世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)ジャカルタ日本文化センターの日本語教育支援

国際交流基金ジャカルタ日本文化センター
八田直美・青沼国夫・相場康子・久野元・平岩桂子・渡辺由美

ジャカルタ日本文化センター(以下、センター)では、日本語上級専門家5名、専門家1名、そしてインドネシア人講師4名が日本語教育支援を担当しています。私達の業務は、日本語教師支援、JF講座、EPA*に基づくインドネシア人看護師・介護福祉士候補者予備教育事業、“日本語パートナーズ”**活動支援の4つに分かれています。

*日本とインドネシアの経済連携協定
**国際交流基金アジアセンター事業

『まるごと 日本のことばと文化』、インドネシア版ができました!(八田)

ジャカルタでの出版記念セミナーの画像
ジャカルタでの出版記念セミナー

それぞれの機関に合ったカリキュラム開発を支援するツールとして、2010年に発表されたJF日本語教育スタンダード(以下、JFスタンダード)、そして、JFスタンダード準拠コースブックとして2013年に出版された『まるごと 日本のことばと文化』(以下、『まるごと』)ですが、専門家を中心にインドネシア各地の日本語教育関係者に積極的に広報してきました。その甲斐あって、この度、初めての海外出版として『まるごと』(入門、A1)がインドネシアで出ました。

現地の紙のサイズに合わせて一回り小さめ、うっすらベージュの紙は目にやさしく、オリジナル版より書き込みしやすそうです。でも、フルカラーの写真やイラストはオリジナル同様、鮮明で目をひきます。何より、JFスタンダードにそった学び方や、学習目標のCan-do、評価方法などがインドネシア語で書かれているので、使って勉強する人はもちろん、日本人専門家もセミナーや研修がとても進めやすくなりました。出版社のオンラインショップ、各地の大手書店などでも入手でき、価格も「かつどう」が85,000ルピア、「りかい」が90,000ルピアとおてごろです(10,000ルピア≒82円、2016年6月現在)。

4月30日にセンターで開催した現地出版後最初のセミナーでは、約70人の日本語教師が参加しました。ジャカルタ市内だけでなく、バンドンから泊りがけできてくれた先生もいました。本の概要説明に続いて、短い模擬授業も体験してもらいました。参加者が教えている対象者がさまざまなので、それに合わせていろいろな質問やコメントが出ました。大学教師は、「中級や上級の学習はどうなるの?」、高校教師は、「写真やイラストが魅力的だけど、授業時間に合わせられる?」、技術研修生送り出し機関の教師は、「実用的な場面と会話がよさそう」…、などなど。「いろいろな練習があるけど、教師があまり文法説明しなくても大丈夫?」それには、センターで『まるごと』を使って3年半教えてきたインドネシア人講師が経験談で答えます。「成人学習者は、日本語はゼロかもしれませんが、それぞれが大人としての知識や経験を持っています。それらを総動員して、クラスメートと協力しながら、ことばの使い方と仕組みを発見しています。そして、そうした学び方を楽しんでいます。」現地での使用例を興味深く聞き入る参加者を見ながら、これから『まるごと』がどんなふうにインドネシアに根付いていくのか、楽しみになりました。

今後、ほかの地方でも『まるごと』セミナーを開催していく予定です。

ともに学び、ともに成長するEPA日本語研修(青沼、相場、久野、平岩)

閉講式を迎えた候補者たちの画像
閉講式を迎えた候補者たち

EPAに基づくインドネシア人看護師・介護福祉士候補者に対する日本語予備教育事業」が5月25日の閉講式をもって第9期の研修が終了しました。今期第9期は看護師候補者51名、介護福祉士候補者240名、合計291名が受講しました。20歳から35歳までの男女(男女比1:2)が南ジャカルタにある教育文化省語学教員研修所に集結しました(平均年齢は23歳~25歳)。研修途中で健康上の理由などで辞退した候補者が7名出て、最後まで終えたのは284名でした。

この研修は「日本語力」「社会文化理解力」「自律学習能力」の育成を目指して6ヶ月間、毎日連続して行う日本語の集中トレーニングです。講師陣は日本から派遣された日本人24名とインドネシアで採用されたインドネシア人26名です。両国の日本語講師がおよそ6名で1チームを編成し、2クラス(1クラスは10名から22名の候補者)を担当するという構成です。

6ヶ月間とはいえ、朝から晩まで「日本語漬け」の毎日でした。教える側も教わる側も「覚悟」がないと続きません。学習内容の精選、学習方法の工夫だけでなく、心理面、情緒面の配慮も大切です。研修の途中で疲れが出たためか、候補者、講師双方、中だるみの時期もありましたが、それでもお互いの協力と支え合う精神が発揮され、厳しい研修を乗り切り、一体感が生まれました。

