文芸対話プロジェクト”YOMU”第3回トークセッション「マレーシアと日本 ~文学の交差点」

文芸対話プロジェクトYOMUは、京都文学レジデンシー実行委員会とのコラボレーションで、マレーシアの作家のナディア・ハーンさん、映像作家のアミール・ムハマドさん、児童文学作家のこまつあやこさん、翻訳家の藤井光さんによるトークセッション「マレーシアと日本 ~文学の交差点」を実施しました。

日時
2022年12月10日(土曜日)
会場
京都芸術センター
登壇者
ナディア・ハーン(作家)
アミール・ムハマド(映像作家・編集者)
こまつ あやこ(児童文学作家・図書館司書)
藤井光(翻訳家・東京大学准教授) *モデレーター
吉田恭子(作家、翻訳家、立命館大学教授)*MC
概要
https://note.com/kyoto_wr/n/n991b8220514c

セッション採録 ※紙幅の都合上、一部編集しています。

吉田:こんにちは。京都文学レジデンシー実行員会代表の吉田恭子です。本日は、国際交流基金(以下「JF」)の「文芸対話プロジェクトYOMU」で来日された作家に、日本の作家やさまざまな人と対話いただく事業の一環として、「マレーシアと日本 ~文学の交差点」を実施します。京都文学レジデンシー実行委員会と京都市が共催し、京都芸術センターでの実施となります。それでは本日ご登壇の4名をご紹介いたします。
ナディア・ハーンさんは、医学の博士号を取得後に作家になった方で、2011年のデビュー小説『Kelabu(グレー)』がベストセラーとなり、その後も次々と作品を出版され、現在は映画やテレビ向けの執筆を行いながら、医学博士として大学でも教えてらっしゃいます。コロナの時期にYOMUに参加して「アンサナ」という短篇を寄稿されました。JFのウェブサイトで日本語、英語、マレーシア語で読めます。短いストーリーに世界がぎゅっと詰まっている素晴らしい作品ですので、ぜひ読んでみてください。
次にマレーシアで出版社を運営し、映画プロデューサーで作家でもあるアミール・ムハマドさんです。2003年に山形国際ドキュメンタリー映画祭で特別賞を受賞され、2017年には出版社Buku Fixiを立ち上げて、マレーシア語と英語の本を出版されています。映画制作も活発に行ってこられました。
そして、本日オンラインで参加くださっているこまつあやこさんです。司書として勤務のかたわら、マレーシアからの帰国子女を主人公とする『リマ・トゥジュ・リマ・トゥジュ・トゥジュ』、これが何を意味するのかはあとで発見してほしいのですが、この作品で第58回講談社児童文学新人賞を受賞されました。11月に出産されたばかりということで、本日は湘南からオンラインでご参加くださっています。
最後に、翻訳家の藤井光さんをご紹介します。東京大学文学部の准教授で、日本のカリスマ翻訳者として活躍されておられ、アンソニー・ドーアの『すべての見えない光』で日本翻訳大賞を受賞し、東南アジアの作家やアジア系アメリカ人の作家も活発に翻訳されていらっしゃいます。最近、フィリピン出身のジーナ・アポストルさんの『反乱者』、10月に京都に滞在されたシンガポールのアルフィアン・サアットさんの『マレー素描集』などを翻訳されています。京都文学レジデンシーの実行委員でもいらっしゃいます。それでは藤井さん、よろしくお願いいたします。

トークセッション会場の写真

藤井:吉田さん、ありがとうございます。司会進行役をつとめます藤井です。ご紹介にあったとおり私は英語の翻訳家でマレーシア文学に関する知識は限られますので、本日は、マレーシア文学の内側におられるお二人と、マレーシア語を習い、見事なかたちで創作に落とし込まれているこまつさんに、いろいろとお話を伺っていきたいと思います。
アミールさんは、以前より映像作家としてご活躍ですが、2011年に出版社のBuku Fixiを一から立ち上げられました。同じ時期にナディアさんも小説を書き始められたとお聞きしています。こまつさんも、短歌の創作などはされていたと思うのですが、小説家としての作品は、2010年代から読めるようになりました。まずは皆さんに、何かを作ることを始められたときのお気持ちを伺いたいと思います。

