国際交流基金賞 特別企画~受賞者が見るコロナ下での国際交流~
ピーター・ドライスデールさんからのメッセージ

ピーター・ドライスデールさんの写真

2014年受賞

オーストラリア国立大学クロフォード公共政策大学院
東アジア経済研究局長

ピーター・ドライスデール

アジアの世紀の舵取りを再考する

世界的な金融危機や目下直面しているコロナ危機を差し置いても、今や世界経済はアジアを中心に回っていると言っていいでしょう。世界におけるアジアの所得シェアや貿易シェアは特筆すべきですし、中流階級の消費力の規模は大きく、その勢いはとどまるところを知りません。ついにアジアの時代が到来したのです。アジアの経済成長によって何百万人もの人が貧困から抜け出し、世界市場は劇的に再編成され、世界経済の中心が欧米からアジアに移りつつあります。 しかし、現在我々が直面しているコロナウイルス感染症の流行と重大な地政学的問題は、アジア世紀のビジョンを打ち砕いてしまうのでしょうか?

アジアの経済的サクセスストーリーは、帝国主義的侵略によるものではないし、共産主義といった政治的宗主国によるものでもありません。それを可能にしたのは、市場改革、成長に向けた投資、国際貿易協定への署名、そして世界経済への統合を視野に入れた地域経済協定といった、アジア諸国によるコミットメントによるものです。過去75年間をかけて、日本、韓国、台湾、ASEAN、中国、インドといった国々によるアジア経済の成長だけでなく、アジア地域の繁栄と安全保障がもたらされました。そしてアジア圏の未来もそこにかかっています。

しかし、アジアの進歩は世界の地政学的秩序を大きく揺るがすことになりました。アジア経済の成長、そしてアジア諸国の政治力および軍事力がもたらし得る可能性によって、アジアは世界政治を変える中心的舞台となったのです。アジア諸国間における権力バランスの大きな変貌は、今日の政治秩序の安定性に疑問を投げかけます。米中間の対立のように、確立された大国と新興国の間では政治的空間をめぐって対立が起こる運命なのでしょうか?そういった対立は経済的問題にとどまらず、世界的安全保障の見通しにも影響を与え、アジア太平洋地域の経済的および政治的安全保障に重大な影響を及ぼすでしょう。

米国が主導となって戦後の世界秩序が作り上げられ、経済開放と経済的および政治的安定を保証する枠組みが確立されたことにより、経済的安心感と政治的信頼感が制度的に構築されました。ところが、「アメリカファースト」を掲げたトランプ政権下においては、保護貿易主義、貿易紛争、技術的デカップリングが進み、こうした世界秩序が動揺することになりました。また気候変動対策や世界規模でのコロナ対策など、国際社会の共通利益の実現を目指した多国間協定や約束事も破棄、あるいは軽視されてきました。

確かに、現在の貿易協定は十分とは言えません。現代の商取引の重要な要素を包括的にはカバーしていませんし、政府から認可されているか否かに関わらず守られていない協定もあります。しかし、こういった協定は過去70年間、国際経済や貿易の成長を大きく後押しし、国際的な経済的相互依存に対する信頼を支え、貿易依存のリスクを大幅に軽減してきたのです。

世界貿易機関(WTO)の紛争解決制度を含め、アジアの産業変革に対する国際的な制度的基盤が攻撃にさらされ、国際貿易協定は崩壊しつつあります。これは、アジア経済や世界経済の成長率をわずか1〜2%削るような、世界経済システムの端の方でちょっとしたダメージを与える程度の問題ではありません。もっと深刻で、アジアの経済的成功が築かれた体制そのものに対する信頼感を揺るがすほど根深い亀裂なのです。放っておくと、世界的な経済成長と繁栄および世界的統合への道筋を逸脱させかねません。

アジアの経済変革はまだ完全ではありません。アジアは世界人口の45%、現在のドル換算で世界のGDPの29%を有しながら、特に南アジアでは、一人当たりの平均収入が世界のそれにまだまだ追いついていないのです。とは言え、コロナによる経済危機から脱出するには、アジアが持つ潜在的経済力が世界経済にとってビッグチャンスであることは間違いありません。人口密度が高く、資源が乏しいアジアでは、強制的または自発的なデカップリングや経済的離脱は、大きな犠牲を伴うことになるでしょう。また、世界的な貿易と製造業の規模を考慮すると、同じことが東アジアの経済パートナーにとっても当てはまります。

地政学的に亀裂が入ってしまった今、これらの課題を乗り越えるために国際協力を取り付けることは容易ではありません。世界最大の経済大国である米国は、多国間協力への意欲を失い、世界第2位の経済大国である中国と戦略的に対立しています。米中間の戦略的競争は、両国が世界の経済回復に建設的に貢献することを妨げ、世界の持続可能な未来を描くことを困難にしているのです。

まずはアジア諸国間の多国間協定が出発点となるでしょう。そういった協定を結ぶ上で、日本は重要な役割を担っています。
日本にとって今後10年間の最大の課題は、損なわれてしまった仕組みに対する安定と政治的信頼を回復するために、地政学的な交渉を仲立ちしていくことでしょう。

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