国際交流基金賞 特別企画~受賞者が見るコロナ下での国際交流~
アンドレイ・ベケシュさんからのメッセージ

アンドレイ・ベケシュさんの写真

2017年受賞

リュブリャナ大学 名誉教授

アンドレイ・ベケシュ

一年を振り返り、コロナはあなたの活動にどのような影響を及ぼしましたか、また今後の活動にもどのように影響を及ぼすと考えられますか。

家族が日本にいながら、母国のスロベニアで日本語研究・日本語教育に携わっている私ですが、2020年3月の末、集中講義のために一時帰国する予定でした。ところが、日本を出発する間際、航空会社から便がキャンセルされたという知らせが届きました。スロベニアでの集中講義は結局日本からオンラインで行うことになりました。かりにスロベニアに行けたとしても、新型コロナウイルスによる教育機関の封鎖で講義は全てオンラインで行われることになっていました。

以来、横浜の実家にいながら、社交的生活はほぼ全て、オンラインに移行しました。オンラインで研究仲間と勉強会を開いたり、オンラインで開催される羽目になった国際会議に出席したり、世界中の友人と話したりすることで、孤立はなんとか避けられています。

家で過ごす時間が長くなったためか、新型コロナウイルスの出現からの一年を振り返ってみると発表した論文の数が、例年に比べて多いということに気づきました。もちろん、読書の時間もかなり増えてきました。去年の4月真っ先に読んだのは、14世紀のペストに襲われたフィレンツェが舞台であるジョヴァンニ・ボッカッチョの『デカメロン』です。読んで勇気付けられました。そのあとも、ずっと読みたいと思っていながら、けっきょくは読む機会がなかった本を何冊も読むことができました。今現在読んでいるのは、『もののけの日本史』という小山聡子著の、日本の疫病の捉え方を生き生きと描写している一冊です。

自宅が郊外にあるので、家の近所で散歩ができ、運動量もなんとか維持できています。今の自分の生活は、まるで18世紀の、ケーニヒスベルクから一歩も離れたことがないことで有名なドイツの哲学教授のイマヌエル・カントとそっくりです。

そのような生活は最悪の状態ではないが、やはり、人と直接会ったり、話し合ったりすることに越したことはありません。ワクチン接種が日本でもすでにはじまっているので、今年の夏までには日本も欧州もある程度、正常に戻るでしょうと、エピデミック(=感染症)の状況を楽観的に見ることにしています。

コロナは国際交流に様々な課題をもたらしました。あなたの活動分野から国際交流の在り方、展望、そして世界とつながることの大切さについてメッセージをいただけますか。

今回のこの企画では「ポジティブなメッセージ」が依頼されていますが、二つ目の質問の回答はあいにく、あまりポジティブにはならない恐れがあります。
昨年4月初頭の緊急事態宣言からの最初の5〜6か月の間、新型コロナウイルスへの水際対策の一環として日本政府により導入された外国人の入国禁止の措置により、日本に住む外国籍の人は厳しい立場に置かれることになりました。
短期間で来日しようとする観光客だけでなく、中・長期の在留資格を持つ外国人も入国規制の対象となったことは、中・長期在留外国人の多くに多大な打撃を与えました。いわゆる先進国(G7、OECD諸国)では、中・長期在留の外国人に対して自国民と同じように対応しているのと異なって、日本では再入国ができない状況が9月半ばまで続きました。

私の身近なアカデミックな世界だけでも、2020年4月以前に、研究、帰省などの目的で一時出国した大学の教員、研究者、留学生で、再入国できなくなった方が数万人に及びます。

さらに、再入国できなかったその他の中・長期在留資格を持っている労働者、ビジネスマン、技能研修生などを足すと、日本の大手新聞などの報道によれば、その数は全部で20万〜30万にも及ぶようです。

アカデミックな世界の国際化、国際交流は、少子化にずっと悩まされてきた日本の労働力の国際化、すなわち、海外の労働力への依存と並行しています。今年初頭の新聞報道によれば、日本で働く外国人労働者は今まで最多の170万人を超える水準に至っています。外国人労働力の誘致のためには、地域社会での日本語教育の体制作りも含めての受け入れ基盤づくりに向けた並々ならぬ努力が必要です。アカデミックな世界と関わっている方々を含めて、外国人労働者は、地域社会の貴重な一員になっていて、日本の国民と同じように納税などの義務も果たし、住民として様々な形で貢献しています。

エピデミックが押し寄せてきた当時の慌ただしい状況の中でこのような制限措置が採用されたこともわからなくはないですが、前述の様に日本ではそのような状況が9月半ばまで続きました。

そのことにより、仕事やアルバイトを失い、日本での生活基盤を失ってしまった中・長期在留外国人もたくさんいます。このような状況について、「使い捨てられた」と報道する日本の主要メディアもありました。

この慌ただしく行われた決断によって、政府や地方自治体、大学、科学研究、産業など各分野において、日本が長年にわたって積み重ねてきた国際化のための多くの努力が大きく損なわれたのです。

一方で、新型コロナウイルスの流行が続いている今、ポジティブな発展もあります。まず、2020年9月以降、中・長期在留外国人の再入国が認められるようになり、多くの方は元の生活にほぼ戻れるようになりました。また今年1月から導入された新たな緊急措置では、中・長期在留外国人は入国制限の対象外となっています。

新型コロナウイルスの感染拡大による昨年の入国制限は、多くの方たちに精神的にも生活の面でも大きな打撃を与えました。アカデミックな世界に限って言えば、特に若い学者、研究者にとって日本の大学や研究機関は魅力ある行き先として選ばれなくなってしまうことがないか、私も、多くのアカデミックな世界の方と同様、懸念を抱いています。そうならないよう、これから日本の政府や市民社会からポジティブなメッセージが発信されることを大いに期待しています。

Andrej BEKEŠ(アンドレイ・ベケシュ)
リュブリャナ大学名誉教授
(スロベニア共和国)

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