世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)学びの場をつくる仕事

国際交流基金 パリ日本文化会館
藤光由子

研修をデザインする、という仕事

教師の学びを支援する研修会の企画、開発、実施は、日本語教育アドバイザー (以下、アドバイザー) の中心的な仕事です。今回のレポートでは、パリ日本文化会館の研修事業の中から、欧州各地の日本語教育関係者を対象とする研修会をとりあげて、研修デザイナーとしてのアドバイザーの仕事についてご紹介します。

最前線の教育実践研究と出会い、欧州各地の「同僚」と学びあう研修

パリ日本文化会館では、毎年7月上旬に定員15名程度の少人数制、参加者公募制の「欧州日本語教育研修会」を実施しています。欧州各地の意欲的な教師が参加し、最新の教育実践研究の知見を学びながら各自の教育現場で活用する方法を探る、二日間の集中研修です。2017年度は、「異文化間リテラシー教育」×「アクティブ・ラーニング」×「学びの全身化」というテーマを提案し、パリ日本文化会館支援協会の協力を得て、上記テーマに関わる実践研究の最前線で活躍する講師を日本からお招きすることができました。研修には、英国、オランダ、イタリア、ドイツ、フランス5か国から17名が参加され、「各地で活躍している同志と切磋琢磨しながら学び合う」機会となりました。

研修会の効果を最大化する

アドバイザーは研修会が有意義な学びの場になるよう、様々な工夫をし、改善を図ります。研修前の課題のデザインも重要な仕事です。2017年度「欧州日本語教育研修会」では 参加者間の交流の活性化を助けるため、研修前に参加者、講師、運営スタッフ全員が自己紹介のメッセージを共有しました。また、研修成果を最大にするため幾つかの事前課題を設けました。その一つが、研修テーマに関わる教育実践記録をまとめてもらうことでした。提出された実践記録は全体で共有し、それぞれの実践者に対する質問を考えてくることも課題としました。また、研修テーマへの共通理解を醸成するため、講師の執筆論文など、研修のコンテンツに関わる資料を事前送付し、内容を読み込んだうえで講師への質問やコメントなどを考えてもらいました。研修会当日は、講義を聴く前に、参加者間の話し合いで「もっとも重要な質問」を選ぶという活動を設けました。

研修している写真 詳細は以下
2017年度「欧州日本語教育研修会」研修風景1

スライドを使用し、研究を行っている様子 詳細は以下
2017年度「欧州日本語教育研修会」研修風景2

研修のねらいは、教師が最新の教育実践研究の概念理解を深め、授業に活かすアクティビティの技法を体験的に学び、最終的には各自の実践を改良していくことでした。二日間の研修では、参加型活動の体験、講義による概念化、振り返りと共有、談話と交流のサイクルを繰り返します。研修のねらいは決してぶれないように意識しますが、実際のスケジュールの細部は、各セッションの様子をみて随時、臨機応変に調整しながら進めていきます。

研修後の振り返り

研修終了時に参加者全員に受講アンケートを実施したところ、研修全体の評価については17名中15名が「たいへん満足」、2名が「満足」という回答でした。研修成果については、2日間という短い時間で充実した内容が展開されたとの声が多く寄せられています。その理由として、事前課題によって学びが準備されていたこと、知識や理論のインプットと、活動や体験を通じたアウトプット(個人での内省、グループでの共有・協働)がバランスよく配置されていたこと、研修1日目の様子をみて2日目の内容を調整する柔軟な研修デザインなどが挙げられました。参加者が常に研修の中心にあり、「アクティブラーニングをまさにアクティブラーニングを通じて学んだ」との声もありました。アンケートのほかにも、研修後の気づきや内省を共有するため、研修の様子を時系列で記録した写真のアルバムに参加者同士でキャプションをつけ合う、といった活動も実施しました。こちらは研修事業チームの指導助手の方の編集で「共同フォトレポート」として完成し、パリ日本文化会館の日本語教師向け情報ページで公開されています。

実践共有のコミュニティの形成

研修での学びを元に再設計した活動の実践を共有することを提案したところ、6か月後には、参加者有志から続々と実践レポートが届いたのです。教師教育に携わっていらっしゃる方からは、教師養成講座でのワークショップの様子をご報告いただきました。大学や生涯教育機関での研究公開授業の動画を共有してくださる方々もありました。そこで、これら研修参加者有志の方々から寄せられている実践レポート10本をまとめて共有できるプラットフォームを準備しました。コメント書き込みやそれに対する返信などを活性化するため、オンラインのコミュニケーションツールを使用して作成したものです。このオンライン上のスペースには、欧州各地から15名のメンバーが参加しています。

オンライン勉強会へ

このコミュニティのメンバーに、 実践について語り合う勉強会の開催についても提案したところすぐに賛同を得られ、オンライン会議システムを活用して実施することになりました。それぞれの仕事に差し支えないよう平日の夜8時から9時という時間帯で、最初のリソースパーソンはオランダのご自宅から実践を語ってくださる予定です。オランダ、フランス、ドイツ、英国、イタリアの教師が無料のオンライン会議システムで対話します。このオンライン勉強会なら、移動時間も節約でき、自宅からでもスマホからでも気軽に参加できるので、 今後の発展が大いに期待できそうです。

私にとっての研修

みなさんは研修に何を求めますか。 研修を設計する立場からは、知識だけでない、学びの作法や知恵を獲得する時間を作り出したいという願いがあります。提供する研修が出会いと交流を楽しみ、人生の経験や知恵を分かち合う関係ができる場であってほしい。それぞれの職場での実践にポジティブな変化を引き起こすものであってほしい。 そんな学びの場が、欧州の文脈にあった形で広がっていくように、という願いを持って働いています。参加者にとって手ごたえのある研修であれば、準備する側にも同じように手ごたえのある学びが生まれます。研修の準備からフォローアップまで、そのプロセス自体が知的な挑戦の連続であり学びを更新する機会であることは間違いありません。そこに、この仕事の難しさも醍醐味もあると感じています。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
The Japan Cultural Institute in Paris
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
パリ日本文化会館は1997年設立以来、フランスおよび欧州における日本文化の発信基地として幅広い文化活動を行っている。フランス国内の日本語教育支援をより積極的に展開するため、2005年より日本語教育事業が本格的にスタートした。現在は、教師研修会や教師相談の実施といった教師支援活動のほか、フランス人の若者を対象とする日本語教師育成事業、JF日本語教育スタンダード準拠日本語講座や日本語・日本文化の関連講座の開講、高校生日本語プレゼンテーション発表会の実施など学習奨励イベントを通じた学習者支援活動、日本語教育に関する情報提供、当地の教育状況の情報収集を行っている。
所在地 101 bis, quai Branly 75015 Paris, France
国際交流基金からの派遣者数 上級専門家1名、専門家1名、指導助手1名
国際交流基金からの派遣開始年 2005年
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