戦後80年目の夏をハートマウンテンで過ごす
巡礼ーPilgrimage
私のホストサイト、ハートマウンテン・ワイオミング・ファンデーションでは毎年7月末に「巡礼(Pilgrimage)」と呼ばれるイベントが開催されています。これはかつてハートマウンテンに収容されていた人やその家族・子孫が年に一度、この地を訪れるもので、他の日系人強制収容所跡地でも、同様の趣旨のイベントがそれぞれ別日程で企画されています。 3日間の巡礼期間中はサバイバーによる講演会、世代間トラウマをテーマにしたパネルディスカッション、フィルムスクリーニング、太鼓パフォーマンス、ファンドレイジング・オークションなど、多様なプログラムが企画されます。
日系アメリカ人の方々にとっては、つらい歴史を学び共有し、家族や仲間と再びつながる大切な機会であり、地元の方々にとっては、ハートマウンテンという地を保存していくことの重要性を再認識する機会でもあります。今年は300名以上が参加し、日本のメディア数社にも、取材していただきました。
私はこの期間中、書道や盆踊りのワークショップを担当しました。ワークショップそのものも楽しい経験でしたが、それ以上に、普段なかなかお会いすることのできない収容体験者やその子孫の方々と直接交流できたこと、日系コミュニティの広がりを肌で感じられたこと、そしてファンデーションの存在意義を改めて実感できたことが、とても貴重な経験となりました。

巡礼には家族3世代で参加される方も少なくありません

収容体験者による講演の様子
鶴を折る
この夏、館内のアートギャラリーでは折り鶴の展示が行われ、その一角で私は週に一度、折り鶴のワークショップを行いました。個人的には広島の「原爆の子の像」のモデルとなった「禎子と千羽鶴」の物語がアメリカでも一定の認知を得ていることに驚きました。アメリカ国内外からの来館者に折り方を教えながら交わした会話は、短いやりとりであっても、どれも印象深く記憶に残っています。日系アメリカ人の強制収容所であったハートマウンテンという象徴的な地で、平和を願って鶴を一緒に折ることができることに、とても大きな意義を感じた夏でした。

真剣に折り鶴に取り組む様子…

作り終えると、皆さん達成感で笑顔になります
パウエルの地に眠る日本人
フロントデスクにいると、来館者からハートマウンテンのお墓について尋ねられることがしばしばあります。かつては敷地内に墓地がありましたが、戦後キャンプの閉鎖に伴って土地はホームステッダーのために明け渡され、遺骨はそれぞれの家族に引き渡されました。
その際、アメリカに身寄りの無かった日本人(1世)3名のお墓がハートマウンテンから約17キロ離れたパウエルの墓地に移されています。8月、スタッフと共にこの墓地を訪れ、お墓参りをしました。
日本を離れ、アメリカに移民後、ハートマウンテンで亡くなった3名それぞれの人生に想いを馳せ、同じく日本からこの地に来た者として、特別なつながりを感じた日でした。

墓石にはローマ字と漢字で名前が記されています

「つながる」場
早いもので、ワイオミング北西部に来て1年半が経ちました。ホストサイトの特性もあり、「もし、80年前に自分が生まれていたらどうだっただろうか」と考える機会がこれまでも多くありました。
日々アウトリーチ活動を続ける中で感じるのは、日本という国に対してポジティブなイメージを持っている人が圧倒的に多いということです。これは外交から草の根レベルの交流まで、先人たちのさまざまな努力があってのことだと思います。かつて戦争をした国で、日本文化を伝えること、そして同じ文化やルーツを共有しながらも、日本ではなかなか知ることの無かった日系アメリカ人の歴史を学び、交流すること。ハートマウンテンで過ごす時間のなかで、私と切り離されていたものたちが少しずつつながっていく感覚があります。とても貴重な夏を過ごすことができました。