アミール:2010年と言えば、ここにいる皆さんと同じでまだ小学生だったかな(笑)。冗談はさておき、2010年にあるイベントで「今年のマレーシア語小説ベストセラー」が発表されたのですが、10作品のうち9作が、タイトルに愛とか恋などの単語が入ったロマンスものだったんですね。マレーシア語文学はバラエティに欠けていると感じたのが、小説の商業出版を始めたきっかけです。当時はスリラー、ホラーもの、SFなどの現代的で都会的な小説があまりありませんでした。
Buku Fixi創設以来、約260冊の本を出版してきました。多くはマレーシア語ですが、英語の本もあります。もちろんナディアは、ベストセラー作家の一人です。今のところ12冊程度とわずかですが、翻訳出版もてがけてきました。日本語からの翻訳は村上春樹さんの作品です(編集注:『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』)。当時村上春樹さんは全く世に知られていなかったので、我々が発掘した作家です(大笑)。バラエティを増やすという意味では、日本語を含め、外国語からの翻訳ももっと増やしていきたいと思っています。

藤井:ありがとうございます。それではナディアさん、お願いします。

ナディア:学生の頃に小説を書きはじめたのは、ストレス発散のためでした。すでに頭のなかにストーリーの語り手がいたので、特定の対象を想定していたわけではなかったんですが、それを小説にして誰かに読んでもらえたらいいなと思いながら書いていました。Buku Fixiから出版された初めての小説『Kelabu(グレー)』は、医学生だったころに書き始めました。ご想像に難くないと思いますが、医学生にかかるストレスというのは相当なもので、ストレスが大きくなればなるほど書くことに没頭し、そして学業がおろそかになるという状況でした。このとおり『Kelabu』はとても分厚い本で、当時のストレスの量を物語っているかと思いますが(笑)、こうして『Kelabu』は誕生しました。2011年の刊行時にはベストセラーなど思いもよらず、ただ自分の名前が印刷された本が書店の書棚に並ぶ、そして私のストーリーが読者に届く、それが私のゴールでした。以降、この小説は私の手を離れて勝手に育っていった、そんな感じです。その後、去年の末に続編が出版されました。続編は最初の本より少し薄くなっています。作家になるという夢を叶え、結婚してとてもハッピーな生活を送っていましたから!俳句、短歌などを詠んでおられる方については、本当に少ない限られた語数であれだけのことが表現できることに、いつも驚いています。

登壇者2名の写真 左:アミール・ムハマド、右:ナディア・ハーン

藤井:ありがとうございます。ちょっとだけ余談ですが、去年僕が翻訳したシンガポールの作家アルフィアン・サアットもメディカルスクール出身です。メディカルスクールというのは、作家にとっては実はとてもいい学校なのではないかと、そういう気がしました。それではこまつさん、お願いします。

こまつ:はい、ご紹介いただきましたように、『リマ・トゥジュ・リマ・トゥジュ・トゥジュ』という作品で2018年にデビューさせていただきました。私もこの主人公と同じように、中学2年生のときに初めてマレーシアに行き、マレーシアのミックスカルチャーに魅せられました。マレー系や中国系、インド系の方たちが一緒に暮らしている街並みがとても面白いなと、すごくマレーシアが好きになりました。社会人になって何か趣味を持ちたいと思ったときに、そうだ、マレーシア語を習ってみようと思い立ち、週に一回ほど東京でマレーシア語の会話教室に通い始めました。ですので、マレーシア好きというのがまずありましたね。作家になりたいという思いは小学校の頃から持っていました。児童文学や十代向けの小説を書きたいとずっと思い続けていましたので、若いころからいろいろな賞に応募していました。『リマ・トゥジュ・リマ・トゥジュ・トゥジュ』の着想は30歳ぐらいのときです。自分の好きなマレーシアと短歌を組み合わせて何かお話が書けないかなと思って書いたのがこの小説です。その作品でデビューさせていただき、今日こんな素晴らしい場に呼んでいただけて、本当にありがたいなと思っています。

