インド(2023年10月現在)

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1.日本研究の概況

(1)沿革

日インド両国は第二次世界大戦後、1952年に国交を樹立した。この1950年代にすでに、首都ニューデリーに所在するデリー大学に、日本を研究対象としている研究者が生まれていたことは、あまり知られていない。国際交流基金ニューデリー日本文化センターが2016年に現地の日本研究者協力のもと作成した小冊子『Directory of Japanese Studies Researchers in India From 1959-2015(M.Phil and Ph.D)』によると、インドにおいてはじめて日本関連の博士論文を執筆したのはデリー大学のP. A Narasimha Murthy氏であり、1959年に『Crop Insurance System in Japan and its Lessons for India』というタイトルで発表されている。当時、デリー大学には東アジア地域を研究する専門的な学部はなく、現在の同大東アジア研究学科の前身となる中国研究センター(The Centre of Chinese Studies)ができたのは1964年である。デリー大学の中国研究センターは、1969年に中国・日本研究学科(The Department of Chinese and Japanese Studies)に、そして2001年に現在の東アジア研究学科(The Department of East Asian Studies)へと改組・発展していった。

次に、デリー大学に続いて、現在の日本研究の中心機関として発展してきたのはジャワハルラル・ネルー大学(JNU)である。同大学はインドの初代首相ジャワハルラル・ネルーの死後、1969年に設立されたが、1922年に設立されたデリー大学より少し遅れて日本研究が導入されている。具体的には、1973年、言語・文学・文化学部(School of Language, Literature and Culture Studies)のアフリカ・アジア言語センター(The Centre of Afro-Asian Languages, CAAL)において1年間の日本語コースが導入され、その翌年の1974年に、5年間の日本研究プログラム(学士・修士)が開設された。その後、アフリカ・アジア言語センターは何度か改編され、2013年に日本研究センター(Centre for Japanese Studies, CJS)が設立され、現在に至る。

JNUでは、国際関係学部(School of International Studies, JNU-SIS)においても日本研究が行われている。同学部の歴史は大学としてのJNUの歴史より古く、1955年にデリー大学付属のみなし大学(Deemed to be university*1として発足したThe Indian School of International Studies(ISIS)JNU-SISの前身である。1964年以降にデリー大学の東アジア研究が発展するまでは、ISISが東アジア研究者の受け皿となった。デリー大学における日本研究の発展に大きく貢献し、2010年に国際交流基金賞を受賞したSavitri Vishwanathan氏(1934-2021)もISISに1963年に入学している。その後ISISは、1970年に設立されて間もないJNUに吸収され、国際関係学部となった。

このように、インドにおける日本研究は1950年代以降に発展した歴史を持つが、日本語が初めて教えられた時代まで遡ると実はさらに古く、1900年代初頭のイギリス領インド西ベンガル州のシャンティニケタンが最初だと言われている。シャンティニケタンには、カルカッタ(現コルカタ)出身の詩人で日本との交流もあったラビンドラナート・タゴールによって設立されたビシュババラティ大学があるが、1921年に大学として正式に設立される以前から、タゴールと親交のあった日本人がシャンティニケタンを訪れ、日本語を教えたという記録が残っている。イギリス領インド時代の首都はカルカッタであったため、当時の日印の人物交流もカルカッタを中心に西ベンガルで展開されていたのである。当時の人的交流の詳細については、白井桂氏の論文*2に詳しく記録されている。1900年代初頭から第二次世界大戦までの約半世紀に、多くの日本人が西ベンガル(カルカッタやシャンティニケタン)を訪れており、同時に多くのインド人が日本(東京や神戸)を訪れている。正確な数字は不明であるものの、その中にはタゴールや岡倉天心、チャンドラ・ボースなど歴史上の重要人物も含まれており、日印の人物交流の隆盛期であったと言える。その後、ビシュババラティ大学での日本語コースは中断をはさみつつも継続され、1954年に日本学科(Department of Japanese Studies)が設立された。インドの大学で日本語コースが正式に提供されたのは、これが初めてであった。その後ビシュババラティ大学が、日本研究機関としての組織的な発展をみたのは、1999年の学士過程設置、2006年の修士課程設置、そして2011年の博士課程設置と、2000年代に入ってからであった。

