世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)変化の風に吹かれて

ウクライナ日本センター
藤崎 泰典

ウクライナにおける日本語専門家の役割

昨年(2017年)7月にキエフ大学の日本語専門家が任期を終え、1996年に始まったキエフ大学への専門家派遣に終止符が打たれました。また、今年(2018年)8月にはキエフ言語大学への指導助手の派遣も終了します。それにともない、国際交流基金からウクライナに派遣される日本語専門家はウクライナ日本センター(以下、センター)に派遣されている専門家のみとなります。そのため、センターの専門家の職務は多岐にわたります。センターに関する仕事(週三回程度の日本語の授業、カリキュラムや教材作成など教務に関する仕事、経理事務や予算の作成など調整員の仕事)に加え、二人の専門家が抜けた後も支援活動に支障がないように、教師向け勉強会の開催、初中等教育機関への巡回訪問、教師会への支援を適宜行っています。また、ヨーロッパ第二の国土面積を誇るウクライナに点在する地方の日本語教育機関に対する教育支援や学習奨励活動も専門家の仕事になります。

初中級授業での多読授業の試み

首都キエフにあるウクライナ日本センターは、生涯教育の一環として日本語の授業を広く一般市民のために提供しています。レベルは7レベル(入門から中上級まで)あり、センターには、常時、250名~300名程度の学習者がいます。数年前から、国際交流基金から出版されている『まるごと』という日本語の教科書を入門・初級コースで使っており、楽しく勉強ができると評判です。おかげでセンターの学生数も増えました。しかしながら、市内には、社会人のための日本語学習機関が他に存在しないため、センターの扉を叩く学習者の中には、楽しいだけでは満足できない非常に意識の高い人が少なからずいます。

そのような意識の高い学習者を上のレベルのコースへ橋渡しするためには、もう少し体系的に文法を勉強したり、使用語彙を増やしていく必要があり、今年から三年目の学習者を対象に、四技能(聞く・話す・読む・書く)をバランスよく高めていく独自のカリキュラムを始めることにしました。文法の導入に始まり、口慣らしのための口頭練習、より実際に近い応用練習へとステップを踏むことで、学習事項が定着するように工夫しました。また、漢字をゼロからもう一度復習することにしました。そして、学習者にとって大きな壁になっている読解力養成のために、多読練習を授業に取り入れることにしました。

授業内で多読活動している写真
授業内の多読活動の様子

この試みに関して、はじめは、毎回テストもあるしこんなに厳しくしたら、みんな辞めてしまうのではないかと心配だったのですが、教師の心配をよそに、学生は新しいやり方に馴染んでくれています。特に、多読活動を楽しんでいる様子です。多読の時間になると、我先にと多読教材が置いてある場所へと飛んで行きます。普段は会話の苦手な学生でも、多読の時間になると目がキラキラと輝いていたり、「この本好きだから」と言って、同じ本を繰り返し読んだりしている学生もいます。多読の記録帳には、「すごい!」「感動した」など、学生の純粋な反応が書かれています。日常的に日本人に接することのない土地で日本語を学習する人達にとって、意味のある言語活動とは何か教師に示唆するものがたくさんあります。

革命後・教師たち・今の課題

現在、キエフは2014年のマイダン革命を経て、平静を取り戻しています。しかしながら、政情は相変わらず不安定で、日本を含めた西側諸国からの多大な投資や援助があるにもかかわらず、経済は滞ったままです。豊かな生活を求めて海外へ移住する人が増えた結果、ここ十数年で、5400万人だったウクライナの人口は4600万人にまで減少してしまいました。インフレ率も15%近くあり、目に見えて物価が上昇するのを受け、人々の生活は困窮さを増しています。

日本語教師の生活はどうかと言えば、大学の常勤講師であっても、待遇は保証されておらず、給与は国が発表する平均給与の半分という場合もあり、その結果、若手日本語教師の入れ替わりが激しく、教育の質の低下が懸念されます。現在、授業の質を維持していくために、教科書の分析、教案の作り方など、基本的な教師研修の実施が急務になっています。また、現地講師が苦手な会話の授業がおろそかになる傾向があるため、会話授業の研修も急がれます。

このような現状に対応するために、この夏、試験的にウクライナの西部にある古都リヴィウにて6日間の日本語集中会話コースを開催することになりました。専門家が出張し、現地人講師とペアで会話クラスを教える計画です。授業に先立ち、会話授業の教え方に関するワークショップも開催する予定です。これを機に現地人講師が会話授業にも積極的に取り組んでくれればと願っています。

現在、ウクライナの専門家が置かれている状況は必ずしも恵まれているとは言えませんが、少ない人的資源を最大限に活用できるように、効率よく教育支援を行ないたいと思っています。

文化祭で茶道のデモンストレーションを行う学生たちの写真
文化祭で茶道のデモンストレーションを行う学生たち

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
Ukraine-Japan Center "UAJC"
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
ウクライナ日本センター(UAJC)は、キエフ工科大学(KPI)内に事務所が設置されており、主に日本語教育事業、さらに文化交流事業を行っている。図書館も併設されており、1万2千冊ほどの蔵書がある。日本語教育専門家は、当センターの日本語講座の企画・会計業務を含めた運営、センターの授業を担当する他、現地教師指導や研修などコンサルト業務も実施する。適宜、必要に応じてウクライナ日本語教師会に対して側面的支援も行う。また、ウクライナの地方都市に点在する日本語教育機関に対しても、要請があれば教育支援と学習者奨励活動を行っている。
所在地 37, Peremohy Ave. NTUU "KPI", 4th fl., Kyiv, 03056 Ukraine
国際交流基金からの派遣者数 専門家:1名
国際交流基金からの派遣開始年 2006年
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