藤井:『リマ・トゥジュ・リマ・トゥジュ・トゥジュ』をお読みになった方もおられるかもしれませんが、読み出したら途中ではやめられず、最後まで一気に読んで、そしてじんわり感動するという、とてもよい本だと僕自身も思います。すごくリズムがよいのですが、そのリズムを生み出しているひとつの大きな要因が、やはり折々に出てくる短歌だと思うんですね。マレーシアを訪れた時、さまざまな文化が混ざっていることに面白みを感じたとおっしゃっていましたが、こまつさんの短歌も、日本語の中にマレーシア語の単語がとても印象的に入っていて、それ自体が日本語におけるミックスカルチャーの実践のようなものになっているわけです。せっかくの機会ですので、その短歌をまずこまつさんに詠んでいただいて、そのあとに、マレーシア語の翻訳をアミールさんとナディアさんに読んでいただくという、朗読リレーをしてみたいと思います。こまつさん、最初の一首から読み上げていただけますか。

こまつ:「無理やりに連れられてきた吟行は/早く帰ろうジュンパラギ! 」1)

アミール:”Perjalanan mencari ilham untuk membaca sajak yang dipaksa ikut / nak balik cepat, jumpa lagi!”

こまつ:「ジャランジャラン 願いを込めてもう一度いっしょに歩いてみたい道です」2)

ナディア:Jalan Jalan, dengan harapan, sekali lagi, ingin berjalan bersama jalan ini“

こまつ:「すらすらと解いてみせたい問一の漢字問題いきなりスサスサ 」3)

アミール:”Ingin menjawab dengan mudah, soalan pertama, soalan kanji (huruf cina), dari mula sudah susah-susah

こまつ:「寝る前に頭につめた公式も夢の出口に着くころにルパ」4)

ナディア:”Formula (matematik) yang dimuatkan dalam otak sebelum tidur, ketika sampai ambang mimpi, sudah lupa

こまつ:「年号を覚えなくてはダメですか キラキラ百年前の出来事」5)

アミール:Adakah benar-benar perlu ingat angka tahun peristiwa (dalam sejarah)? Kira-kira berlaku 100 tahun yang lalu”

こまつ: 「メラメラの炎の色を巻きつける胸なんかもう燃えちゃえばいい」6)

ナディア:”Dibalut dengan warna api yang merah-merah, dada itu, lebih baik terbakar sahaja”

こまつ:「同じ家暮らしているがクルアルガ秘密があるか追ってみようか 」7)

アミール:“Walaupun tinggal di rumah yang sama, keluarga, berahsia atau tidak, adakah saya akan mengekorinya?”

こまつ:「クルアルガだからしゃーない 戸惑いをくるんで歩くガツガツガツと」8)

ナディア:“Kerana keluarga, apa boleh buat, menutupi kerisauan, berjalan dengan kasa”

こまつ:「トナカイがサンタにあげたプレゼント お返しなんてタッパヤ・スサスサ」9)

アミール:“Rusa kutub memberi hadiah kepada Santa Claus, hadiah balasannya tak payah susah-susah

こまつ:「何語でもわたしはサヤと呼ばれたい アンタはサヤの友達だから」10)

ナディア:“Saya mahu dipanggil “saya” dalam bahasa apa pun, kerana awak kawan saya

1)~10)こまつあやこ. リマ・トゥジュ・リマ・トゥジュ・トゥジュ. 講談社、2018、194p.

藤井:どうもありがとうございました。実際のマレーシア語の発音に触れることのできる滅多にない機会でしたが、抑揚やリズムに独特のドライブ感があるなと感じました。こまつさん、ご自分の短歌や書いた文章がマレーシア語で朗読されるというご経験は、これまでにありましたか。

こまつ:今回が初めてですね。自分の短歌をマレーシア語に訳していただける日が来るなんて思っていなかったので、それをマレーシア語の発音とイントネーションで聴かせていただいて、とても感動しています。

藤井:マレーシアのお二人への質問ですが、日本の短歌がマレーシア語に翻訳されて詠まれるようなことはありますか?

アミール、ナディア:あまり聞いたことがないですね。

藤井:マレーシア語の詩にも形式があると思うのですが、それに慣れている方が、日本の短歌をマレーシア語で詠みあげるというのは、どんな感覚がするものなのでしょうか。

アミール:短歌は一瞬のことをとらえていると思います。とても速くてコンサイス。ぎゅっと濃縮されています。私にとって短歌というのは、放っておけば知らないうちに過ぎ去ってしまうもの、そんな感じがしますので、一旦立ち止まって自分の中でしっかりと考えなきゃいけないなという印象を持っています。

