世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) フランスで求められる二つの「日本語講座」

国際交流基金パリ日本文化会館
蜂須賀 真希子

 昨年10月に赴任し、7ヶ月が経ちました。フランスで求められている日本語教育とは何か。今、どんなことが見えてきたのかを書いていこうと思います。

フランスの日本語教育

 そもそも、フランスの日本語教育は「話せるようになること」を目的にするツールとしての日本語教育ではなく、日本文化や日本文学を研究する上で必要なものという位置づけで発展してきたという歴史があります。私の勤務するパリ日本文化会館(Maison de la culture du Japon à Paris 以下MCJP)は、その名のとおり、フランスに日本文化を発信する総合文化施設として設立され、今年15周年を迎えます。そして、能や狂言といった古典芸能から、日本の有名ミュージシャンによるJAZZコンサートまで、さまざまなすばらしい舞台が上演されています。また、日本料理、いけばな、書道の教室、現代アートを含むさまざまな展示にも多くの人が訪れています。芸術の国フランスらしく、「日本」はフランスとは異なった、しかし、魅力あふれる芸術の国として受け入れられています。

 これまで、こういう日本文化に触れるのは一部の芸術に精通した大人たちだったかもしれません。そこに、最近の日本食ブームや、マンガ・アニメの影響によって、一般の人々や若者層にも「日本」という国は身近になっています。

 フランスにおける日本語学習者は2009年度に行われた国際交流基金海外日本語教育機関調査によると16010人で、2003年の14445人から徐々に増えています。学校教育以外の学習者数は、2003年の3155人から2009年の3413人と微増にとどまっているのに対し、初等から高等までの学校教育では、2003年11290人から2009年には12597人と1000人以上の増加がみられ、若者層の日本語学習者が増加傾向にあると言えるのではないでしょうか。

MCJPでの日本語講座

会館日本語講座の写真
今日は何を勉強するのかな?
<会館日本語講座>

 昨年の10月より本格的に日本語講座が始まりました。これまで出張講座や比較的期間の短い日本語講座を実施してきましたが、初級から上級まで各レベルの講座を開講するのは昨年の10月がスタートです。現在、2012年春コースを開講中です。国際交流基金開発のJF日本語教育スタンダード準拠教材『まるごと 日本のことばと文化』を使ったA1レベルが期間別に3コースとA2レベル1コース、その他に、ある1つのテーマについて学びながら日本語運用力をアップさせるための講座としてB1レベル、B2以上レベルを各1講座開講しています。今期のテーマは「日本映画で学ぶ日本語」です。この講座では、教科書を使わず、コース全体の目標設定や各回の学習目標の設定に、CEFRおよびJF日本語教育スタンダードを取り入れてコースデザインを行っています。

異文化理解としての日本語講座

 2012年5月に、歌舞伎常磐津節の常磐津文字兵衛氏にご協力いただき「言ってみよう!歌舞伎のセリフ」という特別講座を実施しました。文字兵衛氏に通訳つきで歌舞伎のセリフをご指導いただきました。日本語未学習者から上級者までさまざまなレベルの学習者が参加したクラスでしたが、参加者全員で大きな声で練習し、最後は男性役と女性役に分かれて、セリフのやり取りをするというとても活気あふれるすばらしい講座になりました。参加者にも好評で、「ぜひうちの講座でも取り入れたい」という大学の先生もいらっしゃいました。今後もこのような日本文化と日本語の融合講座を実施していく予定です。

 さらに今年は「日本」をテーマにしたイベントも多く、出張講座も多く実施しました。2012年4月~5月にパリ郊外のジャルダン・アクリマタシオンで「ジャルダン・ジャポネ<日本祭>」が開催されました。開催期間中の来場者は17万人に上るという大きなイベントで、その中の数日間、日本語をゲームや歌を通して体験してもらう講座を実施しました。こうしたイベントで大切にし、伝えるべきなのは、日本語の美しさ、面白さを体験してもらうこと、日本語を好きになってもらうこと<異文化理解としての日本語講座>を展開することだと感じています。

MCJPが担うべき二つの「日本語講座」

日本祭りにての写真
子供たちとツイスターゲーム!
<日本祭りにて>

 フランスでは、具体的に日本語を使って何かがしたい、いわゆる<使える日本語>を学習したいと考えている学習者と、新しい言語を知ること、言語自体に興味があるという学習者の両方の存在を感じます。アジアのように日本語学習が直接実益につながるというレベルではありませんが、「日系企業に勤めているので、会社の日本人と話してみたい。」「日本に出張するので日本語を使ってみたい。」日仏カップルが「(パートナーと)日本語で話したい。」という<使える日本語>を求めている声があります。

 一方で、いわゆる日本語・日本文化への興味で日本語に触れてみたいという需要もフランスには存在します。

 <使える日本語>と<異文化理解の日本語>の二つの学習動機がフランスには混在しています。しかも、個人の中にどちらの動機も存在し、比重が学習者によって違うということもあるでしょう。同じ「日本語講座」とタイトルをつけても、<使える日本語>と<異文化理解の日本語>の2つの視点を持って講座を企画し、展開していくことが、フランス人学習者の多様なニーズに答えるものであり、これからMCJPの日本語講座が担っていく役割だと考えています。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
The Japan Cultural Institute in Paris
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
パリ日本文化会館は、1997年設立以来、フランスおよび欧州における日本文化の発信基地として幅広い文化活動を行っている。フランス国内の日本語教育支援をより積極的に展開するため、2005年より日本語教育事業が本格的にスタートした。現在は、教師研修会や教師相談の実施といった教師支援活動のほか、JF日本語教育スタンダード準拠講座や日本語・日本文化の関連講座の開講、スピーチコンテストの実施といった学習者支援活動、日本語教育に関する情報提供、当地の教育状況の情報収集を行っている。
所在地 101 bis, quai Branly 75740 Paris Cedex 15, France
国際交流基金派遣者数 上級専門家:1名、専門:1名、指導助手:1名
アドバイザー派遣開始年 2005年
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