日本語教育指導者養成プログラム(修士課程)18期生(研修期間:平成30(2018)年~令和元(2019)年)
「修了・帰国から半年経って思うこと」

政策研究大学院大学と連携で実施していた修士課程を2019年9月に修了した中国、モンゴル、ベトナム、マレーシアからの4名の日本語教師からの報告です。 このプログラムでは、参加者はそれぞれの日本語教育の現場の事情を踏まえた研究テーマを自ら設定して、その研究成果報告を提出します。1年間という限られた期間の中で、講義や研究に必要な個別指導等を受け、一時帰国して自国の教育機関で実習を行い、自国で収集したデータを分析し、その研究成果を「特定課題研究」としてまとめるものです。
帰国後、自分の職場で改めてその研究テーマについて考え、発展させることもあります。修士課程修了後半年たった2020年春に、4名が研究テーマに関して、取り組んだことや、取り組もうと思っていることや今の考えについて書きました。

李さん(李 念念/リ ネンネン/Li Nian Nian/中国/河北工業大学) さん

【研究テーマ】ペアとグループの話し合いを取り入れたロールプレイの試み
―河北工業大学の「基礎日本語」授業の改善を目指して―
【PDF:1.14MB】

李さんの写真
※帰国後の発表会で日本語学部の教師に教授法を紹介
日本語教育指導者養成プログラムを修了した後、2019年9月の中旬に所属の河北工業大学に戻り、授業を担当し始めました。光陰矢のごとしを実感していますが、この半年の日本語教育関係の活動を報告いたします。 帰国後の秋学期は三年生向けの「高級日本語(上級日本語)」、「日本語視聴説(視聴解・会話)」を教えました。その時点で「高級日本語」を教えた経験がなく、修士コースの教授法の授業で学んだことを生かして授業をやってみました。学生のスキーマを活性化するため、トピックに関わる内容を提示し、トップダウンの読みを促しました。そして、「理解から解釈へ」という目標を達成するため、文章の内容に関連性がある現実の話題に触れて、意見を述べたり、作文を書いたりしました。文法の学習を重視する学生はこのような授業を最初あまり受け入れませんでしたが、今は少しずつ自分で考えて発表することのメリットに気づくようになりました。また、何のために文章を読まなければならないかを学生に理解してもらうために、学習目標をより具体的に設定する必要があると思いました。 「日本語視聴説」の授業では、以前は学生たちにNHKのビデオを見せ、それに関する質問に答えさせました。学生は一生懸命聞きましたが、わからない単語が多く、挫けて自信を失ってしまう学生も少なくなかったです。今回は『まるごと(中級)』を使用し、教授法の授業で学んだ段階的な聞き取りを授業に取り入れました。そして、第二言語習得論に基づいて、聞いて理解したことを会話に繋げ、ロールプレイの練習も行いました。その結果、学生たちは言語形式の使用に注目しただけでなく、このような練習は達成感があると言いました。ただし、モデル会話を見ながら、会話を練習した学生が多く、これから実際の場面に合わせて話せるように、何か工夫を凝らさなければならないと思いました。 授業以外に、今年の1月から日本語専攻の学生の卒業論文指導も担当しています。論文のテーマを決めるプロセスでは、いつも日本で受けた指導教官のやり方を参考にしながら進めています。以前のやり方では、教師がいくつかのテーマを出して、学生にその中から一つ選んでもらいました。その後、一緒に資料を調べ、論文の枠組みを決めました。今回は学生のやりたいことについて、繰り返して質問を出したり、フィードバックをしたりして、時間をかけて学生自身が興味があるテーマに絞りました。学生に自分で考えることの大切さ、それが将来の進学や仕事に繋がっていることを感じさせました。 また、帰国した後、発表会を開き、修士コースで学んだ教授法の知識を日本語学部の同僚とシェアしました。それをきっかけに、同じ科目を担当した教師と定期的に授業の問題点や改善案について検討を行い、先輩の教師からいろいろ助言をもらいました。そのほか、グループのメンバーとして、河北省の日本語授業コンテストに参加して賞を獲得しましたが、自分の教育理念、教案のデザインには不十分な点があることを身に染みて感じました。千里の道も一歩から、今後は教師としても、日本語教育の研究者としても、少しずつ頑張りたいと思います。