ナディア:私は、アミールさんとは逆のことを感じました。短歌を詠んで、とても短いですが、夢のような要素があると感じました。特に最後に詠んだ短歌には感動しました。言葉でうまく説明できないのですが、心の奥底で私を動かすものがありました。マレーシア語の詩も同様ですが、私はどちらかというと短くて要素の詰まった詩が好きです。そういったものが私の心を掴むのです。

藤井:こまつさんの作品の短歌にでてくるマレーシア語は、パズルのピースをぱっとはめるように単語が組み込まれているのが、ひとつの大きな魅力なんですね。小説の中では、とっさに主人公から出てくる場面も多かったと思うのですが、実際にこまつさんが短歌をお作りになるときは、どうなのでしょうか。やはりとっさにでてくるものなのか、じっくりと書き直したり、余分なものを削ったり入れ替えたりなどのプロセスを経て、詠んでいただいたようなかたちに落ち着いたのでしょうか。

リモート参加中の登壇者こまつ あやこ氏の写真

こまつ:ぱっと浮かぶものもあれば、何回も当てはめ直すものもあります。マレーシア語の単語には、響きがとてもたのしいものが多いという印象がありますね。例えば、破裂音と言うんでしょうか、パピプペポが含まれる単語が多いように思います。あまり日本語にはないので、短歌に入れると面白いと感じました。ジャランジャランもそうですし、キラキラは大体とか約という意味なんですが、そういうたのしい単語に出会うと、短歌に使えないかなと自分のなかに貯めておき、創作に生かしてきました。

藤井:お二人の朗読を聞いていても、破裂音などの音の魅力が伝わってきたかと思います。アミールさんにとって日本語の響きはどのように聞こえるのでしょうか。

アミール:マレーシアではみな小さい頃から日本のポップカルチャーに親しんでいるんです。これはマレーシアだけでなく、東南アジア全般に言える傾向です。ですので、聞いたら日本語だとわかるわけですが、周りで日常的に日本語を話している人がいるかというと、実際にはあまりいない。おそらく皆さんも、日本で韓国語を聞いたら韓国語だとわかるけれども、実際に韓国語を話している人に囲まれているかというと、そうでもないと思います。私自身は、日本語はすごく特徴的な言語だと思います。

ナディア:日本語はすごく柔らかいという印象を受けます。この柔らかさと音によって表現されるもの、この組み合わせがとても興味深いと思って聞いています。

藤井:この流れでこまつさんにもお伺いしたいのですが、マレーシア語の響きを日本語に組み入れてみることで、逆に日本語の特徴に気がつくことがあるのでしょうか。短歌のなかでマレーシア語と隣り合う日本語について、そういえばこんな特徴があるなあと気がつかれたことがあれば教えてください。

こまつ:質問の答えになっているかわからないのですが、日本語とマレーシア語に共通すると思ったのは、一人称や二人称にいろいろな呼び方があることです。「サヤ/saya」は「私」の意味で、主人公の名前にもなっていますが、自分の呼び方には「サヤ」の他にも「アク/aku」などがあります。同じように二人称にも「アンダ/anda」という丁寧な呼び方がある一方、「アワッ/awak」のような親しみをこめた呼び方があり、一人称や二人称のバリエーションがあるのが、日本語と似ていて面白いなと思いました。

藤井:言葉という視点からもう一点こまつさんに伺いたいのですが、『リマ・トゥジュ・リマ・トゥジュ・トゥジュ』では短歌を作り始める主人公、『ハジメテヒラク』では実況で言葉を使う主人公がでてきます。そして『ポーチとノート』では、主人公がエスペラント語を学び始めます。言葉を何らかのかたちで使う、あるいは新しい言葉を学ぶということを、こまつさんはずっといろいろなかたちでお書きになってこられたと思うんですね。主人公にとって新しい世界が開けるような、今までの自分の殻を破ることでもたらされる開放感が、説得力をもって語られています。こまつさんご自身がマレーシア語を学び始めたときにも、同じような感覚があったのでしょうか。

こまつ:言葉をテーマにしてきたのは、私自身、十代の頃からいろいろな言葉に支えられてきた実感があるからなんです。小説の中のワンフレーズだったり、歌の歌詞であったり。言葉による開放感を十代の頃から私自身が感じていたので、それが自然と小説のテーマになったのだろうと思います。意識していたかは分からないのですが、マレーシア語を学ぶことで好きな世界に放たれていくという開放感、扉が開くという感覚はあったと思います。

