世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)嶺南地域の日本語教師とともに進める中等教育支援

国際交流基金ソウル日本文化センター (嶺南地域担当)
森田衛

中等教育段階の日本語学習者数の割合が高い嶺南地域

国際交流基金ソウル日本文化センター釜山日本語教育室(以下、日本語教育室)は、韓国で嶺南地域と呼ばれる慶尚北道、慶尚南道、釜山広域市、大邱広域市、蔚山広域市の日本語教育支援を担当しています。2012年度に国際交流基金が実施した日本語教育機関調査によると、嶺南地域には中学・高校にあたる中等教育段階だけで約21万3千人もの生徒が正規科目または課外活動として日本語を学習しており、その数は嶺南地域の全学習者の90%を占めています。このことから中等教育段階の学習者数が多い韓国(韓国全体の学習者数に占める中等教育段階の比率は82.6%)の中でも、特にその比率が高いことがわかります。

近年、少子化や第二外国語科目の必修から選択への変更といった教育カリキュラム変更の影響によって、韓国の日本語学習者数は減少に転じています。それでも先に挙げたデータは、依然として多くの生徒が日本語を学習していることを示しています。しかしながら、実際に教室で日本語指導にあたる教師によると、日本語教育上の最大の問題点は「学習者の不熱心」であると言います。生徒の多くが英語・数学・国語といった受験主要科目に力を注ぐ反面、それ以外の科目はどうしても受け身になる傾向があるようです。こうした状況を好転させるために、嶺南地域の日本語教師と力を合わせてさまざまな取り組みをしています。

釜山の特色を生かした日本語キャンプ

次代を担う生徒たちが日本文化に興味を持ち、それを日本語学習につなげてほしいという思いから、これまでも嶺南地域では中学・高校生を対象とした日本語スピーチ大会、のど自慢大会、日本クイズ大会などが開催されてきましたが、さらに日本への関心を高める機会を提供するために「第1回釜山中学生日本語キャンプ」を実施しました。キャンプは釜山地域の各校から選ばれた中学生41名の他に、韓国人教師、日本人教師、それに中学・高校の日本語教師を養成する新羅大学校日語教育科の学生ボランティアなど、全部で70名余りが参加して、2日間にわたって開催されました。

防災ずきん作りの写真
防災ずきんを作り災害に備える

準備に当たっては、その前にソウルで行われた「ソウル・京畿・仁川中学生日本語キャンプ」を参考にしつつ、釜山の教師がさまざまなアイディアを出し合って企画を練っていきました。その結果、ソウルのキャンプにはない活動も加わりました。それは防災教育です。海に面している釜山では、台風や洪水、また地震による津波被害のおそれがあることから、日本の学校で行われている授業を参考にして、防災に対する意識を高める活動を行いました。その他にも、挨拶や自己紹介など簡単な日本語を学習し、それをすぐに使って日本人と話すボイス・アクティングと呼ばれる活動に始まり、おにぎり作り、茶道、けん玉、だるま落とし、折り紙、盆踊り、花いちもんめ、フルーツバスケットといった懐かしい遊びまで、体を動かす活動を中心に大人も生徒たちも元気いっぱい動き回りました。事後アンケートを見ると、参加者の満足度は非常に高く、自由記述欄には機会があったらまたキャンプに参加したいという声や、日本のアニメやゲームなど同じ趣味を持つ友人が増えたことを喜ぶコメントなど好意的な意見が多く挙がっていました。今年も「夏祭り」をテーマに第2回キャンプを計画しています。昨年のキャンプの経験を生かして、さらに充実したキャンプを目指したいとスタッフ一同張り切っているところです。

日本の年中行事をわかりやすく紹介するために

生徒が折ったひな人形の写真
生徒が折ったひな人形

日本語教育が行われている中学・高校では、ほとんどの場合韓国人教師が日本語を指導します。インターネットを活用した教育を推進している韓国では、例えば教科書に出てくる日本の年中行事を授業で紹介する際にも、関連するインターネットサイトを見せることが多いようです。しかし、日本の年中行事についてよく知っている韓国人教師にとっても、行事を迎えるときに行う具体的な準備や、そこに込められた人々の気持ちまでを理解して、それを生徒に伝えるのはなかなか容易ではありません。そこで、日本語教育室では生徒が親しみやすいようにクイズや折り紙などを取り入れて、わかりやすく日本の年中行事を体験する教材を開発してきました。これまでに、ひな祭り、子どもの日、七夕、盆踊りをテーマにした教材を作成し、申し込みのあった30校余りを訪問して授業をお手伝いしてきました。

訪問にあたっては、生徒に合わせた授業を行うため、可能な限り事前に受け入れ校の教師と打ち合わせをして、こちらから授業のねらいや協力してほしい事柄を伝える一方、日本語学習の進度、生徒の男女比、授業態度といったクラスに関する情報をできるだけ把握するように努めています。そうして、準備を整えて授業に臨んだつもりでも、教室に行ってみると予想外の事態に直面することもあり、最後まではらはらすることがあります。それでも、授業がうまくいき、先生や生徒から「また来てください」と言われると、とてもやりがいを感じます。出張授業は報告者にとっても、韓国の日本語教育の現場の雰囲気を直接感じることのできる貴重な機会になっています。学校訪問を通じて得られた現場感覚を大事にしながら、周囲の期待に少しでも応えられるように、今後も知恵を絞って支援を続けていこうと思います。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
The Japan Foundation, Seoul
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
1988年以来、在釜山日本国総領事館に日本語専門家が派遣され、嶺南地域の日本語教育を支援してきたが、2005年8月より、派遣先はソウル日本文化センター、勤務地は釜山(釜山日本語教育室)という派遣形態となった。日本語専門家の担当業務は、当地域の中学・高等学校などの韓国人日本語教師を対象とした中等日本語教師職務研修、嶺南地域教育庁及び各中等日本語教師会への出講、学校からの依頼に応じて行う出張授業等である。
所在地 YMCA Bldg.15F 1143-13 Choryang-3dong,Dong-gu,Busan 601-836,Korea
国際交流基金からの派遣者数 専門家:1名(嶺南地域担当)
国際交流基金からの派遣開始年 2005年
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