関するリソースを集める
  4. 4) 集めたリソースについて、背景を考察する
  5. 5) リソースを使った授業をデザインする

5)においては、授業における教師の役割について考える機会を設け、生徒の深い思考を促すためには、生徒自身に考えさせる授業を展開することが必要であること、そのためには、「説明」ではなく「問い」を投げかけることが重要であることを確認した。その上で、報告者らが示した授業例を参考に、授業の流れや生徒自身に考えさせるための質問をCP自身で考え、発表した。帰国3ヵ月後に実施したアンケートにおいて、研修でデザインした授業を実際にNPと共に実践したという報告があり、PWで行った内容が、現地で活かされていることがわかった。しかし、実際に行われた授業がどのような授業であったかについては未調査であり、その実態は不明である。そこで、2016年度の研修に参加したCPに対し、追跡調査を行うこととした。

3. プロジェクトの概要とスケジュール

3.1. プロジェクトの概要

本プロジェクトでは、PWを体験した2016年度のCP研修参加者の中から協力者を募り、日本文化の授業のビデオ撮影を依頼した。そして、収集したビデオの授業の流れや教師から生徒への質問について分析した。また、授業を実施した教師へのフォローアップインタビューも行い、PWの成果と課題を探った。

3.2. スケジュール

2017年5月~7月
2016年度のCP研修のアンケート及び成果物の分析と考察
2017年6月~9月
ビデオ撮影依頼、文献講読
2017年10月~12月
授業録画の文字化、タイ語から日本語への翻訳依頼
フォローアップインタビュー実施(11月)
2018年1月~4月
ビデオおよびインタビューの分析
結果の考察、CP研修の評価
2018年4月
調査研究部会プロジェクト報告会で報告

4. 分析と考察

4.1. 分析対象

本プロジェクトでは、2016年度のCP研修タイ(2017年3月実施)に参加した教師Aの授業を録画したビデオを分析対象とした。教師Aが行った授業の概要を表1に示す。

表1 教師Aが行った授業の概要
時間 50分
対象者・人数 高校3年生・17人
必修/選択 必修クラス
授業形態 NPとのティームティーチング
目標
  1. ①日本の紹介
  2. ②タイと日本のサインスタンドの同じところと違うところを考える
  3. ③学校の危ないところを探して、他の人が気をつけるようになるためのものを考える

4.2. 分析方法

本研究では、「Display Question(以下、DQ)」、「Referential Question(以下、RQ)」、「Closed Referential Question(以下、CRQ)」というLong & Sato(1984)、Ellis(2008)、速水(2011)らによる枠組みを使用した。DQは教師が質問の答えを知っており、生徒の既知情報を確認する質問、RQは教師が質問の答えを知らず、生徒の答えを予測できない質問、CRQは教師が質問の答えを知らないが、ある程度生徒の答えが予測、限定できる質問である。
分析は次のような手順で行った。

  1. 1) 授業録画の文字化、翻訳(教師A、NP、生徒の発言)
  2. 2) 授業全体の流れの確認
  3. 3) 教師Aの生徒への質問とその質問に対する生徒の回答の抜き出し
  4. 4) 教師Aの質問をDQ、CRQ、RQに分類

