世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)アイルランド日本語アドバイザーの仕事 2017

アイルランド教育・技能省
尾崎裕子

現在アイルランドでは、中等教育前期(Junior Cycle 以下、「中学」)の教育改革が進行中です。アイルランドの生徒は中学終了時にJunior Certificate(中等教育前期修了試験)という全国統一試験を受験しますが、この試験の受験のために、中学での教育内容が知識詰め込み型になり、それが生徒の学習意欲を削いでいるということが問題視されていました。そこで、2012年度から、生徒が主体的に学び、生涯を通して自律的に学んでいける力を育てることを目標に、中学のカリキュラムの全面的な改定が始まりました。この教育改革の一つの目玉として、Junior Cycle Short Course(以下、「ショートコース」)という新しいコースが導入されることになりました。これは通常の科目の学習時間の半分の約200時間で一つの科目を学ぶコースで、生徒がより幅広く興味や特性にあった学習できるようになることを狙ったものです。現在、日本語を中学で教えている学校は1校だけですが、今後日本語ショートコースを実施する学校が出てくれば、日本語学習者の層が広がることが期待されます。

私が所属するPPLI(Post Primary Language Initiative 以下PPLI)では言語科目のショートコースのカリキュラムを開発しており、日本語ショートコースのカリキュラム作成は日本語アドバイザーが行っています。CEFR(Common European Framework of Reference for Language: Learning, teaching, assessment 外国語の学習、教授、評価のためのヨーロッパ共通参照枠)準拠の全言語共通のカリキュラムの枠組みに基づいて日本語ショートコースの全体構成が作られ、その後、各ユニットのシラバスや具体的な授業活動案、リソースリストなどを加えて、これまで5つのモジュールのサンプルユニット(学習指導案)を作りました。

日本語ショートコースは、日本語のコミュニケーション能力を育てるだけでなく、日本語学習を通じて日本語と学習者の母語(英語やアイルランド語など)の違いや、日本文化と学習者の母文化(アイルランドの文化など)の違いへの気づきを促すことも学習の大事な柱になっています。また、新しい中学のカリキュラムでは、21世紀型スキル(key skills)の育成がすべてのコースに共通する基本目標であり、サンプルユニットを作成する際、各ユニットの内容がこれらの目標に合致するようにラーニングアウトカム(学習成果)や学習項目や活動を考え、ユニットを作っていく必要があります。この作業は簡単ではありませんが、このような新しい考え方のカリキュラムを作るのは非常に刺激的であり、楽しい作業でもありました。

日本語ショートコース キースキル概念図(National Council for Curriculum and Assessment作成)の画像
日本語ショートコース キースキル概念図(National Council for Curriculum and Assessment作成)

Ard Scoil Ris 校TY日本語クラスの画像
Ard Scoil Ris 校TY日本語クラス

日本語アドバイザーという仕事のおもしろさは、いろいろな種類の仕事を経験することができるところだと思います。カリキュラム作成もすれば、学校訪問して授業見学もするし、セミナーやノンネイティブ教師のための日本語コースもします。アドバイザーの主業務は日本語教師のサポートですが、大学生の授業やJETプログラムで日本に行く人や帰国した人のための日本語講座など、直接学習者に日本語を教える機会もあります。昨年、男子校のTY(Transition Year 中等教育後期の1年目)クラスで授業を手伝う機会がありました。TYの日本語クラスでは主に文化について学習し、日本語も少し学びます。この日は、前半クラス全員による簡単な自己紹介のミニスピーチコンテストがあり、私は担任の先生といっしょに審査員を務め、後半は相撲を紹介しました。既に武道について学んでいた生徒達は興味津々の様子で、蹲踞・塵手水の礼・四股の一連の基本動作のモデルを私がするのを真剣に見ながら、「ヨイショー!」という掛け声とともに楽しそうに四股を踏んでいました。日ごろラグビーで鍛えている生徒達が、蹲踞と四股の練習の後、「太ももの筋肉が痛い!」と驚いていましたが、はじめての相撲体験には皆、興奮気味でした。

日本語アドバイザーはまた、コーディネーターの仕事もします。アイルランドに留学やワーキングホリデーで滞在中の邦人で日本語教育のバックグラウンドを持ち、高校の日本語教育に興味のある人を探し、その人達とPPLIと高校の先生を結んで、ボランティア・アシスタントをお願いしました。アシスタント受け入れ側にも日本人アシスタント側にも喜ばれましたが、特に生徒が大喜びで、とてもよい日本語の授業ができたと聞くと、こちらもホッとして、嬉しくなりました。

私のアイルランドでの任期はもうすぐ終わりますが、これからも、アイルランドで経験した日本語教育のあれこれを人々に伝えて、日本でのアイルランド・サポーターを増やし、アイルランドの日本語教育を応援していきたいと思っています。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
Department of Education and Skills, Ireland 
(PPLI: Post-Primary Languages Initiative)
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
Post-Primary Languages Initiativeは、教育技術省(現在の教育・技能省)のもとNational Development Planの予算で2000年に設立された。中等教育機関で外国語として教えられていたフランス語とドイツ語に加え、新たに4つの外国語(日本語、イタリア語、スペイン語、ロシア語)の促進を目的に始まったが、現在ではフランス語、ドイツ語、Sign Languageも加えた現代語教育発展のために支援を行っている。国際交流基金日本語専門家は日本語教育アドバイザーとして高校の日本語教育支援を中心に、アイルランドの日本語教育全般のサポートを行っている。
所在地 Post-Primary Languages Initiative, Marino Institute of Education, Griffith Avenue, Dublin 9, Ireland
国際交流基金からの派遣者数 上級専門家:1名
国際交流基金からの派遣開始年 2005年~2007年、2008年~
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