(注)
*1 「みなし大学(Deemed to be university)」とは、1956年インド大学認定委員会法に基づき、総合大学とは別に設置されるが、特定の研究領域において非常に高い成果を発揮し、同様の研究ステイタスと特権を有するものと規定される高等教育機関のこと。
*2 白井桂「インドにおける日本語教育史の断面-インドで日本語教育に携わった三人の日本人とその著作を中心に-」日本言語文化研究会論集2014年第10号(http://www3.grips.ac.jp/~jlc/jlc/ronshu/2014/2shirai.pdf

(2)略史

1954年
ビシュババラティ大学日本学科開設
1955年
デリー大学傘下The Indian School of International Studies開設
1959年
インドにおいてはじめて日本関連の博士論文が発表される
1969年
デリー大学中国・日本研究学科開設
1970年
ジャワハルラル・ネルー大学国際関係学部(JNU-SIS)開設
1974年
ジャワハルラル・ネルー大学日本語専攻学士・修士課程開設
2001年
デリー大学東アジア研究学科開設
2011年
ビシュババラティ大学博士課程開設
2013年
ジャワハルラル・ネルー大学日本研究センター(JNU-CJS)開設

(3)特徴

インドにおける日本研究の特徴としては、文学研究の層が厚いことが挙げられるだろう。JNU-CJS、ビシュババラティ大学などで盛んに日本文学が研究されている。JNU-CJSでは、言語学や日本文化の研究も行われている。

もちろん、文学研究だけではない。デリー大学東アジア研究学科では社会科学、人文科学の広い分野で日本の研究が行われており、JNU-SISでは、国際関係学としての日本研究を推進している。政治、外交の研究者が多く相対的に日印の経済関係を専門に研究しているインド人日本研究者はあまり多くない。

しかし近年の研究分野の状況を見ると、多少の偏りはあるものの(文学が多い)、広くさまざまな分野を網羅しており、高いレベルの研究成果も多い。

また、研究機関が全て国立大学である点も特徴と言えるだろう。各地のシンクタンクや私立大学に所属している日本研究者もいるものの、組織的に日本研究が行われている、もしくは日本研究者を養成している、という段階には至っていない。数は少ないが、ハイデラバードの英語外国語大学(The English and Foreign Languages University)や、ニューデリーに所在するインド防衛省傘下のシンクタンク、Manohar Parrikar Institute for Defence Studies and Analysesでは、複数の日本研究者が在籍しており、日本研究機関としての今後の発展に期待できる。

2.最新動向

(1)ハリヤナ州ソニパットにあるインド有数の私立大学O.P. Jindal大学(2009年設立)で選択の日本政治・外交コースが2022年より開始。マハラシュトラ州のプネー大学では2023年から日本語・日本学の修士課程が始まった。また、日本式経営に対する高い関心を反映し、インド経営大学に協働研究の拠点を設置する動きがみられ、2020年にナグプール校(マハラシュトラ州)、2023年にコジコード校(ケーララ州)に印日研究センターが設置された。 さらには、2023年に南アジア日本研究協会(Japanese Studies Association in South Asia)が発足し、インドと周辺国の日本研究者のネットワークを強化し次世代を育成するための取り組みが始まっており、これにより長期的には首都圏国立大学に集中していたインドの日本研究が地方都市にも広がっていくことを期待したい。

(2)ここ数年の日印関係を反映し、最近は「自由で開かれたインド太平洋」に関するシンポジウムなどが多く開催されており、研究者の注目を浴びている。近年の国際関係の急速な変化を追いかけるように議論されはじめた新しいテーマであるが、今後しばらく研究トレンドとして国際的な会議や共同研究が展開されていくものと思われる。また、日印両政府が現在進行形で協力関係を築いている北東インドにおける日印協力に関しても、研究会が開催されるようになっており、今後注目される分野と言えるだろう。

3.機関情報(高等教育機関、研究機関など)

