世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)私の思う「先生像」を伝えたくて

バンコク日本文化センター(タイ東北部中等教育機関)
蜂須賀 真希子

「ナコンラーチャーシーマー」

この呪文のような言葉は、バンコクから長距離バスで約4時間、東北部の玄関口であるタイで一番広い県の名前です。この町で、タイ東北部中等教育担当日本語専門家(以下、専門家)は「東北部全体への中等教育支援」と「配属先校支援」を主なミッションとして活動しています。

1.タイ東北部全体への中等教育支援

タイの東北部には20の県があり、ほぼすべての県に複数の日本語教育を行っている中等教育機関があります。日本語は第二外国語として人気の科目であり、専攻課程を設けている学校も多いです。専門家はこれらの学校を訪問し、先生方と情報交換をしたり、学校や学習環境、日本語科目が置かれている状況などを教えてもらいます。時には外国語科長や校長と面会することもあります。中でも大きな役割は、日本語の授業を見学し、先生方にフィードバックすることです。多くの学校が専門家の訪問を温かく迎え入れ、先生方は授業や活動に対する専門家のアドバイスに真剣に耳を傾けてくれます。

『まるごと』セミナーの様子
『まるごと』セミナー
「コンセプトが伝わりますように…」

東北部の日本語教育実施機関は、昨年1年間に耳にしただけでも150機関以上。到底一つの学校に何度も訪問できる数ではありません。しかも、最短で乗合バン2時間、ラオスと国境を接する地域への訪問は長距離バスで7時間以上かかることもあります。それでも任期中、1校でも多く訪問し、1人でも多くの先生とお話ししたい!なぜなら、バンコクなどの有名都市とは違い、東北部在住日本人は多くありません。日本人教師を雇用している学校はほんの一握り。’’日本語パートナーズ”事業でやってくる「生の日本人」は大いに歓迎されています。それでも、まだ田舎の小さな町や村では日本人を見たことのない生徒がほとんど。そんな学校の先生は日常的な日本人との接点がない中で、生徒たちに日本や日本語に今よりもっと興味を持ってもらおうと孤軍奮闘しています。そんな先生方に寄り添い、何でも気軽に相談できる関係を築きたいと思っています。

タイでも近年、教育省から21世紀型スキルの育成、またActive Learningを推奨する新たな政策が打ち出されました。また、2013年から2017年まで実施された「タイ中等教育公務員日本語教員養成研修(以下、OBEC研修)」の最終年度の修了生が2018年度に続々と着任し、教師として歩み始めました。今、まさに日本語教育の現場が変わろうとしています。そして、その変化を支えるのも専門家の大きなミッションです。2018年度「タイ東北部日本語教育研修」として、国際交流基金開発の教材『まるごと 日本のことばと文化』(以下、『まるごと』)のコンセプトを紹介するセミナーを東北部2か所で実施しました。タイの中等教育ではバンコク日本文化センターが開発した『あきこと友だち』が多くの学校で主教材として使用されています。しかし、「自ら気づき考える」コンセプトを十分に活かせている先生は少ないと感じます。このコンセプトは『まるごと』とも共通します。これからは「自分のチカラで学んでいく学習者を育てる」ことが、教師の大きな役割になるんだと伝えたくて始めました。

今後も、『まるごと』を教材に東北全域を回って研修を実施し、新しい時代の「先生像」を伝えたいと思っています。

2.配属先校支援

もう一つのミッションが配属先校の日本語教育支援です。配属先校は「スラナリー・ウィッタヤー校」という東北部では有名な中高一貫の伝統ある女子高校です。2018年度、先述のOBEC研修修了生が新任教師として着任しました。専門家はこのタイ人教師を中心に他3名の教師とも協力し、授業や活動のアイディアを一緒に考えたり、授業のサポートに入ります。共に考え、活動していくことで私の思う「先生像」を彼らに伝えられたらいいなと思っています。

生徒が飽きない工夫がされた授業の写真
生徒が飽きない工夫がいっぱいの授業

この「現場教師」という視点を、アドバイザーとしての視点と同時に持つことができるスラナリー校での業務にも大きな意味があると考えています。専門家自身が日本語(日本人)ネイティブとして存在するだけでなく、タイの先生方の考え方や働き方、生徒たちの学習スタイルや流行などを体感することができるからです。この「現場教師」の視点がなければ、先生方の関心を引き、「取り入れてみよう」と思ってもらえる研修を企画するのは難しいでしょう。出張で、何日もスラナリー校を空けても温かく迎えてくれる学校も同僚も、私にとって大きな存在です。

ソンクラーン(タイ正月)が明けた5月は新学期。今年はどんな新入生がやってきて、どんな授業に目をキラキラさせてくれるでしょうか。

今年もタイ東北部の日本語教育がさらに充実、発展するよう、20県を駆け巡り、新しい出会いと発見を楽しみにしたいと思います。

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