世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)中学・高校・大学のアーティキュレーション(連携)を深める取り組み J-GAP韓国の活動について

国際交流基金ソウル日本文化センター(嶺南地域担当)
森田 衛

J-GAP韓国のロゴマーク画像
J-GAP韓国のロゴマーク

国際交流基金ソウル日本文化センター嶺南地域担当日本語専門家は釜山に常駐しています。担当地域は、韓国で嶺南地域と呼ばれる慶尚北道、慶尚南道、釜山広域市、大邱広域市、蔚山広域市です。ここでは教師研修や出張授業等を通じて、主として中等教育段階の日本語教育支援を実施していますが、各地で出会った先生方とお話していると個々の教育現場の努力だけでは解決できない問題が多々あることに気付かされます。 そこで、今回は教育現場の垣根を越えて釜山で意欲的に活動しているJ-GAP韓国というプロジェクトについて取り上げたいと思います。

韓国の日本語教育の現状を見ると

2012年度に国際交流基金が行った日本語教育機関調査によると、韓国で日本語を学習しているのは約84万人で、そのうち80%以上に当たる約69万人が中等教育段階の学習者です。韓国の教育課程が改訂されたことにより、2011年度の新入生からは、これまで日本語を含む第二外国語科目に適用されてきた必修選択制を改め、生活・教養科目群として定める4科目(漢文、進路と職業、技術・家庭、第二外国語)の中から一つを選ぶ選択制になりました。そのため、中等教育段階での第二外国語履修者は全体として減少傾向にあります。中等教育段階の日本語教育は、韓国の日本語教育にあって依然として大きな位置を占めていることに違いありませんが、関係者の間からは、学習者数に代表される量の問題だけではなく、授業の質についても改善を求める声が挙がっています。

質の向上を目指して

例えば、ここに中学に入って初めて日本語学習を始める学習者がいるとします。その学習者は中学の授業でひらがなやカタカナを習いますが、高校に進学して日本語の授業を受けると、またひらがなから習うケースが多くあるといいます。そして、大学に進学して日本語を専攻しても、もう一度そこで、ひらがなから勉強しなければならない場合もあるそうです。これでは、学習者が持っている意欲や能力を十分に引き出しているとは言えず、学習効果も限定されてしまいます。しかし、ここに中学・高校・大学間につながりを重視したカリキュラムが整備され、それが効果的に運用されるようになったら、進学して学習環境が変わっても、学習者が安心して日本語学習を継続して実力を伸ばせるのではないでしょうか。こうした中学・高校・大学間等に見られる関連性や連続性を「縦のアーティキュレーション」と呼びますが、担当教師やクラス間の整合性を保つために必要な「横のアーティキュレーション」というものもあります。J-GAPJapanese Global Articulation Projectでは、そうした縦横のアーティキュレーションを妨げる要因を取り除きながら、アーティキュレーションを達成して教育の質を上げていこうというプロジェクトです。現在、世界各地で活動が行われていますが、韓国では釜山がJ-GAP韓国のモデル地区となってさまざまな活動を行っています。

楽しいMY Can-do作り

釜山では2011年1月にJ-GAP韓国の活動が始まりました。これまで、原則として毎月月例会を開き、講演やミニワークショップを行ってきました。このミニワークショップでは、韓国人学習者対象のMY Can-do(学習者の言語活動や言語能力を「~ができる」という形式で示した文)を作成しています。JF日本語教育スタンダードに挙げられている15トピックについて、韓国人学習者が日本語で話したいと思うことがらや、韓国人学習者が遭遇すると思われる日本語との接触場面を想像しながら、A1からB2までのレベル別にアイディアを出し合って、MY Can-do作りを進めています。毎回、日本人教師と韓国人教師が力を合わせてMY Can-doを作っていますが、MY Can-doを作る過程で日韓の発想の違いなどにも触れることができ、時間を忘れて作業に没頭しています。こうして月例会で作られたMY Can-doは、J-GAP韓国のページで順次公開しています。

教師が変われば授業が変わる

J-GAP韓国の委員長を務める鄭起永先生は、J-GAP韓国の活動の意義について「1.中高大の連携強化と互いを知るための場を設定 2.停滞する日本語教育の現状を打破 3.日本語教育が多様化する中で共通する基準を設定」という三点を挙げています。また、高校で日本語を教えている鄭芝恩先生は、MY Can-doを授業に取り入れた成果を次のように語っています。

学んだことで「何ができる」のかを生徒自身が実感できる授業にすることの大切さ、そして生徒自身が「どのくらいできる」のかを判断できる明確な評価の必要性、この二つがJ-GAPの活動を通して得られたことであり、最も変化した点です。これらは生徒のモチベーションを高め、生徒自身が学習方法を導き出すきっかけにもなりました。このような生徒が中心となる授業を今後も心がけていきたい。

このように、釜山では中学・高校・大学の日本語教師、釜山教育庁の日本語教育担当者に国際交流基金が加わり、みんなで力を合わせてアーティキュレーションの確立を目指しています。ともに切磋琢磨することによって、学習者に質の良い日本語教育を提供し、それが中長期的には日本語学習者数の確保にもつながるのではないかと考えています。そして、J-GAPの活動を通して得られたさまざまな気づきは、活動に参加する教師にとってもかけがえのない財産になると信じています。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
The Japan Foundation, Seoul
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
1988年以来、在釜山日本国総領事館に日本語専門家が派遣され、嶺南地域の日本語教育を支援してきたが、2005年8月より、派遣先はソウル日本文化センター、勤務地は釜山(釜山日本語教育室)という派遣形態となった。日本語専門家の担当業務は、当地域の中学・高等学校などの韓国人日本語教師を対象とした中等日本語教師職務研修、ソウルと釜山を巡回する中等日本語教師集中研修、嶺南地域教育庁及び各中等日本語教師会への出講等である。
所在地 YMCA Bldg.15F 1143-13 Choryang-3dong,Dong-gu,Busan 601-836,Korea
国際交流基金からの派遣者数 専門家:1名(嶺南地域担当)
国際交流基金からの派遣開始年 2005年
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