ジャワハルラル・ネルー大学日本研究学科(JNU-CJS)
機関名 (原語)Jawaharlal Nehru University Centre for Japanese Studies (JNU-CJS)
(日本語)ジャワハルラル・ネルー大学日本研究学科
機関概要 現在のところインドにおいて日本研究を総合的に行なっている機関は極めて少数であり、本学科はその代表格である。
ウェブサイト https://www.jnu.ac.in/sllcs/cjs
連絡先 住所:Centre for Japanese Studies, School of Language, Literature and Culture Studies, Jawaharlal Nehru University, New Delhi 110067
電話:91-11-2670-4215
Eメール:chair_cjs@mail.jnu.ac.in
(メールを送る際は、全角@マークを半角に変更してください。)
研究・活動内容 文学、言語学など(B.A., M.A., PhD)学会、セミナー、定期的学術講演、文化祭等開催
ジャワハルラル・ネルー大学国際関係学部東アジア研究センター (JNU-SIS)
機関名 (原語)Jawaharlal Nehru University
Centre for East Asian Studies, School of International Studies (JNU-SIS)
(日本語)ジャワハルラル・ネルー大学
国際関係学部東アジア研究センター
機関概要 国際関係学科内にある東アジア研究センターに、日本研究者が在籍している。社会科学分野ではインド有数の名門機関である。
ウェブサイト https://www.jnu.ac.in/sis/ceas
連絡先 住所:Room no 143, School of International Studies, Jawaharlal Nehru University, New Mehrauli Road, New Delhi 110067
電話:91-11-2670-4346
Eメール:chair_ceas@mail.jnu.ac.in, Chairmanceas@gmail.com
(メールを送る際は、全角@マークを半角に変更してください。)
研究・活動内容 国際関係学、政治経済学、外交史、安全保障論等。学会、セミナー等開催。
デリー大学東アジア研究科
機関名 (原語)University of Delhi Department of East Asian Studies
(日本語)デリー大学東アジア研究科
機関概要 本機関は、デリー市内中に複数のキャンパスを持つ総合大学であり、インドの最高学府の一つである。
東アジア研究科は、大学院課程を提供しているが、傘下には多数の大学(カレッジと呼ばれている)がある。社会科学学部ではあるが、文学などの人文系の研究も盛んであり、政治、経済、国際関係、日本語教育、日本文学など幅広い研究がなされている。
ウェブサイト http://www.du.ac.in/index.php?page=department-of-east-asian-studies
連絡先 住所:East Asian Studies, Faculty of Social Science building, Third floor, University of Delhi, Delhi 110007
電話:91-11-27666675
Eメール:head@eas.du.ac.in, office_deas@yahoo.co.in
(メールを送る際は、全角@マークを半角に変更してください。)
研究・活動内容 文学、言語学、社会学、経済や政治学、歴史学等。授業以外に学会、セミナー等を開催している。
ビシュババラティ大学日本学科
機関名 (原語)Visva-Bharati University Department of Japanese
(日本語)ビシュババラティ大学日本学科
機関概要 本機関は、アジア人で初めてノーベル賞(文学)を受賞したラビンドラナート・タゴールによって設立された国立大学であり、今までに数々の著名人を輩出してきたインドを代表する高等教育機関である。文学研究、言語学や日印関係史など多岐にわたるテーマの研究が盛んに行われている。
ウェブサイト http://www.visvabharati.ac.in
連絡先 住所:PO: Santiniketan, West Bengal, India 731235
電話:91-9434375790
Eメール:gita.keeni@visva-bharati.ac.in
(メールを送る際は、全角@マークを半角に変更してください。)
研究・活動内容 文学、言語学、日印交流史等。学会、セミナー等開催。

4.機関情報(学会など)

南アジア日本研究協会(Japanese Studies Associaion in South Asia)2023年設立(https://jsaisa.org/

5.主要学術誌、学会誌

日本研究に特化した学術誌、学会誌はなし。

6.助成団体に関する情報(※日本研究を支援する主な助成団体)

国際交流基金
団体名 The Japan Foundation, New Delhi
国際交流基金ニューデリー日本文化センター
助成プログラム Small Grant(小規模助成)
ウェブサイト https://nd.jpf.go.jp
連絡先 住所:13-A, Green Park, Aurobindo Marg,New Delhi, India 110016
電話:91-11-46065769/45588698
Eメール:query@jpf.go.jp
(メールを送る際は、全角@マークを半角に変更してください。)

7.関連リンク

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