国際交流基金賞50周年記念 アレクサンドラ・モンローさんからのメッセージ

アレクサンドラ・モンローさんの写真
(c) David Heald

平成29(2017)年度 国際交流基金賞

ソロモン・R・グッゲンハイム美術館・財団 グローバル美術総合上級キュレーター /
元ジャパン・ソサエティ・ギャラリー館長、ジャパン・ソサエティ 芸術文化担当 理事

アレクサンドラ・モンロー

[米国]

国際交流基金賞 50周年

アメリカの観客に日本美術を広めるという、美術館での30年にわたるキャリアの中で、私は幸運にも国際交流基金と共に、いくつかの展覧会プロジェクトに携わることができました。このような評価が研究者の仕事に与える栄誉、励まし、喜びは、格別なものです。

1980年代半ばに私が戦後日本の前衛美術の研究を始めた頃、アメリカの美術館で、このテーマの美術史的重要性や将来性を信じるキュレーターは、事実上私ひとりだけでした。それは、未知の領域でした。けれども、日本の戦後美術の歴史的正当性や新しい表現の活力に対して、私には熱い信念がありました。また、新たな視点こそが、日本美術と国際的な現代美術研究の両方の見方や教え方の幅を広げていくものと確信していたのです。

孤独な道のりでしたが、理事長からニューヨークのディレクター、キュレーターや制作チームに至るまで、国際交流基金の先見性のある支持と支援に恵まれました。国際交流基金は、1990年代初頭にフェローとして私の研究に資金を提供し、1994年から1995年にかけては、「戦後日本の前衛美術:空へ叫び」展と題する米国巡回展を企画してくださいました。横浜美術館の主催により、この展覧会は1995年までニューヨークのグッゲンハイム美術館とサンフランシスコ近代美術館で開催され、同時にハリー・N・エイブラムス社から大部の図録も出版され、これは英語圏における戦後日本美術研究の教科書となりました。

それ以来、日本の近・現代美術の国際的なフィールドは、高度化した文献、洗練された言説、献身的な美術館の専門家と優秀な学術研究者、さらには堅固な国際美術市場を伴って成熟してきました。日本の大胆で創造的なアーティストたちは今、私たちが生きている時代のグローバルな対話の一翼を担っていると感じており、私たちの想像力をかきたて世界的な文化を形作る新たな方法で、私たちの集合的経験の極限を押し広げています。この継続的な異文化交流活動は、一貫して国際交流基金の支援を得てきました。グッゲンハイムでの美術展で私が国際交流基金の支援を受けて企画したものには、「李禹煥:Marking Infinity」展(2011年)と「具体:素晴らしい遊び場」展(2013年)があります。

国際交流基金は決して単なる受け身の資金提供者ではありませんでした。世界の美術史および国際舞台における日本の現代美術の推進者として、この分野における唯一最も効果的な変革の主体としての役割を担ってきました。何百人ものアーティスト、批評家、研究者との先見性のあるコラボレーションは歴史を作り、私たちの文化に影響を与えてきました。私たちは共に、1945年頃から現在までの近現代美術に対する私たちの見方を崩し、拡げ、再構築する手助けをしてきました。

オノ・ヨーコの言葉にあるように、「ひとりで見る夢はただの夢。みんなで見る夢は現実になる」のです。

アレクサンドラ・モンロー

(原文 英語)

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