世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)

モスクワ市立教育大学
大田美紀

私は大学に派遣されていますが、主な任務はロシアにおける日本語教育支援、所謂アドバイザー業務です。日本語教育アドバイザーは文字通り日本語教育に関する相談を受け、アドバイスをすることもありますが、その他日本語教育の現場視察、調査を行ったり、必要な研修や会議を企画、実施したりもします。ロシアでのアドバイザー業務の醍醐味は何と言っても広大なロシア各地を訪問し、様々な町や人々と出会えることです。今回アドバイザー業務の一例をご紹介しますが、その前に簡単にロシア日本語教育の歴史と現状をお話したいと思います。

ロシアにおける日本語教育は古く、18世紀初頭ピョートル大帝の時代にまで遡ります。19世紀後半からサンクトペテルブルグ(当時は「ペテルブルグ」、その後ソ連時代は「レニングラード」)、モスクワ、極東地域の高等教育機関を中心に発展し、20世紀後半からはシベリア、ウラル、ヴォルガ沿岸といったロシアの他地域の大学でも日本語学科が設置されるようになりました。ソ連崩壊後は学校教育機関や民間機関でも日本語教育が実施されるようになり、また現在は個人授業やオンラインでの講座なども人気が高まっていますが、教師会活動や将来の教師育成、また教材開発の面においては、やはり歴史の長い高等教育機関が日本語教育全体をけん引しているのが現状です。

カザン連邦大学教師2名による機関紹介の画像
カザン連邦大学教師2名による機関紹介

現場訪問を通じ、高等教育機関における日本語教育も様々で、モスクワを中心に日本語教育の伝統が長い地域ではベテラン、また超ベテランの先生方が教鞭をとっていらっしゃる一方、ウラル地域やヴォルガ沿岸地域の大学では若手教師が中心に活躍しているのを目にしました。特にヴォルガ沿岸のタタールスタン共和国カザン連邦大学では、大学を卒業して間もない20代のロシア人教師2名が日本語講座を支えていました。他に日露青年交流センターより派遣されている日本人教師1名の協力も得て、メディアなど様々なリソースを用いた授業を実践したり、学年を超えた学内のコミュニティー活動を行うなど、この2名の教師が活き活きと日本語教育を楽しんでいる様子が非常に印象的でした。半面話を聞くと、今後の日本語講座運営をどのようにしていけばいいか、自分たちも教師としてどう成長していくかなど不安も抱えているようでした。もちろん、そう言った不安に対してアドバイスをするのが「アドバイザー業務」ですが、それだけではなく、同じような環境で切磋琢磨している教師と話したり、同じロシア人の先輩教師に相談する機会を設けることが彼らの役に立つのではないか思いました。また先輩教師には相談相手としてだけでなく、ロシア各地で活躍している若手教師の存在を知ってもらうことも大切だろうと考えました。

ニジニ・ノブゴロド言語大学教師による実践発表の画像
ニジニ・ノブゴロド言語大学教師による実践発表

「同年代の教師がつながってほしい」、「先輩に若手教師の活躍を知ってほしい」という思いで、2017年3月末に「教師ネットワーク会議」と「日本語教育実践・研究セミナー」を企画しました。西はサンクトペテルブルグ、東はウラジオストクやヤクーツクなど、ロシア10都市の日本語を主専攻とする大学13校から15名の若手教師が参加し、1日目はそれぞれの機関紹介、課題についての話し合い、2日目は希望者6名が日頃の教育実践や今後の研究希望について発表しました。モスクワ、ノボシビルスク、そしてユジノサハリンスクから計4名の先輩教師も参加してくださいました。教師経験約50年の大ベテランの先生もいる中、若手教師たちは緊張するのかな、先輩の先生方は若手教師の教育実践をどう受け止められるかな、などと思ったりもしましたが、若手教師たちは時には先輩教師の存在を忘れるほど自分たちでの話し合いに夢中になっていました。発表テーマの中には「ポートフォリオとしての日記活用の効果」や「継続的なコミュニケーションを作るためのInstagramの利用」といったロシアの教師会では通常見られないものもありました。先輩の先生方は「どんな活用方法、効果があるのか?」と最初は不思議そうに、でも興味を持って聞いてくださり、最後には温かい励ましの言葉をかけてくださいました。セミナー終了後、「若手教師から元気をもらった」、「多岐に渡る発表テーマが興味深かった」などのコメントもあり、若手から先輩に与える刺激も少なからずあったようです。

このようにロシアの日本語教育は古くからの伝統が息づいている中、新しい風が吹き始めています。新世代の教師たちは国内の伝統を受け継ぎつつ、自らの新たな試みを求めていくわけですが、そのためにはロシア国内だけでなく、日本やその他の国や地域の教師たちとのコミュニケーションも必要です。彼らがロシア以外の学会に参加するなど外の世界とつながっていく機会を作るのも今後のアドバイザー業務かな、と考えています。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称 モスクワ市立教育大学(略称:MGPU
Moscow City Teachers’ Training University
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
派遣先機関であるモスクワ市立教育大学は、初等・中等教育の教員養成の他、広く日本語専門家育成のための日本語教育が行われている。日本語専門家は同大学での授業を担当する他、ロシア全体の日本語教育状況の把握や、ネットワーク構築、教師支援といったアドバイザー業務を行っている。
所在地 Russia, 105064, M.Kazenny per., 5
国際交流基金からの派遣者数 上級専門家:1名
日本語講座の所属学部、
学科名称
言語学部 日本語学科、 東洋学部 日本語学科
日本語講座の概要

沿革

コース種別

現地教授スタッフ

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