世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)「それならば、『まるごと』はいかがですか。」

国際交流基金クアラルンプール日本文化センター
三浦多佳史 近藤麻衣子

マレーシアの日本語学習者は2015年の調査で約33,000人強である。クアラルンプールの近郊シャーアラムという町にあるマラ工科大学(UiTM)で日本語を学ぶ学習者の数は3,000人を超えている。マレーシア全体の学習者数の1割近い人が、ここUiTMで学んでいることになる。もちろんマレーシアの日本語学習機関で最大の学習者数を誇る。2019年9月の新学期から、このUiTMの日本語コースの主教材として、国際交流基金のオフィシャルコースブック『まるごと日本のことばと文化』が採用されることが決まった。

マレーシアの高等教育機関で学ぶ学習者は、このUiTMを含めてそのほとんどが選択科目の一つとして日本語を学ぶ人たちである。学習期間は1学期の人が多く、長くても3学期と短い。1学期がおおむね25時間程度の学習時間であるから、どんなに長く学んでも80時間程度ということになる。

高等教育機関の先生方は、「学習時間が短いので、どの教科書を使っても中途半端で、何をやっているのかよくわからない」「短い時間でも学生たちが満足いくようなコースにしたいが、どうしてよいかわからない」といったお話をよくされていた。

『まるごと』は1課ごとに目標がCan-doという形で具体的に明示されており、その日学習して、何ができるようになったかを実感しやすい。マレーシアの多くの学習者のように短い時間で学ぶ学習者には大変適した教材であると、私は思う。そこで、すでに『まるごと』を使っていただいている高等教育機関の先生とも協力しながら、あちこちの機関を回って『まるごと』の紹介・説明に努めた。その結果、この教材の良さを少しでも理解いただけた人が増えたと思う。

しかし、今度は「『まるごと』は魅力的だが、値段が高くて現実的でない」というような、非常に切実な声も聞かれた。それならば、ということで、『まるごと』をマレーシアで出版して、学習者の手が届く価格にすることができれば、使いたいと言ってくださる学校で、もっと手軽に使えるようになるのではないか。マレーシアの多くの人々は幸い英語が使えるので、日本版の中身をほとんど変えずに出版できる。早速出版社探しを始めて、企画から9か月で『まるごと入門A1かつどう・りかい』マレーシア版の出版が実現した。価格は日本版を輸入して買う値段の、およそ半額に抑えることができた。

『まるごと日本のことばと文化 入門A1』マレーシア版の写真
『まるごと日本のことばと文化 入門A1』マレーシア版

新しい教科書を携えてマレーシア全国7か所とシンガポールで、計9回の紹介セミナーを実施した。出版社の好意で、セミナーに参加いただいた先生方には無料で『まるごと』マレーシア版を寄贈した。この地道な広報の成果で、現在ではシンガポールの2機関を含めて15機関で『まるごと』を教材として採用いただき、出版から1年後には初版3,000部がなくなって増刷することになった。

大勢の先生が集まったクアラルンプールでの『まるごと』マレーシア版紹介セミナーの写真
大勢の先生が集まったクアラルンプールでの『まるごと』マレーシア版紹介セミナー

冒頭紹介したUiTMは、もう一度言うが学習者数3,000名を超えるマレーシア最大の日本語学習機関である。日本語を教える教師も20名近い。私たちはこの学校の先生方と何度も話をし、頼まれれば先生方全員を対象とした『まるごと』セミナーも、シャーアラムまで出かけて行って開催した。UiTMの先生方も主教材を変えるという大きな仕事を、あきらめずに学内への説明を続け、ついに実現しそうになっている。専門家が最初に説明に行ってからほぼ3年の年月が経っている。

その後『まるごと』を使ってくださっている先生方から声が上がり、現在『まるごと初級1A2かつどう・りかい』マレーシア版の制作を進めている。2019年の6月頃の出版を目指して作業中である。出来上がったら、またこれをもって全国の先生方に紹介して回れればと思っている。

『まるごと』は特徴的な教材である。これが最良の教材であるなどとは微塵にも思っていない。しかしながら、少ない学習時間で学ぶ人たちには適している、と信じて活動を続けている。そういった活動が実って、それから「よかった」と言ってもらえたら、とてもうれしい。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称 クアラルンプール日本文化センター
The Japan Foundation, Kuala Lumpur
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
国際交流基金の海外拠点のひとつ。マレーシアの各機関と連携し、日本語教育に関する幅広い業務を行っている。教師全般に対する支援として、各種セミナー、研修会の立案・実施、「マレーシア日本語教育セミナー」「マレーシア日本語教育研究発表会」の開催など。中等教育機関に対しては、中等教師向けの研修会の立案・実施、教師養成コースへの協力などをおこなっている。学習者支援としては、弁論大会の実施、JF日本語講座の運営などのほかに、「みなと」を使ったオンライン講座や、「みなと」をはじめとする国際交流基金作成ウェブサイトの紹介ブース出展等、広報活動も実施している。
所在地 18th Floor, Northpoint, Block B, Mid-Valley City, No.1, Medan Syed Putra, 59200 Kuala Lumpur, Malaysia
国際交流基金からの派遣者数 上級専門家:1名、専門家:1名
国際交流基金からの派遣開始年 1995年

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