日本語専門家 派遣先情報・レポート
キングサウード大学

派遣先機関の情報

派遣先機関名称
キングサウード大学
King Saud University
派遣先機関の位置付け及び業務内容
キングサウード大学では1994年に日本語専攻課程が開設された。1998年には、それまでの3年制から予備教育期間を含めた5年制の課程となった。現在は4年制の課程となっている。日本語専攻課程は日本語学習を通じた全般的な異文化理解教育を目指している。カリキュラムは通訳や翻訳といった実務的かつ高度な運用能力を育成すべくデザインされている。また、湾岸諸国で唯一、日本語専攻の学士号が取得できる教育機関であることから、湾岸諸国における日本語教育の中核を担う役割を期待されている。専門家は授業担当、カリキュラム・教材作成に対する支援、加えて研究への助言などを行う。
所在地
P.O.Box 87907, Riyadh 11652, Kingdom of Saudi Arabia
国際交流基金からの派遣者数
専門家:1名
日本語講座の所属学部、学科名称
言語翻訳学部 近代言語学科 日本語専攻課程
日本語講座の概要

変わる社会と変わらない学生

キングサウード大学
佐藤 修

サウジアラビアは日本にとって最大の原油供給国です。そのため両国では、経済面だけでなく文化面でも関係強化が求められていて、ここキングサウード大学では学生たちが日々、日本語を主専攻で学び、両国の架け橋となるべく頑張っています。

本稿では、急速に変貌を遂げているサウジ社会の中で、変わらずに頑張っている学生たちについてご紹介します。

変わるサウジ社会

サウジアラビアの社会はここ数年で大きく変化しています。先日は男性の半ズボン着用がモスクと政府機関以外の公共の場で許されることになったというニュースが流れました(素足をさらけ出しているのは見苦しいということで禁じられています)。

女性の社会進出も進んでいます。本学部内でも女性が5人も働き始めたのですが、先日、学部内で女性スタッフに声を掛けられた方の話が、画期的な出来事だとして話題になっていました。業務上の相談とは言え、女性と学内で普通に話をするようになったとは隔世の感があるという感想が出ていました。

日本語教育に関しても、教材に使う映像の自由度が増しました。かつては、映像の中に膝丈スカートの女性が写っていたせいで、日本語授業でのビデオ使用そのものが禁止されたこともあるほどでした。外国の音楽も禁じられていたため、歌詞を見せながら日本語の曲をかけるといったこともできませんでした。

キングサウード大学校舎の写真
学内で女性の姿を見かけることも珍しくなくなった

変わらない学生

もちろん、学生は毎学期新入生が入ってきて、次々と入れ替わっていきますが、学生たちの態度や気質というものはずっと変わっていません。

具体的には、おおらかで細かいことは気にしない、朗らかで余裕がある、両親を尊敬し家族を大切にする、教師を尊重してくれて礼儀正しいといった特長が挙げられます。

私がサウジに来るのは6年振り2回目なのですが、2021年12月に再赴任してから、サウジ社会の様々な変化に圧倒されてきました。しかし、その中で、学生たちの良さはほとんど変わっていないことが確かめられていきました。当然、程度の問題ですし、中には上記に合わない学生もいますが、それは本当に嬉しいことでした。

弁論大会への取り組み

続けて、学生たちの様子を具体的に、弁論大会への指導時に私が悩んだ三つの点を通してお伝えしたいと思います。

一点目は、「人前で話すのは緊張するから出られない」という学生にどう対応したかです。いくら頑張って説得しても、話すだけでは行動は変えられません。そこで、少しずつ無理なく課題を克服できるよう目標を分割してみました。少し長く話す時間を授業内で増やすところから始め、少人数のクラス内で発表させた後、合同クラスでも話させるといった段階を踏んで、小さく成功を積み重ねられるよう工夫しました。「人が増えたら緊張してしまって実力が発揮できなかった」と悔しがっていた学生は、それがバネになって、やる気が増したようでした。ハードルの高さが適度だったのでしょう。

二点目は、「忙しくて準備ができなかったから見送りたい」という迷いにどう答えるかです。実際は「忙しい」状態が普通で、いつまでも暇にはなりません。新たなチャレンジというのはできる範囲でやるしかないので、悩んでいるならやってみるよう勧めました。が、ほとんどの学生は申し込みまで至りませんでした。個別の事情で無理だったのかもしれませんが、「この先生の話なら聞いてみるか」と思ってもらえるほどの信用を得るのは、そう簡単ではないということなのでしょう。

授業の様子の写真
スピーチ後の質疑応答を練習

結果より過程

三点目は、結果へのこだわりについてです。当然、大会での好成績という成果は、出場する学生にとって重要です。しかし私は、大会までの過程で得られる学びや気づきの方を重視してほしいと考えています。私自身、評価の難しさを痛感していることもあり、長期的な動機づけに影響することを期待しているのです。そこで、なるべく学びや気づきを多く得てもらえるよう、一人ひとりの変化をその都度見つけてフィードバックしていくようにしていました。「話せるようになってきたかも」という声を聞いて、自信に繋がったのかと嬉しくなりましたが、同時に普段の授業での指導の重要性も再認識できたのでした。

これに関しては実は、指導する側としても、結果を追い求めたくなる誘惑に駆られます。学習者の力量が教師の手腕によるのだと拡大解釈すれば、弁論大会が自らの面子を賭けた争いのように見えるからです。質問したり、学習者同士話し合わせたりして本人に気づきを促し、時間をかけて成長を待つべきところでも、時間がないからと本人の日本語能力を超えた表現を手っ取り早く与えてしまいたくなります。教師は余計な自尊心を抑え、学習者自身の成長を優先して導くことができるのか、自らの姿勢が問われているように感じます。

学生たちの日本語能力向上は当然として、それ以上に、広い意味での彼らの成長に繋がるように手伝っていきたいと考えています。

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