ムギーさん(ドゥルブンチョロー ムンフトヤ/Durvunchuluu Munkhtuya/モンゴル/日本人材開発センター) さん

【研究テーマ】モンゴル・日本人材開発センターのポートフォリオの現状と課題―自己評価・振り返りシートの取り組みを中心に―【PDF:902KB】

ムギーさんの写真
※研究会発表
本プログラムでは、修士課程の様々な科目を勉強しながら、現場の日本語教育の問題を取り上げて特定課題研究の論文を書きました。プログラム修了後、通常の業務に戻ってから取り組んだ活動や考えたことについて、以下の通りに報告します。 1. 所属機関内の講師研修
私が修士課程で行った研究では、現場で実施している学習者の「自己評価・振り返りシート」に対する教師の関わりについての現状と課題点を明らかにすることを目指しました。研究の結果、「自己評価・振り返りシートの教師の関わりを通して、学習者に情動的な支援ができている」「学習者一人一人の学習状況に合った支援ができている」と分かりました。また、「ある一定の学習者はまだ自分の学習について振り返りができていない」「数名の教師は、学習者の振り返りシートに対するフィードバックのコメントを書く時間が不十分である」という課題も判明しました。修了後の半年にしたことは、このような研究結果について所属機関内の講師研修で報告し、今後の改善につなげるように働きかけをすることでした。私の発表を聞いて、国際交流基金の派遣専門家が学習者に「自己評価・振り返りシート」の記述の良い例と良くない例のサンプルを紹介することを提案しました。私もいい考えだと思い、作成に協力しました。このサンプルは、2020年の秋期コースから使用される予定です。
2. 研究発表
モンゴル日本語教師会主催の「日本語教育研究会例会」において、特定課題研究について発表しました。研究会には主に大学の教師たちが10人ぐらい出席しましたが、研究会のアンケートによると、「勉強になった」「自己評価・振り返りシートの活用方法が分かった」「新しい発見があって、良かった(学習者へのフィードバックを通して、心理的な支援ができている)」「自分の現場にも取り入れたい」という声がありました。また、モンゴル日本語教師会の1つの活動である『モンゴル日本語教育紀要(МОНГОЛЫН ЯПОН ХЭЛНИЙ БОЛОВСРОЛ Эрдмийн шинжилгээний бичиг)』第4号(2020年発行)にも特定課題研究を載せることになり、研究会に出席できなかった他の教師たちの参考になると思います。
3. 所属機関での担当コース
 2019年の秋期は、総合日本語コース1(A1)を担当しました。帰国後の初めてのコースなので、まず現場の状況を把握したいという気持ちで取り組みました。日本で勉強している時は「学習者を待つこと」「学習者に考えさせること」「学習者が学習目的を認識すること」が大事だということに強くインパクトを受けたので、授業を教える時にいつも心に留め、学習者に接しました。また、学習者への指示では音声教材を何回も聞かせている目的は何かなどを学習者に丁寧に説明するよう努力しました。つまり、教師が授業の目標をしっかり把握しているだけではなく、学習者にも認識してもらえるよう心掛けてきました。
1年間の「日本語教育指導者養成プログラム」では多くのことを学びました。得た知識はこれからも日本語教育分野で働いていく上で役に立つ宝物であると実感しています。指導してくださった政策研究大学院大学や国際交流基金の教師の皆様に心より深く感謝しております。
今後、日本語教育の活動では小さなことでも丁寧に接し、何事でも正直に向かい合い、困難なことに出会っても様々な観点から解決方法を探っていきたいと考えています。


ベトさん(ファム フイン アイン ベト/Pham Huynh Anh Viet/ベトナム/レ・ホン・フォン高校) さん

【研究テーマ】中等日本語教育における日本人参加型授業の意義―ベトナム、ホーチミン市の高校を例に―【PDF:902KB】

>ベトさんの写真
HUTECH日越工業大学における「ビジネス日本語」の授業
2018年9月から「日本語教育指導者養成プログラム(修士課程)」(以下、修士コース)に参加し、1年間授業を受けたり、研究したりしました。日本語教育についての知識が前より広がり、自分が持っていた知識は砂漠の砂の粒のようなものだったと反省しました。しかし、1年間で得た知識や経験は私の人生においてなくてはならないもののように思っています。帰国から半年経って、自分でも信じられないほど、色々なことが起きました。本報告では、帰国してから現時点まで行ってきた日本語教育活動やベトナムの現状を伝えようと思います。 1.所属高校での授業
私の所属機関はベトナムのホーチミン市にあるLe Hong Phong(レ・ホン・フォン)という英才高校で、第一外国語として日本語を学ぶクラスがあります。担当クラスでは、大学院での研究テーマだった「日本人参加型授業の意義」について引き続き考え、実践しています。研究のために行った実験授業では、複数の日本人(3名)が参加するビジターセッションを実施しました。研究の結果、生徒同士でも自発的に日本語の会話ができることがわかったので、今回1名の日本人が一定時間毎に生徒のグループを移動し、生徒は日本人がいるグループといないグループで会話をしました。その際、生徒が書いた振り返りシートと日本人との会話録音データを、研究成果と比べ、生徒の自発的発話と会話の問題解決のストラテジー使用がどのように変化したか検討しています。
2.大学の日本語学科長としての仕事
帰国後、HUTECH越日工業大学に採用され、日本語学科の学科長として、非常勤で仕事を始めました。新しい大学であるため、カリキュラム作成や教科書の選択など、分からないことが多くて、難しい部分もあります。しかし、これも修士コースで学んだ「日本語教育指導者」の知識を実際に応用できる場になるし、毎日大変でもやりがいがあります。また、指導者として日本語教育の専門知識だけではなく、教師と学生、また教師達の間など人間関係への配慮も必要ではないかと気づきました。修士コースの「日本語教師教育論」という科目で先生方、また学生同士で日本語教育の指導者について話し合ったことが現在の仕事で何より強く実感できるようになりました。
3. 中等日本語教師の勉強会
帰国してから、2019年10月4日に国際交流基金(以下、JF)ホーチミン市事務所が毎月実施している「ホーチミン市中等日本語教師の勉強会」で、日本で行った研究について発表しました。出席者はホーチミン市における日本語中等教師、また、JFの派遣専門家、同日本語パートナーズの方々でした。発表後、同僚の日本語教師達に「Vさんのように日本語教育について研究を始めてみたいなあ」と言われ、何より嬉しかったです。1年間で学んだことを今後、ベトナムの日本語教育のために役立てたいと思います。
4.ベトナム(ホーチミン市)の現状
この報告を書いている2020年3月の時点で、約2か月コロナウイルスの影響でベトナムでも全国的に学校が休校になっています。オンライン授業はベトナム人にあまり知られていませんが、長い休校の状況に対応するため、勤めている高校と大学でも色々な工夫をするようになりました。例えば、「Zoom」のアプリを使用し20名程度のオンライン授業を行ったり、「Google Classroom」を利用し学習者に教える内容と宿題を配ったりしています。まだ上手くいきませんがこれからも頑張っていきたいと思います。


