世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)大学とJF講座におけるモスクワの日本語教育

モスクワ国立大学アジア・アフリカ諸国大学
森林謙

この数年、日本とロシア、両国間の関係は過去に例を見ないほど活発な動きを見せています。来年、2018年は「ロシアにおける日本年」及び「日本におけるロシア年」ですし、サッカーワールドカップロシア大会も開催されます。今年以降、これまで以上にロシアが注目される時期となると言えるでしょう。

1. 大学における役割

ISAAと学生たちの画像
ISAAと学生たち

モスクワ国立大学は1755年創立、ロシアを代表する大学です。日本語専門家(以下、専門家)が派遣される日本語学科はその一機関であるアジア・アフリカ諸国大学(以下、ISAA)に属し、大学の建物はナポレオンによるモスクワ侵攻以前から建てられたもので非常に歴史を感じさせる佇まいです。建物内には日本からの職人が建てたという裏千家の茶室もあります。通りの反対側には、観光客の集まるクレムリン、赤の広場があり、まさにモスクワの中心に位置しています。

ISAA日本語学科の学生たちは、政治・経済、言語・文学、歴史とそれぞれの専攻を持ち、月曜日から土曜日まで日本及び日本語のエキスパートである教授陣から熱く厳しい指導を受けています。大学ではもちろんのこと、寮や自宅でも非常に多くの課題に取り組んでいるため、アルバイトなどをする時間的余裕はまったくないようです。

しかし、文化祭や大学の行事などでは、学生たちによる歌やダンス、演劇などが披露されることがあります。普段のクラスとはまったく異なる様子やコスプレ姿などに驚かされることもあり、このような場は学生たちの持つ多面性を再認識する機会となります。

歴史と伝統のあるISAAにおける専門家としての役割ですが、まず、ロシアにおけるISAAの国家・社会的な位置づけと役割を踏まえつつ、「自分について表現」する活動に重点を置いています。日々のハードな学生生活を通して身に着けた知識を、社会と自身の関係性や在り方を考えつつ、相互行為を通した表現活動を目指しています。

2. JF講座(一般向け日本語講座)の持つ可能性

モスクワJF講座のビジターセッションの画像
モスクワJF講座のビジターセッション

モスクワにおけるJF講座は、現在入門から中級まで5レベル、10クラスで、約180名の受講者が『まるごと』を使って学習中です。(残念ながら2017年秋学期以降は縮小となりますが・・・)

今回はJF講座で毎学期実施されてきているビジターセッション(以下、VS)についてご紹介します。

VSというと、一般にゲームやおしゃべりなど楽しそうなイメージがあるように思いますが、「正しい日本語」観が根強くあるからなのか、日本語の間違いを恐れるあまりVSへの参加をためらう受講者も例年少なくないようです。

そこで、VS担当講師と受講者に以下についての理解と共有、確認を図ることにしました。

  • VSのゲストは受講者の日本語の正誤判定をするために参加するのではないこと
  • わからないことは悪いことや恥ずかしいことではなく、質問や確認をすればいいこと
  • VSは教科書などのモデル会話や「正しい日本語」を披露する場ではないこと
  • 大切なのはVSを通して伝わったことと伝わらなかったこと実感し、振り返ること

VS実施前には受講者も講師も不安を抱える面もありましたが、VS実施後のアンケートでは、「ゲストとのコミュニケーションを楽しめたか」という質問に対し、「大変満足」が約90%、「満足」が約10%、「どちらとも言えない」が約0.8%で、楽しめなかったという回答はありませんでした。コメントで多かったのは「VSの回数・時間数・ゲスト数の増加希望」で、その他「公園や美術館等、教室外での交流機会」というものもありました。実際にモスクワには素晴らしい美術館や公園が数多くあるので今後検討してみたいと思いました。

一方、ゲストとして参加する方々の多くは日本からの留学生やモスクワ在住者の方々なのですが、「参加してよかった」、「次回以降の参加も希望したい」という感想がすべての方からありました。また「熱心に日本語を学んでくれていることがうれしい」、「日本語でロシアやロシア人について知ることができる機会」というコメントもありました。

VSのやりとりを通しての新鮮な驚きや発見のある交流やおしゃべりなどはとにかく楽しいものなのだと思いますが、特に興味深かったのは、次のコメントです。

「回を重ねるうちにコミュニケーションのとり方を考えるようになった」
どのようなことかと尋ねてみると、「どうすれば伝わるか」「どうすればもっと盛り上がるか」「話の振り方」などについてこれまで特に考えたりしたことはないが、VS後の帰り道などであれこれと考えるようになった、とのことでした。

VSの受講者とゲスト、互いが楽しさを共有するだけでなく、それぞれにとっていかに意味のある時間を過ごす「場」としていくかは、VSの意義と継続性を考える上で非常に重要なことです。モスクワのJF講座の意義と可能性について今後も模索していきたいと思います。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称 モスクワ国立大学アジア・アフリカ諸国大学
Institute of Asian and African Studies, Moscow State University
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
本学は、アジア・アフリカ地域を対象とした研究と教育機関であり、モスクワ国立大学の一機関である。また、ロシア全体のアジア・アフリカ研究の指導期間であり、言語教育の共通シラバス策定も担っている。日本・日本語研究では、文学、日本語教科書の執筆、通訳等で第一線で活躍している教授陣が1950年代以降のロシアの日本語教育をけん引してきた。
専門家は本学で日本語のクラスを担当するとともに、モスクワのJF講座の管理運営、大使館の文化イベントにおける日本語ワークショップ実施等、日本語関連行事への協力も行っている。
所在地 Mokhovaya St., 11, Moscow, 125009 Russia
国際交流基金からの派遣者数 上級専門家:1名
日本語講座の所属学部、
学科名称
モスクワ国立大学アジア・アフリカ諸国大学(通称、ISAA)日本語学科
学生は日本語学科に所属するとともに、言語・文学、経済、政治、歴史、それぞれの専攻学科に所属する。
日本語講座の概要

沿革

コース種別

現地教授スタッフ

学生の履修状況

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