藤井:ありがとうございました。後半は、ナディアさんの作品や、マレーシアの出版状況について伺いたいと思います。日本語で読めるナディアさんの作品には、「アンサナ」という短篇がJFのウェブサイトに掲載されています。短い一瞬の出来事のなかに、実にさまざまな人の感情、生活、社会の出来事、そういった要素がぎゅっと凝縮されている、そういう短編です。近々アジアの作家による『絶縁』というアンソロジーが小学館から出版されるのですが(編集注:2022年12月16日発売)、英語で言うとdisconnectionとかseparationなど、そういったテーマの本ですね。僕も翻訳者の一人として参加しましたが、「アンサナ」は、『絶縁』に収録されていても全くおかしくない作品だと思いました。この短編はどこから着想を得たのでしょうか。特定の場面や出来事、執筆の最初に思い浮かべられたことなどをお聞かせください。

ナディア:マレーシアでヒジャブ・ビジネスを観察してきたことがきっかけです。ヒジャブは現在非常に大きな産業となっています。こういう言葉を使うのはあまり好きではないんですが、資本主義に搾取されていると言いますか、資本主義的な産業に陥ってしまい、すっかりお金儲けの手段になっています。私自身はヒジャブをつけていませんが、それでも、これ以上看過できない状況だと感じたのです。周りでヒジャブをつけている友人のなかには、ヒジャブにものすごくお金を使っている人たちがいます。本来ヒジャブというのは、女性の謙虚さやつつましやかさを表現するものであるはずなのに、現在のヒジャブの状況は全く逆です。特定のブランドやデザイナーのヒジャブをつけることで自分を見せびらかすような風潮になっている。なかには自分の財力以上の金額をヒジャブに使ってしまう人たちもいます。ヒジャブをつけない私が、着用する人に対して本来のヒジャブの意味を語るというのは本当に皮肉な状況だなと思いますが、このような問題意識が「アンサナ」のモチーフになりました。

藤井:こまつさんは「アンサナ」はお読みになりましたか。

こまつ:はい、とても面白かったです。ヒジャブをかぶる女性は日本ではあまり馴染みがないですが、列を作ってバーゲンセールに並んだり、言い掛かりをつけて値切ったり、裕福じゃなくても家族のために高いものを買おうとする人など、日本にもこういう人いるよね、とよく分かります。共感できる具体的な描写があり、日本人が読んでもとても身近に感じる作品だと思いました。

藤井:僕もこまつさんと同じ感想をいだきました。特に好きなのは、ハスナンと言う男性がヒジャブ店に入っていろいろな出来事があるわけですが、ちょっと長いため息をついて人に情けをかけるというシーンです。その気持ちはなんだかすごくよく分かりました。マレーシア人でなくても、分かる分かる、と思われる読者が多いだろうなと思います。ナディアさんのほかの作品も読めたらいいなと思うわけですが、先日ご本人から『Gantung (吊るされる)』をいただいたものの読めないので、残念ながら中身をぱらぱらめくるだけで、まだストーリーが分かっていません。この作品は近く映画化されるということで、映画の挿入歌のビデオクリップをこの場で流したいと思いますが、それだけでは小説の全貌は見えないと思いますので、のちほど内容をご紹介いただけたらと思います。(※ビデオ再生)

ナディア:映画は2023年の2月に撮影を開始予定です。『Gantung』はすでにテレビシリーズ化されており、マレーシアとインドネシアで放映されました。非常に好評で、ぜひ映画化してほしいという要望がありましたので、クラウドファンディングで資金を募り、『Gantung』のスピンオフ本やTシャツ、また、俳優さんたちと会えるチケットなどを売って少しずつ資金を調達しました。最終的に資本提供の申し出があり映画化が実現することになったのです。本来でしたら2020年に撮影を開始する予定だったのですが、コロナのために遅延し、再開については予測がつかない状況でした。2021年はロックダウンのためインドネシアから俳優さんに飛んで来てもらうこともできず、ようやく2023年の2月に制作を始められる目処が立ちました。挿入歌もやっと日の目を見ることになりますね。