なお、報告者らが本PWで提示した文化の授業例は、DQ→CRQ→RQの順に問いが連なる構成であった。

4.3. 分析結果と考察

まず、教師から生徒への質問の内容について考察する。教師が質問の答えを知っており、生徒の既知情報(写真から観察できるものを含む)を確認する質問であるDQが、全体のおよそ7割を占めていた。それらは、特定の正答が想定されている質問やことばの意味や発音に関する質問であった。前者は「これは何ですか」のような写真の中に写っているものについての質問、後者は「公園は日本語で何ですか」のような生徒がタイ語で答えたことばの日本語訳やことばの発音を問う質問であった。次に、教師が質問の答えを知らないが、ある程度生徒の答えが予測、限定できる質問であるCRQが約1割で、自国の状況について問う質問や、「かわいいですか」のような生徒の感情を問う質問であった。このような質問は正答はないと考えられるが、その回答はほとんど一つに絞られるものであった。次に、教師が質問の答えを知らず、生徒の答えを予測できない質問であるRQが1割以下で、主に、写真から日本の文化事象の背景を考えさせる質問であった。その他の質問としては、生徒の答えをそのまま繰り返すものや、NPに聞くように促すもの(例:NP先生に聞いてみたらどうですか)があった。
 次に、これらの質問を授業の流れに沿って見てみたい。教師Aの授業は、「導入 → 様々な日本の例提示 → タイの例提示 → 日タイ比較・考察→ 発展(宿題)」という流れで行われていた。まず、教師Aは、日本の写真を見せ、DQまたはCRQの質問を通して考えさせてから、タイにはどのようなものがあるかを聞いた。そして、日本とタイの写真を見比べながら、なぜ形が違うのかをRQの質問を通して考えさせ、最後に③の宿題を課した。このように教師Aは、一方的に日本について説明するのではなく、日本とタイ両国の事象を提示し、常に質問をしながら授業を展開しており、その流れは、大きくは、研修中に報告者らが提示した授業例と同様のDQ→CRQ→RQへと順を追う流れとなっていた。また、生徒自身で考えられるように、たくさんの写真を使う等、工夫した様子も窺えた。しかし、質問全体の約7割が、「導入」と「様々な日本の例提示」時に行われており、「タイの例提示」「日タイ比較・考察」「発展(宿題)」時における質問数は少なかった。また、生徒の自由な発想を問うRQは「日タイ比較・考察」において数回のみであり、生徒の答えを広げ深める追質問はなかった。そのため、生徒の回答は日本語、母語に限らず単語レベルに留まることが多かった。また、質問の内容を詳しく見てみると、目的とは異なる回答に対し追質問を行っていたり、行った追質問が効果的でないために、想定した回答を引き出せない場面も多くあった。さらに、藤川(2011)で指摘されているように、質問の前提の共有がないために、生徒の回答が定まらない場面も見られた。その結果、生徒は文化事象の背景まで考えを深めるには至っていなかった。
後日行ったフォローアップインタビューにおいて、教師Aは、授業後に生徒からの質問が増えたことに言及し、その理由として、以前は教師からの質問のほとんどが「これは何か」という確認の質問であったが、CP研修後は意図的に「どうしてか」を問う質問を多くするようになったことを述べ、そのことがきっかけで生徒からの質問が多くなったのではないかと語った。教師Aは自身の変化だけでなく、生徒の態度にも変化があったことを感じ取っており、CP研修のPWで行った生徒自身に考えさせるための質問の意義を再確認した様子が窺えた。

5. 本プロジェクトの成果と課題

本プロジェクトにおいて、2016年度のPWで行った様々な活動がどのように現地で活かされ、実際に行われた授業がどのような授業であったのかを探った結果、授業の流れについては、PWにおいて重視した、質問を通して生徒自身に考えさせる文化の授業がなされており、そこで行われた質問も、大きくは、研修中に報告者らが提示した授業例と同様のDQ→CRQ→RQへと順を追う流れとなっていた。
しかし質問の内容については、様々な課題が残った。今後のCP研修ではこの結果を踏まえ、質問の内容やし方を意識した研修をデザインし、実施したいと考える。その一部は既に2017年度のPWにおいて実施しており、今後その成果と課題を検討するとともに、文化の授業の流れとそこでの質問内容の再考を行いたい。 なお、本プロジェクトの詳細は、「ヴェネツィアICJLE 2018 日本語教育国際大会」で発表予定である。


  • 注 国際交流基金アジアセンターでは、2014年度より、日本語学習支援として、アジア10カ国と台湾の中等教育機関等へ、“日本語パートナーズ”を派遣している。日本語パーナーズは、CPのパートナーとして、授業のアシスタントや日本文化紹介を行う。応募資格は満20歳~69歳の日本国籍を有する者で日本語教授経験や知識等は問わない。

[参考文献]

  • 速水梨代(2011)「質問の質と教室活動の流れ」『国際教養大学専門職大学院グローバル・コミュニケーション実践研究科日本語教育実践領域実習報告論文集』2, pp.58-74, 国際教養大学専門職大学院グローバル・コミュニケーション実践研究科日本語教育実践領域
  • 藤川大祐(2011)「発問とその前提-発問の論理に関する考察-」『授業実践開発研究』4, pp.1-6, 千葉大学教育学部授業実践開発研究室.
  • Ellis, R. (2008) The study of second language acquisition. Oxford University Press.
  • Long, M., Sato, C. (1984)‘Methodological issues in interlanguage studies: and integrationist perspective’ in Davies, D., Criper, C., and Howatt, A. (eds.): Interlanguage. Edinburgh: Edinburgh University Press.