世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) 日本留学を目指して —AAJ 30年の歩み—

マラヤ大学予備教育部日本留学特別コース
原田 明子・松浦 梓・五十嵐 裕佳

日本留学特別コース(AAJ)

原田 明子

マラヤ大学正門の写真
マラヤ大学正門

 常夏の国、マレーシアの首都クアラルンプール郊外に、マレーシア最高学府として知られるマラヤ大学があります。緑に囲まれ、南国特有の色鮮やかな花が咲き乱れるこの大学の一角に、私たちが働いている予備教育部、日本留学特別コース(Ambang Asuhan Jepun、以下AAJ)があります。

 マラヤ大学予備教育部は、マレーシアの大学に進学するための準備教育を担当する機関の1つですが、第4代首相マハティール 氏が提唱した「東方政策」の一環として、1982年、ここに日本留学のための2年間の特別コースが開設されました。東方政策とは、西欧諸国だけではなく、急激な発展を遂げた日本や韓国など東方諸国にも目を向け、その勤労倫理や経営哲学、技術を学んで、マレーシアの工業近代化を進めようというものでした。これまでに3,000人を超える留学生(主にマレー系)を日本へ送り出しています。今年は、プログラム開始後30周年に当たり、それを記念して各種のセミナーやイベントが行われています。しかし、この政策も一時の勢いはなく、日本経済の低迷と共に入学してくる学生の数も減少しているのが現状です。

 AAJの学生の一日は、とても忙しいです。授業は朝8時から夕方6時まで一日9時間あります。日本語だけではなく、理系科目(物理、化学、数学)や英語も勉強します。理系科目に関しては、1年後半からは日本語での授業となりますから、まさに日本語漬けの毎日です。学生は全員、大学構内の寮に住み、そこから通っているので、友達同士お互いに助け合い、切磋琢磨しながら勉強をしています。

 とはいえ、行事もたくさんあります。スポーツ大会、弁論大会、日系企業訪問、マレーシア在住日本人や日本からの修学旅行生との交流会、日本人家庭訪問などです。また、日本語授業の一環として、書道や俳句、ディベートやプロジェクトワークもあり、学生たちはハードなスケジュールの中でも、楽しく日本語を勉強しています。

 AAJに派遣されている専門家の仕事は、多岐にわたります。毎日の日本語授業やその準備はもちろんのこと、コースデザイン、コース運営、カリキュラム・教材作成、クイズ・テスト問題作成、さまざまなイベントの準備や指導等々。その合間には、さまざまな会議にも出席します。学科会議、学年会議、理系科目の教師との連絡会議、技能班会議・・・。また、教授経験の浅いマレー人教師の研修や日本に長期研修へ行く教師のサポート、研修会での発表指導も専門家の重要な仕事となっています。

 以下は、具体的な学生の様子や専門家の仕事ぶりについての報告です。

「先輩の体験を聴く会」を通して感じる絆

松浦 梓

全体での卒業生来校歓迎の写真
全体での卒業生来校歓迎

 AAJプログラムは、これまで多くの卒業生を輩出し、日本留学を終え帰国した卒業生は、現在、様々な分野で活躍しています。その先輩の貴重な体験を共有させてもらう場として、毎年「先輩の体験を聴く会」という交流会を開催しています。

 この会の目的は、単に進路決定に必要な情報を得るだけでなく、日々の勉強の大変さから下がりがちな学生のモチベーションを高め、再び日本留学への気持ちを鼓舞していくというものです。進路決定に関する情報や日本の大学の様子は、日本語科教員だけでは提供できないものも多く、学生にとって非常に貴重な機会となっています。日本での留学生活に関する疑問や不安に答えてもらえるというのも、学生にとって有り難いことです。

 会は、全体で卒業生の来校を歓迎した後、グループごとに分かれ、和やかな雰囲気の中で先輩後輩の交流が行われます。学生も熱心に先輩の話に聞き入り、日頃おとなしい学生も積極的に質問をしているのが印象的でした。

グループに分かれての交流の写真
グループに分かれての交流

 この会での日本語専門家の役割は、AAJ同窓会との事前連絡や当日の運営、参加者へのアンケート実施などです。先方との連絡がなかなかスムーズにとれず、時間に関する文化の違いを再認識することもありましたが、現地マレー人教員にマレー語で再度連絡をとってもらい、うまく間を取り持ってもらえました。当日もキャンセルや突然の参加などで、事前に把握していた人数と違っていたりということもありましたが、来てくださった先輩の数に合わせて、グループへの振り分けを変更したりなどして、臨機応変に対応しました。