藤井:僕の知識としてあるのは、学校が舞台のホラー作品ということだけなので、もう少し内容を教えてもらえますか。

ナディア:はい。設定は高校です。マレーシアでは、何か問題を起こす若者というのは、大抵は社会的、経済的に恵まれない家庭の子どもと言われているんですが、私は全然そんなことはないと思っています。どんな環境の若者にもありえることで、フェアではないと。むしろお金持ちの家の子どものほうが、力とお金とその影響力を使って悪事をはたらく場合もあると私は思うんです。今回の設定は、私立の寄宿学校に通う4人の男の子の間で起こったことです。この4人の男子がどのように自分たちのやり方を通し、自分たちの楽しみのために何をやったかということを描いています。4人の間にはひとつルールがありました。それはオールフォーワンではなくて、ワンフォーオールです。どういうことかというと、例えば誰かが女の子と付き合ったとします。そしてその女の子と寝たら、その女の子はほかの3人とも寝なくてはいけない。ひどいですよね。こんなことをやっているうちに、まあ、いろいろな悲劇が起こっていきます。それがどういう悲劇であって女の子に何が起きたのか、そして最終的にはその悲劇によって、男の子たちがどういう結果と向き合わなくてはいけなくなったのかということを描いています。

藤井:ちょっとぞっとするような感じが伝わってきます。先日アミールさんから、1990年代のマレーシアでは女性の書き手による恋愛ものが圧倒的に多かったというお話を伺いましたけど、ナディアさんが今のようなストーリーを実際に書いて出版するのは、結構チャレンジングなことだったのでしょうか。乗り越えて行かねばならないバリアがあったのだろうかといったことも連想するのですが、そのあたりはいかがですか。そういった難しさはお感じになっていましたか。

ナディア:いえ、特に障害も無ければ問題もありませんでした。そもそもこの本は現代的な本を出版するBuku Fixiから出していただいたので、そういった意味では何もなかったのですが、問題は出版後でした。この本はお化けが出てくるといったホラーではなくて、人間にはこんなことができるのかという意味でのホラーストーリーです。この本の主な読者は若い人たちですが、とは言え、広い世代の人が読んでくださいました。若い人たちは、何が良くて何が悪いことなのかをすでにきちんと自分で判断ができる、そういう年代です。問題は、より高い年齢層の読者から非常にネガティブなフィードバックが返ってきたことでした。そもそもこんな内容を本にして出版すべきではない、若い人たちに悪いことを教えるような本ではないかと。

実は申し訳ないことがあったんです。俳優さんに付けてもらうタグを作るために、私の友人が文房具店に行って印刷を頼んだんですね。すると、たまたまそこに居あわせた女性が何のタグを作ろうとしているのかに気づき、そこから友人に対して攻撃を始めたわけです。私ではなく友人が攻撃を受けてしまったのです。でも、こういう反応は全体から見たら少数派です。多くの人は、表面的な描写ではなく、その裏側に描かれているモラルについての問いに気づいてくれていると思うんです。書かれてあるそのままを受け止めるのではなくて、どういう意図をもって書かれているかということを、おそらくほとんどの人はわかってくれていると思います。

藤井:Buku Fixiの後押しがあったからというお話がありましたので、後押ししていたご本人にもお伺いしたいと思います。ナディアさんの作品については、すでに『Kelabu』がベストセラーだったということですが、『Gantung』を出すにあたっては、読者からの反応をある程度予想していましたか。

アミール:いや、予測はしていませんでした。ただ、私自身がこれを読んだ時に、「こんなひどい話があるんだ!こんなやつを誰が好きになるんだ」と、そんな話をしていたので、主人公たちが女の子に人気があるのを知って驚愕したことを覚えています。実は今年になって初めて、政府から本の出版制限がかかりました。でも対象となったのは『Gantung』ではなく、2011年に出版された本だったんです。まあ、これで分かったのは、当局の人が本を読むスピードはとてもゆっくりだということです(笑)。刑務所に3年間ほど入っていた友人によると、刑務所で人気があるのはドラッグ、タバコ、そして大変ありがたいことに、Buku Fixiの本だと。これらをうまく使えば刑務所のなかでうまくやっていけると言われまして、もちろんすぐに刑務所に本を寄付しましたよ(笑)。

登壇者の写真 左:藤井光氏と、右:アミール・ムハマド氏

藤井:新鮮なエピソード、ありがとうございます(笑)。こまつさんは、実際に本を出版されるまでに、作品そのもののクオリティとは関係なく、何かバリアにぶつかった経験をお持ちですか。

