日本語教育通信 日本語の教え方 イロハ 第10回

日本語の教え方
このコーナーでは、基本的な教授理論、教授知識を解説します。
日本語教授法に関する基礎固め、知識の再点検にお役立てください。

【第10回】文法の教え方 —実際の場面で使えるようになるために—

日本語国際センター専任講師 木田真理

はじめに

 文法を教えるときの教師の役割は何でしょうか。まずは、文法の説明をして言語知識を与えるということを思い浮かべる人も多いと思います。でも、どんなに丁寧に説明しても、学習者がわかってくれなかったという経験はありませんか。そこで、実際の場面で使えるようになるためには、文法指導は、どのように行えばよいのか、言語知識を与えるほかには、どのようなことができるのか、文法を教える教師の役割を広くとらえて、文法指導について考えてみましょう。

文法とは何か

 文法とは何か、いろいろな辞書に書いてあることをまとめると、「文法とは、ある言語において、正しい文を作る際に共有されているルールである」ということができます。では、文法的に正しいというのは、どういうことでしょうか。次の文はなぜ正しくないのか、考えてみましょう。

 1)あの人は来るかもしりません。
 2)3時まで、家にいます。荷物は3時以降、家に届けてください。
 3)<レストランで>
  A:部長は何になさりたいですか
  B:そうだね。ぼくは、うなぎにしようかな。

 1)は、「しれません」という形の間違え、2)は、前の文と後の文が意味的に合いません。3)は、「~たい」を使って目上の人に希望を聞くのは、日本語では失礼になるという、言語使用上の誤りです。このように、文法的に正しいかどうかの判断には、「形のルール」「文の意味と機能」「使い方のルール」がかかわってきます。これらは、文法の3要素と呼ばれています。この3つの要素は非常に密接につながっていて、お互いに関係し合いながら文法を形成しています。それを図にまとめると次のようになります。

図1 文法の3要素の画像
図1 文法の3要素

 学習者がある言語項目を正しく運用できていないと思われたとき、文法の3つの要素のどれが問題となっているのか、整理して考えてみることが、問題解決につながるかもしれません。特に、初級段階では、学習者が言語知識を記憶できる限界もありますので、形と意味・機能の情報に焦点があたっている文法説明が行われることが多いでしょう。でも、それだけでは、実際の場面で正しく運用できるようにはなりませんので、学習者が「使い方のルール」を知るチャンスも作りましょう。

第2言語習得のメカニズムと文法

 外国語教育の現場では、「学習者がなかなかコミュニケーションできるようにならない」、「実際の場面で使えない」という声がよく聞かれます。文法を学習することは、「実際の場面で言語を使えるようになる」うえで、どのような役割を果たすのでしょうか。言語習得のメカニズムの観点から考えると、次のようになります。
 人が第2言語を習得する方法はさまざまですが、次の図で表される過程は共通していると考えられます。

図2 第2言語習得のメカニズムと文法の画像
図2 第2言語習得のメカニズムと文法

 「インプット」とは、学習者に入力される目標言語(日本語学習の場合は日本語)で、つまり「学習者が聞く日本語・読む日本語」です。「アウトプット」とは、学習者が出力する目標言語(日本語)で、つまり「学習者が話す日本語・書く日本語」です。

 学習者は、第2言語を習得する際に、まず、ある状況の中で「聞く」あるいは「読む」ことにより目標言語のインプットを受け、その中から、自分の第2言語の発達段階にあった理解できるインプットを取り入れます。そして、それをもとに学習者独自の文法体系(自分なりの言語的なルール)を作りあげていきます。その文法体系は、実際に言語を運用する力である運用力のもととなるものです。学習者の頭の中にある独自の文法体系は、はじめから正しい文法体系にはならず、発達の途中にある言語体系、つまり、「中間言語知識」と呼ばれます。そして、その運用力を基に、「話す」「書く」という言語のアウトプットをすることになります。その際、学習者は、相手に自分の言ったことを理解してもらえなかったり、あるいは修正されたりすることによって、自分のアウトプットの誤りや、不十分さに気がつきます。

