世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)モロッコを訪れたときに感じたこと

カイロ日本文化センター
飯尾幸司

みなさん、こんにちは。今回は私がモロッコに出張した際に感じたことについてお伝えしたいと思います。

私が担当する地域は、西はモロッコから東はオマーンまで、中東・北アフリカ地域全域です。

この地域担当の主な業務は、メールやSNSでの情報発信、聞き取り調査、コンサルティングやカウンセリング、年に一回カイロで行っている中東・北アフリカセミナー、そして、年に3~5回行っている出張指導などです。

中東・北アフリカ日本語教育セミナーの写真
中東・北アフリカ日本語教育セミナー

2018年度の出張指導の訪問先は、予算の都合上、イスラエル、モロッコ、UAEの3か所となりました。

出張指導の目的は、勉強会の開催や授業見学等を通しての現地教師の授業の質の向上とネットワーク作り、そして、日本語教師のモチベーションアップです。

ここでモロッコの日本語教育事情について簡単に触れておきます。

モロッコのラバトにあるモハメッド5世大学には、1982年から2005年まで国際交流基金の専門家が派遣されていましたが、学科設立の見通しが立たないことから、派遣が終了となりました。その終了の2、3年前からJICAのシニア・ボランティアが派遣されるようになり、講座を引き継いだような形になっています。現在はモハメッド5世大学以外でも複数の大学で公開講座として日本語教育が行われていて、日本語学習者総数は約700名と、私が担当する地域においては、トルコとエジプトに次いで3番目の多さとなっています。

モロッコの日本語教育の最大の問題は、先に説明したように、日本語学習者がある程度多いにもかかわらず、大学側の主体性が弱いことにあります。これは、別にモロッコに限った問題ではなく、外国語教育は外国の政府を頼ればよいと高等教育担当者や大学の学長等が考えがちであることに起因しています。

モロッコはそういった状況にあるため、日本語教育はJICA任せとなり、モロッコ人教師はアシスタント的な立場とならざるを得ず、そのせいで、モロッコ人教師がいつまでたっても自分の日本語力や教授力に関して自信が持てないといった問題が起きていました。

モロッコでの勉強会の写真
モロッコ勉強会

実際、私が行った勉強会の開始直後に、あるモロッコ人教師に対し、何度も質問を変えて何とか意見を聞き出そう頑張ってみましたが、遠慮気味に小さな声で、「私も同じです。」とか、「よくわかりません。」といった答えしか返ってこないということがありました。

しかし、勉強会が進む中で、だんだんとその教師の顔つきが変化してくるのを私は感じ、二日目の勉強会の終わりのころには、自信を持って堂々と自分の意見を言うようになっていました。

そして、勉強会の翌日、その教師から同僚であるJICAボランティアに対し、授業の進め方について話し合いたいという提案があったと聞き、とてもうれしく思いました。

日本語の語彙力や発音などはどうしても日本語ネイティブに比べると劣ってしまいますが、だからと言って、日本語教師としての力が劣っているということでは決してありません。先ほど例に挙げた教師だけではなく、勉強会に参加したモロッコ人教師の中には、学習者間で教材を共有したり意見交換が盛んになるよう、オンライン上のコミュニティー作りに積極的に取り組んで成果を上げている教師もいましたし、教授歴が数年にも関わらず、自分で教授法全般のオンラインコースを受講し、学んだことを自分の日本語の授業にふんだんに取り入れ、素晴らしい授業をする教師もいました。

もちろんこれらは、モロッコ人教師たちと、それをサポートするJICAボランティアたちの日頃の努力の賜物だと思いますが、モロッコ人教師たちがやっていること、そして、モロッコ人教師の存在そのものをきちんと承認することで、やる気と自信に繋げることができたと私は感じています。

また、モロッコ人教師だけではなく、JICAボランティアからも、「モロッコ人教師の良さを知ることができた」、「今回公開質問という形で、ボランティア全員に対して意見を聞いてもらって本当に良かった」といったフィードバックをもらい、モロッコ人教師と日本人教師、そして、JICAボランティア間の潤滑油になることができたのではないかと感じています。

私は以前から、専門家の仕事は潤滑油になることだと思っています。強烈なリーダーシップを発揮して、在任期間中に全てをうまく回したとしても、離任と同時にその地域の日本語教育がまた停滞するのでは何の意味もないと考えています。

今回の出張を通し私自身もいろいろなことを学ばせていただきました。この場を借りてモロッコの先生方にお礼を言いたいと思います。

最後に、私の管轄する地域には、イエメン、シリア、イラクなど、内戦状態といってもいいような過酷な状況で日本語教育を行っている先生方がいます。その先生方の安全と、それらの国々の平穏を祈念しつつ、今回の報告を終えたいと思います。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
The Japan Foundation Cairo Office
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
国際交流基金カイロ日本文化センターは、エジプト及び中東地域における文化交流事業の拠点として幅広い活動を展開している。日本語教育支援事業はその重要な柱の一つであり、エジプトを中心に中東の近隣地域まで視野に入れた様々な支援を行っている。日本語教育アドバイザーは、国内2か所の日本語講座の運営をはじめ、エジプト及び近隣諸国の日本語教師に対する情報提供やコンサルティングなどを行う。また、セミナー等を開催し、日本語教師のスキルアップを図るとともに、地域連携の強化、相互交流の活性化にも努めている。
所在地 5F Cairo Center Bldg.106 Kasr Al-Aini St.,Garden City, Cairo, Egypt
国際交流基金からの派遣者数 上級専門家:1名、専門家:1名
国際交流基金からの派遣開始年 1998年
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