こまつ:新人賞をいただいてから出版までの期間に、表現を変えたり、書き直ししたりしたんですが、作品の中に、主人公と先輩が帰り道にマクドナルドに寄るという描写があったんです。もともと応募したときはそういう設定だったのですが、いや、中学生がマクドナルドに寄り道をして帰るのはちょっとよくないんじゃないかという話がありまして。最終的には、マクドナルドから、公園で水筒の麦茶を飲む、という設定に変更しました。とても小さなことで、バリアというほどでもないですけれども、そういう書き直しはしました。

藤井:なかなか表には出てこないエピソードですね。マクドナルドをそのまま残していたら発禁処分になったかというと、そうではないだろうと思いますが(笑)。

ナディアさんは医学のバックグラウンドをお持ちですが、その経験は、先ほどのお話に出たストレス以外で、小説を書く際にどのように活かされているのでしょうか。医学と文学が意外に近いんだなと思える瞬間があったりするのでしょうか。

ナディア:私はフィクションが好きなんです。医師としての専門は心理学ですので、キャラクター設定などで、より本物らしく心理状況を描写するという意味で心理学は役に立ちます。ただ、私は医学に直接関連するストーリーは書きません。医学的な知識があるから、それをわざわざ使って医療関係の話にすることはないです。ストーリー上必要ならば、持っている知識を使って書くことはありますが。ここ数年来、医師が出す出版物がちょっとしたブームになっています。メディカル関連のストーリー、もしくはハウツーものです。大抵こういった本を出すのはセレブっぽい医師の方で、自分の名前の前に必ずドクターというタイトルを入れます。ドクターが入ることによって読者は、信憑性のある話が読めそうだ、買ってみようと思われるのだろうと思うのですが、これは私がやっている分野とは違うジャンルのものです。

藤井:アミールさんも映像作家と出版者というふたつの顔をお持ちです。映画と出版には何か共通点があるものなのか、それともまったく別ものとして捉えておられるのでしょうか。

アミール:ストーリーを作って、それを一般の人に公開するという点で、基本的に両者は似ていると思っています。どちらもふたつの要素から成り立っている仕事で、ひとつはクリエイション。もうひとつは、作ったものを市場に出してマーケティングとプロモーションをすること。違うとすれば、そこに関わってくる人の数だと思います。映像制作の方が断然多数の人を必要とするので、それだけ私にかかってくるストレスも大きくなります。たいていストレスは人がもたらすものですから。その点、本を出すという仕事はあまり人が要りませんので、ストレスも少なくなります。映画制作のストレスから出版界へ移ったんですけれど、しばらくするとやっぱり映画もまた作りたいと思うようになります。そして映画に戻るのですが、一度懲りているので、できるだけ関わる人数は少なくしようと。だから、私が作った映画はクルーの数が20人ぐらいの作品もあります。それでもまだ私にとってはストレスなのですがね。ただ、検閲は、出版よりも映画界の方が断然厳しいです。

藤井:検閲をめぐってもいろいろとエピソードをお伺いできそうなんですが、気づけば結構な時間になっておりますので、最後にフロアからの質問を受けつけたいと思います。

質問者1:ナディアさんの作家デビューについて教えてください。日本の場合だと、何かの文学賞で新人賞なりをとってプロの作家として活躍するというのが一般的なんですが、マレーシアの場合も同じなのか、あるいは違うルート、例えば自分で売り込みをされたのでしょうか。

ナディア:ご質問ありがとうございます。私の場合、日本とだいたい同じような道筋で作家になりました。医学部卒業後の約一年間、プロの作家になるべく、さまざまなワークショップや賞に応募しました。そのうちのひとつ、マレーシア・ナショナル・フィルムの主催する長編映画と短篇映画の脚本コンペに応募し、3位と1位を獲得しました。その時の審査員の一人が当時Buku Fixiを立ち上げたばかりのアミールさんで、その後ブログを通じてコンタクトしてくださり、Buku Fixiで私の小説を出版していただけることになりました。こうして一作目の『Kelabu』が出版に至りました。