 外国語を学ぶときに、(言語教授による)意識的な文法の学習をすると、「言語知識」が得られます。言語知識を得ることは、次のような効果があります。

  1. 1)インプットの中の言語の形と、それが表わす意味や機能との関連がよりわかりやすくなり、普通に聞いたり読んだりする(インプットを与えられる)だけでは気づかないことに、注意が向く(気づく)ようになる(図2の①)。
  2. 2)話したり書いたり(アウトプット)する際、それが正しいかどうかをチェックし(モニター)、誤りの修正を助ける。(図2の②)

 このように、文法を意識的に学習することで、言語習得がより効率的で、質の高いものになると考えられています。

文法を教える教師の役割

 このように考えていくと、教師にとって、「文法を教える」というのは、どのようなことなのでしょうか。教師は、文法を教えることに関して、何をするべきなのでしょうか。それは、「学習者の言語習得のメカニズムを大いに活用し、その働きを助けること」と言えるでしょう。文法の学習というと、「文法の知識」を学ぶことを中心に考えがちですが、知識を持っているだけでは、言語を運用することはできません。文法の知識を整理し、ルールを覚えることは、日本語学習の一部にすぎず、その知識を使って、日本語を読んだり聞いたり、話したり書いたりする活動をしてはじめて、言語が運用できるようになっていきます。

学習者の習得のメカニズムのイメージ図

 そこで、文法を教える教師の役割を広くとらえ、意味の理解と伝達を中心にした活動(聞く、読む、話す、書く)を設定し、そこに使われている文法項目にも注目させるという方法をとることが、習得のメカニズムにそった「文法を教える」ことと言えるでしょう。つまり、日本語が使える状態になるためには、質のよいインプットとアウトプットの活動、すなわち「練習」をたくさん行うことが重要となります。

 ここで、みなさんに質問です。ある文法項目の学習をする際、「文法の説明」と、その文法項目を含む日本語の「インプット」と「アウトプット」の、どれに時間をかけていますか。多い順にあげてみてください。

 多くの皆さんは、文法の説明、すなわち、言語知識を与えることは、十分行っているのではないでしょうか。従来の文法指導は、いかに言語知識を、分析的にわかりやすく細かく説明するかということに力が注がれていたと言ってもよいでしょう。しかし、文法のルールや意味・機能をことばで説明した知識(明示的文法知識/explicit grammatical knowledge)を学習者に提示すること、ただそれだけでは言語習得は効果的に進みません。図2で見たように、言語習得には、インプットとアウトプットが重要であり、言語知識を得ることを主な目的とした文法の学習だけをしていても、限界があるのです。

 大切なことは、その文法項目の含まれている「理解可能なインプット」を、学習者に文脈・場面とともにたくさん与えることです。言語知識を使って、聞いたり読んだりすることで、文法の理解も深まっていきます。

 筆記テストで学習者の文法知識が十分でないとわかったとき、わかりやすく詳しい文法説明を試みることに時間をかけるのではなく、文法項目を含むインプットを十分に行い、アウトプットの練習をするということが、日本語能力の向上につながる早道かもしれません。

 このように、第2言語習得研究からヒントを得て、文法を教える教師の役割を再考すると、文法説明以外に、教師のやるべきことがたくさん見えてきます。このことをふまえて、文法を教える時間に何をするのか、再考してみましょう。  

参考文献

  • 国際交流基金(2010)『国際交流基金 日本語教授法シリーズ4 文法を教える』ひつじ書房
  • Scott Thornbury著 塩沢敏雄翻訳(2001)『新しい英文法の学び方・教え方』ピアソン・エデュケーション
  • 白井恭弘(2008)『外国語学習の科学』岩波書店
  • 高島英幸(2000)『英語のタスク活動と文法指導』大修館書店
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