 昨年度のフィードバックに「話の内容が生活一般に偏りがちなので、もう少し進路決定に有益な情報を得たい」というものがあったため、今年度は「進路を決める上で、より参考になる話を聞ける場」にできるように準備を進めています。過去の蓄積を活かし、さらに次年度へつなげていけるのは、AAJに歴史があるからこそだと思います。

 このように、「先輩の体験を聴く会」を通して、AAJ卒業生と学生との縦のつながりの強さ、学生の日本留学に対する熱意、AAJの歴史を感じることができます。AAJでの日本語教育に携われることを改めて光栄に思うと同時に、今AAJで学んでいる学生が、将来日本へ留学し、成長した先輩となってまた母校へ戻り、後輩に自分の体験を伝えていく、というこのAAJの絆が今後も続いていけばと願わずにはいられません。

マレー人教師との協働を通して

五十嵐 裕佳

 AAJで日本語指導に携わっているのは、ネイティブの日本人教師だけではありません。日本語科教員の半分がノンネイティブであるマレー人教師です。その多くがAAJ出身者であり、私たち日本人教師にとっては頼もしい同僚といえます。

 教材作成、シラバスやカリキュラムに関する打ち合わせ、学生指導など、ほぼ全ての業務を日本人教師とマレー人教師で意見交換をしながら、協力し合うことで進めています。その業務の中でも、お互いの特性を最大限に生かした協働作業が「文法打ち合わせ」と呼ばれるミーティングです。この場において、私たちは初級から中級にかけての文法項目を導入、練習する際の留意点などを話し合っています。

「文法打ち合わせ会」の様子の写真
「文法打ち合わせ会」の様子

 今年度が6年目となる「文法打ち合わせ」ですが、昨年度までは数名の教員で構成されるブロックごとに行っていました。しかし、今まで以上に活発な意見交換、知識の共有を期待し、今年度は1年生を担当する教員全員で行うことにしました。

 この「文法打ち合わせ」、既に何度も指導したことのある文型ばかりのはずですが、様々なバックグラウンドを持つ教師が参加しているためか、毎回新たな気づきが得られます。私たち日本人教師からは、ネイティブならではの文法的・社会言語学的な観点からの注意事項を共有し、そしてマレー人教師からは、彼ら自身が学習者として困難を感じた部分や、マレー語との対照言語学的な知見を共有してもらっています。

 「文法打ち合わせ」における積極的な発言や、マレーシア国内で行われる研究会やセミナーでの発表にも意欲的であることから、マレー人教師はみな、日々自己研鑽に努める意識の高い教師であることがわかります。その日本語教育への熱心な姿勢は、私たち日本人教師にいい刺激を与えています。また、AAJの学生たちにとって、マレー人教師は単なる日本語教師ではなく、日本留学をすでに経験した自らのロールモデルになるAAJの大先輩です。日本語学習に関してだけではなく、留学や進路に関する相談にも経験に基づいたアドバイスをくれる、とても頼れる存在と言えるでしょう。

 このような堅固な縦のつながりがあるのも、このAAJが歴史あるプログラムであるからです。この歴史あるプログラムにおいて、私たち日本人教師とマレー教師は協力し合い、学生の日本留学が実現できるように尽力しています。やがて現在指導している学生が日本留学を経て、未来のAAJの学生にとって頼もしい先輩になってくれるのであれば、これほど嬉しいことはありません。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
Gateway to Japan, Center for Foundation Studies in Science, University of Malaya
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
1981年にマハティール首相の提唱した東方政策に基づき、その翌年から日本の大学及び高等専門学校への留学、産業技術研修のための渡日前日本語教育が始まった。その一環として、マラヤ大学予備教育部にも日本留学特別コースが設置され、学生は2年間の予備教育終了後、日本の大学に留学する。現在、基金が日本語専門家12名、文部科学省が教科教師16名を派遣しているほか、マラヤ大学で13名のマレーシア人日本語教師と1名の日本人教師を現地雇用している。専門家は日本語授業担当、教材作成、カリキュラム作成、新人教師研修等を行っている。
所在地 AAJ, PAS, UNIVERSITI MALAYA, 50603, KUALA LUMPUR, MALAYSIA
国際交流基金からの派遣者数 上級専門家:3名、専門家:9名
日本語講座の所属学部、
学科名称
マラヤ大学予備教育部日本留学特別コース
日本語講座の概要
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