質問者2:興味深いお話をありがとうございました。藤井先生からマレーシア語の持つ独特のドライブ感というお話がありました。マレーシア語には、今回翻訳された短歌の中でも、ジャランジャランとかキラキラとか、あるいは「人々」でオランオラン、サマサマなど、短い音節を繰り返すような言葉が多くある印象があります。それはマレーシア語を母語とする方が日常的に話をする時にどのような感覚をもたらすものなのでしょうか。また、短歌のなかに混ぜた場合など、どのような効果を生み出すと感じられているのかをお聞きしたいと思います。

アミール:はい、まずは私たちも「しゃぶしゃぶ」をたくさん食べるので(笑)。この繰り返し言葉は、これはもう言語としてのマレーシア語の特徴として、みんながそういうものだと受け入れているものだと思います。ただ、ちょっと誤解があるといけないので申し上げておきますと、同じ言葉を2回使ったからといって、それが必ずしも常に同じ意味になるとは限りません。例えばジャランジャランだったら、じゃらんは「歩く」で、ジャランジャランは「歩き回る」でよく似てるんです。一方で、ランギッという言葉は、一回であれば「空」を表すんですが、ランギランギと重ねますと、これは口のなかの天井、つまり口蓋を意味します。ここらへんが若干複雑なところでもあります。でも、これはひとつの言語の特徴として受け入れているものだと思います。書き方についていえば、例えば昔に書かれたものを見ますと、「ジャランジャラン」の代わりに「ジャラン2」と書かれている場合があります。これは「ジャラン」を繰り返すと言う意味ですが、最近はそういう書き方はせず普通に「ジャランジャラン」と書くので、書き言葉が長くなっているということです。

ナディア:ご質問と全く関係ないことなんですが、最近ガチャポンという言葉を覚えて、これはガチャポンの機械が出す音に由来するネーミングだということを学びました。実はマレーシア語にも同じようなものがありまして、「メシン・グゥドゥガン」という言葉があります。メシンは機械のことで、全体で自販機という言葉のスラングなんですが、まさに飲み物を買った時に、缶のドリンクが下に落ちてくる「グゥドゥガン!」という音をまねてこの言葉になっているんですね。こんな共通点もあるのかととても面白く感じています。

質問者3:マレーシアにはたくさん言語があると思いますけれども、例えば中国語とかタミール語を意識的にマレーシア語の小説に入れた作品があるのかどうか、アミールさんへの質問です。もうひとつはナディアさん、今回の「アンサナ」は、英語のみならず中国語、タミール語にも訳されたと思いますけれども、中国語版やタミール語版を読んだ方から反応があったのかどうかが知りたいです。

アミール::マレーシアには英語、中国語、タミール語などいろいろな言語が混在していますので、マレーシア人は適宜異なる言語を使って言いたいことを表現します。言語をスイッチするのはよくあることです。マレーシア語で書かれた本でも、特に会話の部分で英語のフレーズが出てくることはよくあります。中国語やタミール語についても同様です。特にその言語でないと表現できない概念を表すのに使います。例えばkiasuという中国福建省の言葉があるんですけれども、これは「失うことが怖い」といった意味になります。(編集注:失うことを恐れて、利己的、避難を避けるような行動をとると言った意味)この表現によって、どういう人となりかを知ることができます。大体シンガポール人の気質だとみんな理解していますが(笑)。また、タミール語に関して言えば、どちらかというとあまりよくない言葉を発するとき、例えば体のある部分を示すような言葉や罵り言葉に使われることがあります。

ナディア:この質問で興味深い反応を思い出しました。中国人の友人は「アンサナ」を読んで、「やっぱり資本主義は悪よね。でも、ヒジャブってすごくきれいよね」と、なんとも矛盾したコメントをくれました。インド系の方の反応は、「ありがとうございました」というものでした。物語のなかで悪いことをしたのがインド系の人という設定でなくてよかった、ありがとう、と意味だったんです。どこまで本当か私には分かりませんが、インド系は悪人として描かれることが多い、というのが理由のようです。

藤井:反復する言葉というのは日本語でも結構ありますよね。こまつさんの小説を見返していたら、ケラケラと笑う、パラパラとめくるなどカタカナになっている言葉もあり、マレーシア語との近さのようなものを感じました。ふたつの文化、言葉には、意外と近いところがたくさんあるのかもしれません。アミールさん、ナディアさん、こまつさん、本日はありがとうございました。

  
登壇者の集合写真 左:アミール・ムハマド氏、中:藤井光氏、右:ナディア・ハーン氏と、リモート:こまつ あやこ氏
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