インドネシア人候補者は持ち前の明るさと粘りで、宿題やクイズなどの毎日の課題に取り組んで日本語力を向上させました。研修当初は「おはようございます。」も言えなかった候補者が、最後は流暢な日本語で先生方に感謝の言葉を述べていました。この研修で培った「頑張る」精神、「やればできる」体験を日本での生活に勉強に仕事に活かして活躍してくれると確信しています。

この研修に携わった日本人講師たちからは、次のような感想が届いています。「研修に入る前は自分の教える技術だけを考えていましたが、研修を通して学習者一人ひとりに向き合いながら授業が進められるようになりました。」「様々な人と関われたことで自分の嫌な部分に気づき、目を向け反省できました。授業の教え方とともに、人との接し方など、改善するヒントが得られました。」等々。

候補者と講師が授業を通して研鑽し、候補者同士、講師同士もともにふれ合い学び合い、成長できた研修でした。

“日本語パートナーズ”3期、4期 ―地方展開へ大きな広がり、密度の濃い関係作りへ―(渡辺)

インドネシア人日本語教師のアシスタントとして日本語の授業をお手伝いしたり、日本文化を紹介する“日本語パートナーズ”(以下NP)。インドネシアでは1期、2期は主にジャカルタ近郊の高校のみに送られましたが、3期は東ジャワにも、4期はさらに中部ジャワ、ジョグジャカルタ、バリ、南スラウェシ、北スマトラ、西スマトラにも派遣されました。

私の業務は、NPの教務的な支援です。NPが派遣先校のカウンターパート(以下CP)の先生と一緒に協力して活動するためのワークショップ(以下WS)をNPの任期の最初、中間期と終了時に企画・実施しています。NPが派遣されて初めて自分のCPの先生と授業をしてみるWSNP任期の中間期には一緒に実施した活動を見直すWS、最後に活動を振り返ったりまとめるWSがあります。初めての協働作業では戸惑いを隠せないNPCPもいますが、言葉や価値観の違いを乗り越え、どのペアも生徒達のために一生懸命です。

NPが活動する学校を訪問し、授業を見て助言するのも私の業務です。NPからは「面白い漢字の教え方はありますか?」「生徒の発音をどうやって直してあげたらいいでしょうか?」「教師会の先生方と文法について勉強するための教材は?」など様々な相談があります。また、NPが作成した文化紹介のパワーポイントなどで、他のNPに紹介・共有したいものは「NPリソースバンク」にまとめてネット上で見られるようにしています。

「どうぞ」と客に茶菓子を出す亭主役の生徒の画像
「どうぞ」と客に茶菓子を出す亭主役の生徒

今回は地方に派遣されているNPCPと実施した活動を、1つご紹介します。北スマトラ・メダン(インドネシア第4の都市といわれる工業都市)にあるハラパン第一高校には、4期のNPが1名派遣されていました(2016年3月任期終了)。写真はそのNPCPの先生が茶道を紹介した時のものです。NPがインドネシア人の家に招待されたとき、インドネシア人のもてなし方は日本人の客への対応と随分違うと感じたそうです。そこで「日本のおもてなしを、茶道を通して知ってほしい」と思い、CPの先生と相談したのです。するとCPも「生徒におもてなしの精神を理解させたい」という意見で、お茶を飲むという行動を通し「どうぞ」「お先に」「いただきます」といった感謝や思いやりの言葉を学んでほしいと、二人で紹介の仕方を考えたそうです。この茶道紹介は、私が学校訪問したときに実施されました。生徒は興味津々でお茶を飲んでいました。「お茶は苦い、正座して足が痛い」だけではなく、「なぜ日本人はそうするのか?自分達と何が違うのか、同じところはあるのか?」と一緒に考えられた点が素晴らしかったです。また、茶道紹介を通して、NPCP、生徒の間により親密な関係が築けていた点も良かったと思います。

インドネシア全国の島々へ、活動の範囲を広げたNPですが、他のどの地域でも活き活きとした活動の様子がみられます。先生とも生徒達とも深く、濃く関わって日本への関心と日本文化に対する理解を深め、次へ繋げてほしいと願います。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
The Japan Foundation, Jakarta
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
国際交流基金ジャカルタ日本文化センターは、インドネシア各地の派遣日本語上級専門家・日本語専門家、インドネシアの各機関と連携をとりながら、インドネシアの日本語教育支援を行っている。中等教育では、国家教育文化省と協力して教材開発、教師研修を行っている。高等教育機関、民間の日本語教育に対しては、セミナー等を実施するほか、コンサルティングなども行っている。一般成人対象にJFスタンダード準拠日本語講座も開設している。2011年3月より、EPAに基づくインドネシア人看護師・介護福祉士候補者日本語予備教育事業も実施している。また、ニューズレター『EGAO』(季刊)を発行している。
所在地 Lantai 2-3, Summitmas I, Jl.Jend.Sudirman Kav. 61-62, Jakarta 12190, Indonesia
国際交流基金からの派遣者数 上級専門家:5名、専門家:1名
国際交流基金からの派遣開始年 1980年
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