世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)EUの新入生として

ブカレスト大学
大谷 英樹

EU加盟国としてのルーマニア

「国民の館」 革命後のルーマニアでは観光スポットに
「国民の館」
革命後のルーマニアでは観光スポットに

2007年にEUに加盟し、「革命」から25年を経た現在のルーマニアは、ヨーロッパの新興国として大きな変革を遂げようとしている。こうした中で、国の将来を担う人材の育成は重要課題であり、当地の日本語教育を支援する側としては、語学教育のみならず人材育成と言う側面からも考える必要がある。

日本語専門家(以下、専門家)と日本語指導助手に期待されている役割は多岐に渡り、カリキュラムや教材の開発、研修会やワークショップの開催などを中心に、ルーマニア全体の日本語教育支援を行っている。特に派遣先であるブカレスト大学は、多方面において優秀な人材を輩出し、ルーマニアにおける日本語教育の中心的役割を果たしてきている。ルーマニアがEU加盟国となり、域内の人的交流が盛んになった現在では、卒業生は以前にも増して労働環境が厳しくなった社会で職を見つけ、自立していかねばならない。残念ながら、ルーマニア国内では(欧州域内でも)日本語を生かせる仕事は多くなく、卒業生は英語やドイツ語など、欧州言語を中心にして職探しをしていかざるを得ないのである。

知識中心から、自律学習へ

学生のポートフォリオ(漢字の勉強)
学生のポートフォリオ
(漢字の勉強)

そこで、日本語学科のカリキュラム改訂にあたり特に考慮したのは、「学生が卒業後も様々な環境で日本語を自律的に学び、それを社会生活に生かせる」ということであった。従来の伝統的な学習方法は「知識伝授型」が主流で、教室は権威ある専門の教授が中心となった知識習得の場であるという認識が強い。

そこに新たな試みとして、「ポートフォリオ」を加えることにした。これは欧州の言語教育で導入されているCEFR(Common European Framework for References of Languages)が提唱する「ヨーロッパ言語ポートフォリオ(European Language Portfolio)」を参考にしたもので、宿題や小テスト(間違いを復習したもの)や、教室外での学習の記録などをファイルし学期末に提出、評価の一部とすることで、学生が自律的に学習を進めていくための足がかりとなることを目指した。

日本語だけではない、「学び」の体験

授業の進度においても、従来は各教師に一任されていたものが、ポートフォリオの導入により「課の導入」―「宿題提出」―「小テスト」という統一した流れができあがり、カリキュラム全体が教師にも学生にも把握しやすくなった。2言語を並行履修している学生達にはかなりの負担であったと思われるが、皆実直に努力を重ね、確実に日本語の基礎力を上げてきている。現3年生(最終学年)は新カリキュラムで1年半勉強したグループであるが、日本語能力試験のN3に合格した学生達の感想は「初めは無理だと思ったけれど、先生が期待してくれて日本語力がついた」「宿題や小テストは大変だったけれど、気づいたら日本語力が上がっていた」という嬉しいものであった。

目標を定め、計画し、それを着実に実行する、という地道な努力の積み重ねの大切さを日本語学習の過程で学生に実体験してもらい、ある程度の好感触を得たことは、当地の日本語教育を支援する専門家にとって大変有難いことである。この体験を卒業生が今後の人生でどのように生かしていくのか、それは10年後、20年後になってみなければ分からないことかもしれないが、国の将来を担う人材として大きく成長していって欲しいというのが、報告者の切なる願いである。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
University of Bucharest
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
ルーマニアには、日本語を主専攻、あるいは副専攻としている大学が3校ある。ブカレスト大学の日本語学科は、ルーマニア国内の日本語教育、日本文学研究の中心である。日本語だけでなく日本文学、日本文化について幅広い知識を身につけるための教育が行われている。専門家は日本語学科での日本語教授、カリキュラム・教材作成に対する助言、現地教師の育成を行う。
所在地 Bulevard Mihai Kogalniceanu nr.36-46, Sector5, Bucharest
国際交流基金からの派遣者数 専門家:1名
指導助手:1名
日本語講座の所属学部、
学科名称
ブカレスト大学外国語外国文学部日本語学科
日本語講座の概要
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