世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) 国と国、人と人をつなぐ、北国の春

モンゴル・日本人材開発センター
片桐 準二

零下30度以下にまで下がる厳しいモンゴルの冬が明けようとする2013年3月28日から30日、ダルハンオール県ダルハン市のオユニー・イレードゥイ総合学校への出張があった。ウランバートルから車で3時間半程度のその地方都市の学校で開催される「日本語祭り」への招待と日本文化講座の依頼を受けてのことである。同市内では4校で日本語が教えられているそうで、ちょうどその学校へ着いた時には4校から集まった代表生徒による「日本語カラオケ大会」が開かれていた。「亜麻色の髪の乙女」「YELL」「雪の華」「涙そうそう」、次々と日本の歌が歌われる。そして、それが皆上手い。歌もそうだが日本語の音を正確に響かせるのだ。翌日は同行した3名の教師と「書道」「折り紙」「浴衣着付けと盆踊り」を日本の中学・高校生に当たる7年生~11年生に紹介する文化講座を実施した。学年ごとにクラス分けし、合計160名余りの日本語を学ぶ生徒に参加してもらった。そのまた翌日の「日本語祭り」では同校の生徒が歌に踊りに劇を披露する。「桜」「よさこいソーラン」「幸せなら手をたたこう」「浦島太郎」「ふるさと」「だんご三兄弟」、そして「北国の春」。この「北国の春」はモンゴルで歌われる日本の代表曲となチているようだ。折しもこの同じ日に、日本の安倍首相が首脳会談のためにモンゴルを訪問しており、夜にはアルタンホヤグ首相主催の晩餐会があったのだが、その最後にもこの「北国の春」がモンゴルの歌手によって歌われた。

『まるごと』JF講座の開講

おにぎり作りの写真
文化体験「おにぎり作り」
剣玉の写真
文化体験「剣玉」

「この1年の重大ニュースは?」と問われれば、JF日本語教育スタンダード(以下、JFS)に従った授業および準拠教科書『まるごと 日本のことばと文化』(以下、『まるごと』)を使った授業の開始ということになろう。昨年4月にモンゴル・日本人材開発センター(以下、日本センター)の日本語コースはJF講座となり、10月からの秋期コースで『まるごと』の「入門」を含めた7つのコース、今年の2月からの春期コースで『まるごと』の「初級1」を含めた7つのコースをJFSに基づいて実施した。教える教師も初めてのJFSで、初めての教科書である。常勤・非常勤で事前に研修をし、各コースの開始前から終わるまでの3か月間、毎週打ち合わせを繰り返し、教案検討をし、オリジナル教材を作って授業に臨んだ。指導法や教材には課題が多いものの、JFSの特徴であるCan-doを使った目標提示と自己評価、ポートフォリオの利用、そしてイラストや写真で状況を思い浮かべなら学び練習できる『まるごと』は受講生から好評であった。加えて、春期の『まるごと』コースでは、中間日と最終日の授業を文化体験の時間とし、「おにぎり作り」「剣玉」「書道」「浴衣着付けと盆踊り」を楽しんでもらった。

日本語教育シンポジウム~スタンダード・プロジェクト

日本センターは日本語教育ネットワーク拡充のためにモンゴル日本語教師会の支援を行っている。2012年度は教師会主催で「モンゴル日本語教育スタンダード作成プロジェクト」が実施された。同プロジェクトでは日本語教育を行っている初中等教育機関用のスタンダード作成を進めている。ウランバートル市内とウブルハンガイ県のそれぞれ1校が実践校に選ばれ、昨年9月から今年2月までの取り組みを記録し、今年3月1日~2日に開催されたシンポジウムで報告発表が行われた。このシンポジウムは「モンゴル日本語教育スタンダードの展開」と題して行われ、日本・韓国・内モンゴルからそれぞれ1名の講師を招聘し講演もしていただいた。モンゴルの外国語教育界では「スタンダード」が喫緊の課題として注目を浴びており、シンポジウムへの参加者も2日間で延べおよそ200名に達した。このプロジェクトは将来の初中等日本語教材開発に繋げるべく、2013年度も実践校を増やす拡大版で実施することになっている。

「地方出張文化講座」と「若者文化講座」

冒頭に記したような出張文化講座は昨年の12月にもオルホン県エルデネット市にあるモンゴル国立大学オルホン学部で行っていた。この時は日本語専攻の大学生約40名が主な参加者で「書道」「折り紙」「若者言葉と日本の歌紹介」「剣玉」を実施した。実はこれに先立って日本センターでは「若者文化講座」シリーズを昨年11月から開催しており、その第1回目に行ったのが「若者言葉」であった。それをこの時は出張講座でも行い、「ロールキャベツ系男子」「ひとカラ」「アラフォー」などをクイズ形式で紹介した。また、モンゴルには約2万人の会員を持つ「モンゴル剣玉協会」があり、日本センターや出張講座での「剣玉体験」でも協力してもらっている。オルホン学部の時には、剣玉協会エルデネット支部の先生と剣玉少年10人が指導をしてくれた。こうして文化紹介は実施しているものの、おざなりのステレオタイプを脱却し異文化理解能力の育成へと展開させる課題は忘れないようにしたい。

日本のある篤志家が昨年からモンゴルで桜の花を咲かせようと植栽活動をされている。日本センターにも今年60本の苗木をいただいた。「春」になった5月、日本センタースタッフがそれぞれ1本ずつ敷地内に植えることとなり、日本語課も皆で玄関横に植樹した。春植えざれば秋実らず。昨年からスタートしたJF講座、スタンダード・プロジェクト、文化講座それぞれが花咲く「春」にあう日を願って。


派遣先機関の情報
派遣先機関名称
Mongolia-Japan Center For Human Resources Development
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
モンゴル・日本人材開発センターは、産業多角化及び雇用創出の観点からのビジネス人材の育成と日本・モンゴルの様々な人的交流の拠点として、1)ビジネス人材育成、2)日本語教育、3)相互理解促進の3つの事業を行っている。2012年からはモンゴル国立大学の独立採算ユニットとなり、国際交流基金のJF講座も開設され、JF日本語教育スタンダードに準拠した日本語コースを実施している。また、モンゴル全体の日本語教育アドバイザーとしてシンポジウムやスピーチコンテスト等の教師会・大使館の主催事業等にも協力し、学習環境の整備や教師間ネットワークの拡充に努めている。
所在地 Mongolia-Japan Center, University St., 6-Khoroo, Sukhbaatar District, Ulaanbaatar, Mongolia
国際交流基金からの派遣者数 上級専門家:1名
国際交流基金からの派遣開始年 2002年
What We Do事業内容を知る