国際交流基金賞50周年記念 村上 春樹さんからのメッセージ

(c) 村上事務所
平成24(2012)年度 国際交流基金賞
作家 / 翻訳家
村上 春樹
[日本]
「物語の力、言語の普遍性」
最初小説を書き始めた頃は、自分の書いたものが翻訳されて海外で出版されることになるなんて、とても想像できなかった。というか、できたてほやほやの若い小説家にとっては、日本国内で出版されて、不特定多数の人の手に取って読まれるというだけでも、じゅうぶんひとつの奇跡であるように思えたものだった。それ以上に求めるべき何があるのか?
でも1980年代後半から、自分の書いた小説が徐々に外国語訳され、その反響がフィードバックしてくるようになって、そのことに素直に驚きを感じると共に、それに合わせて僕自身の「文学観」みたいなものも少しずつ微妙に変化を遂げてきたように思う。自分の書く物語(ナラティブ)は日本語、あるいは日本社会という枠組みを超えて、もっと広い何かとしっかり絡み合っているのだという実感が生まれてきたのだろう。日本語というひとつの言語で書かれたナラティブではあるけれど、それは言語の制約を超え、多様な意識の壁を透過する「生きたナラティブ」となり得るのだ。
それから三十年以上を経て、今では僕の書いた作品は五十以上の言語に翻訳され、訪れた多くの国で個人的にも温かい歓迎を受けるようになった。そしてそのような多くの(様々な言語の)声に励まされ、長いあいだ自分なりに力を尽くし、こつこつと小説を書き続けてきた。物語の力を信じること、言語の普遍性を信じること--僕にとってはそれが小説を書き続けるための大きな力になってきたし、今でもまだなっている。
村上 春樹
(原文 日本語)
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