ローさん(ロー カイシエン/Loh Khai Xian/マレーシア/マレーシア工科大学) さん

【研究テーマ】ロールプレイ活動を取り入れた会話能力育成の試み―マレーシア工科大学の日本語会話授業の改善【PDF:1.75MB】

ローさんの写真
左からクマラグル教授、学生3名、ローさん
私は日本語教師になる前に日本語教育に関する知識に触れたことがなく、それらを学ぶためにこのプログラムに参加しました。1年間の課程はかなり厳しく、ほとんどの情報は未知の領域のようでした。プログラムでは講義以外に、自分の所属現場で直面している日本語教育問題を直視し、改善するチャンスもいただきました。 自分の現場に戻り、まず初級日本語授業の内容を改善することに着手しました。修士コースの研究で行ったインタビュー調査では、学習者は会話を行う際に文法の正確さに注目し、自分の話したい内容をどのように伝えるのか困っていることがわかりました。また、学習者の会話タスクでは、内容に曖昧さや不自然な表現が見られました。これは、学習者が受けた教育が文法に注目し、例文に不自然な表現を使っていることと関連していると考えました。会話の授業を改善する前に、初級日本語の場面や話題が曖昧な会話や不自然な例文を修正し、よく日本語母語話者に話される会話例を提示した方が会話授業の前置として有効だと考えました。また、学習者が日本人の名前に親しむように、話し手の名前を日本人の名前に変更しました。つまり、最初からできる限り、本物の日本語会話との接触機会を増やしたいと考えました。更に、学習者の思考能力を引き出すために、学習者が嫌がる教師になることを決意しました。教授法と第二言語習得の知識を授業に取り入れ、教師がすぐ全部の答えを出さず、学習者の問い掛けに「どうしてですか?」「なぜそう思いますか?」と返事し、学習者に考えさせ、自らの力で試行錯誤を繰り返せ、答えを探り出させました。それから、今学期の2月末にJLPT N4受験対策授業を終了した学習者を対象にした会話授業の改善に取りかかりました。学習者は20名で、週1.5時間で行っています。コロナウイルス(COVID-19)によって休校するまで、授業を3回行いました。3回の授業を通し、学生の話す意欲が高まり、間違っても恥ずかしがらずに話せるようになったことが見られました。このように、学習者の会話能力を向上させるために、初級日本語と会話授業の内容と方法を見直していますが、成果が明らかになるまでにはまだ少し時間がかかるかもしれません。 一方、帰国後、JLPT試験場の主催、筑波大学の実習生プログラムのサポート、他の校務など、授業以外の仕事も増えました。2020年に日本語科目を受講する学生が「日本語と文化クラブ」を創立し、私が顧問に任命されました。最初の活動の日馬大学生交流会は、約50人が参加し、両国の大学生も盛り上げて、異国の知らない文化に触れ合い、イベントは成功をおさめて閉幕しました。また、今年から外国語学科のコーディネーター役を任されました。更に、本学部が7月に主催する第二言語研究会の委員にも任命されました。教師教育論の授業で教えて頂いた「教師の役割とは何?」という言葉が胸の中に響いています。 COVID-19が世界的に流行している現在では、ウイルスの感染を最少に抑えるために、社会距離拡大戦略を取っているため、マレーシアは全面的に封鎖され、教育機関は休校となり、オンライン授業の実施が広い範囲で加速しています。個人的には、学習者との対面授業で生み出される化学反応は学習の過程に欠かせない大切な要素だと思っています。しかし、現在から未来への動向を観察すると、オンライン授業が次世代にとって当たり前の日常になるでしょう。私は、オンライン授業と対面授業の両方を使うブレンド型学習に賛成しますが、完全に対面授業を無くすことには心に葛藤があり、悩んでいます。そのために、将来の日本語教育にとって最善の道を探索していきたいと思います。


お問い合わせ

国際交流基金日本語国際センター
教師研修チーム
電話:048-834-1181 ファックス:048-834-1170
Eメール:urawa@jpf.go.jp
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