世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)違うことは良いことだ!

ロンドン日本文化センター
根津誠

筆者は国際交流基金(以下、基金)の海外拠点の一つ、ロンドン日本文化センターで、小学校への日本語教育導入の支援を中心に、教師研修や教材作成、日本語講座運営、ネットワーク支援などの業務を行っています。今回は、2015年1月にロンドンに赴任して前任者の仕事を引き継いでから最初のレポーですので、まずは赴任後の率直な驚きからご報告します。

懐かしい多文化社会

小学校事務室の掲示の写真
小学校事務室の掲示(ロンドン西部)

私にとって英国は、基金からの派遣先としては、オーストラリア、マレーシアに続いて3か国目です。過去の2か国とも英国と深い関わりがあるだけに、社会制度や教育制度など多くの共通点があります。英国で暮らす中でふと親近感を覚えたり、あのシステムはここから来ていたのか、と手を打って納得したりすることもしばしばです。また、前の2か国とも多文化、多民族社会ですし、そもそも日本語教育という仕事柄、多文化社会には慣れていたつもりですが、英国の特に都市部では、想像以上に様々な人々が入り混じって都市生活を支えていて、互いに違うことを認め合う素地があるようです。学校現場でも同じです。写真は、初等教育段階における日本語教育の教材の開発、試用のために毎週日本語を教えさせてもらっている小学校の、事務室前にあった掲示です。上から中国語、英語、ペルシャ語、ソマリ語、グジャラート語、ウルドゥー語で「事務室」とあり、児童や保護者、新しく子どもを入学させたい人などが毎日出入りします。2015年1月の教育省のデータによると、イングランドの公立学校での生徒で、家庭内で英語以外の言語が話されている割合は中等教育で15%、初等教育で19.4%に上ります。多言語化はロンドンに限ったことではなく、先ごろイングランド南西部の小学校で「ジャパン・デー」という日本文化イベントに招かれた際、校長先生に聞いたところ、地方都市でも言語、文化の多様化が急速に進んでいるとのことでした。教室の中では、文化、言語だけでなく、宗教や考え方、教育上の特別の支援なども含めて、違うことへの生徒の許容度を高くしよう、という学校の姿勢を感じます。

初心者向けから本格的日本語教育まで

小学校教員向け研修会の写真
小学校教員向け研修会

次に感じ入ったことは日本語教育の層の厚さです。ロンドン日本文化センターでは、一般の学習者を対象とした短期日本語講座も開催しています。基金のほかの事務所と同様、日本語ゼロの人を対象にした、日本文化とからめた楽しい講座は人気抜群で、すぐに定員が埋まります(くわしくは指導助手レポートを参照)。それだけでなく、上級コースの参加者を募集しても、日本滞在経験の長い人や、日本語能力試験N1合格者がぞろぞろ集まってきます。これは今まで私があまり経験しなかった状況で、JETプログラムを始めとするさまざまな国際交流、長年の日本とのビジネス、文化、学術における交流が盛んであることを感じます。日本語弁論大会も、英国では中等教育、大学生、ビジネス日本語について毎年別々に開催されていて、中等教育や大学生ではそれぞれの中で学習段階や内容に応じてさらに3部門に分かれて、堂々とした内容と日本語で競い合います。このような層の厚さを支えているのは、何といっても学習者に教える先生方です。中等教育の先生方は、くるくるかわる教育政策や試験制度と格闘しながら、生徒の興味を高める工夫をこらしています。高等教育を中心とした英国日本語教育学会は、年次大会、セミナー、研修会など、イベントのない月がほとんどないくらい活発で、それを支える先生方の熱意に驚きました。

外部からの専門家として目指すこと

このような英国の状況において、私たちが初等教育支援に取り組む指針として掲げているのは、前任者の報告に書かれている「市民育成のための日本語教育」です。上述のような多文化社会で生きていく子どもたちにとって、隣の人が自分と違うことを理解、尊重し、日本語を学ぶことで隣の人にも優しくなれるような教育を提供することは、JF日本語教育スタンダードで基金が提唱する「相互理解のための日本語」と一致するところです。英国の学校には違うことを尊重する素地があるので、教材や研修会などの機会を利用して私たちの理念を共有していけるでしょう。一方で課題に感じていることは、上の「市民育成のための日本語教育」と本格的日本語教育をどのようにつなげばよいのかという点です。例えば、子どもから大人まで、また視野を広げることを重視した教育から専門的な日本語まで、別々のものではなく、英国全体の課題として共有し、つなげていくためには、どのように支援していけばよいのか、欧州のほかの専門家とも協力しながら、外からの視点も保ちつつ、新入りの仲間として貢献していきたいと思います。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
The Japan Foundation, London
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
ロンドン日本文化センターは1997年に日本語センターを開設。その業務は、JF日本語講座、当地の教育情報の収集と支援事業の企画・実施である。
  • 教材開発と提供:初等教育用には「Japanese Scheme of Work」「Ready Steady NihonGo!」、中等教育用にはリソース群「力CHIKARA」を開発、公開している。
  • 初中等各校における日本語導入促進を目的とした出張授業、教師研修会や日本語コース、教育情報を提供するコースなどを実施している。
  • このほか、スピーチコンテストの実施、英国日本語教育学会との共催事業、ウェブサイトを通しての情報提供などを行っている。
所在地 Lion Court, 25 Procter Street, Holborn, London WC1V 6NY, UK
国際交流基金からの派遣者数 上級専門家:1名 日本語指導助手:1名
国際交流基金からの派遣開始年 1997年
What We Do事業内容を知る