日本語教育通信 文法を楽しく 「とたん(に)」と「や否や」

文法を楽しく
このコーナーでは、学習上の問題となりやすい文法項目を取り上げ、日本語を母語としない人の視点に立って、実際の使い方をわかりやすく解説します。

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「とたん(に)」と「や否や」

 皆さん、こんにちは。「文法を楽しく!!」担当の市川です。今回から『日本語教育通信』はweb版のみになりました。それに伴って、「文法を楽しく!!」も画面でのみ皆さんとお会いすることになりました。

 このコーナーでは初級後半から中級の文法を中心に勉強します。習っていない文法や、難しい表現が出てくることもあるかもしれませんが、できるだけわかりやすく説明したいと思っています。どうぞよろしくお願いします。

 では、今回の「文法を楽しく!!」の始まりです。

 皆さんは今までこの『日本語教育通信』で、「雨が降ったら、試合は中止だ。」「通訳になるために、日本語を勉強している。」のような文を勉強したことがありますね。これらの文は、まず、文1があって、次に文1と文2を結ぶもの(接続形式)が続き、文2によって全体がまとまります。「文1+接続形式」を従属節、「文2」を主節と呼びます。

雨が降ったら、
文1+接続形式
従属節
試合は中止だ
文2
主節

 日本語には、同じような意味なのに異なる接続形式を持つ従属節がたくさんあります。「雨が降ったら/降るとき/降った場合」「雨が降るから/降るために/降ったせいで/降ったおかげで」などなどです。
 今回は、「従属節内の事柄が終わると、すぐに主節の事柄を行う/主節の事柄が起こる」という意味の「とたん(に)」と「や否や」について考えます。
「や否や」は上級レベルの表現ですが、書きことばとしてよく使われるので取り上げました。初めての方は挑戦してみてください。また、「とたん(に)」の「に」は省略可能です。本文には「とたん」「とたんに」の両方が現われます。

 さて、問題です。次のストーリーを読んで、問題1をしてください。

ストーリー
 駅のプラットホームに一つの荷物が置かれていました。誰が何のために置いたのかわかりません。
 そのとき、一人の駅員が近づいてきて、その荷物を持ち上げようとしました。
問題1:次の文の後半を完成して、ストーリーの続きを作ってください。
(1) (駅員は)荷物を持ち上げたとたん、     
(2) (駅員は)荷物を持ち上げるや否や、     

 いかがですか。わかりにくかった人は、次のa,bのどちらが(1)(2)に続きやすいか考えてみてください。

a.あまりの重さに腰を抜かしてしまった*。
b.荷物を持って走り出した。

(*「とても重くて、座り込んだまま立てなくなってしまった」の意味。)

 できましたか。
(1) -a、(2)-bになった人が多いと思いますが、どうでしょうか。aとbの違いは、aが「突然の事態の発生(予想していなかったことが急に起きること)」を、bが人の「意志的な動作・行為(「しよう」と思って行う行動)」を表しているということです。文を完成すると、次のようになります。

(3) (駅員は)荷物を持ち上げたとたん、あまりの重さに腰を抜かしてしまった。
(4) (駅員は)荷物を持ち上げるや否や、荷物を持って走り出した。

(3)に「や否や」(4)に「とたん(に)」を用いると、間違いとは言えないけれど、次のように少し不自然な文になります。

(5)?(駅員は)荷物を持ち上げるや否や、あまりの重さに腰を抜かしてしまった。
(6)?(駅員は)荷物を持ち上げたとたん、荷物を持って走り出した。

 以上のことから、「とたん(に)」の主節には「突然の事態の発生」が、「や否や」の主節には「意志的な動作・行為」の事柄が来やすいということが言えそうです。
 では、もう少し「とたん(に)」と「や否や」の使い方について見ていきましょう。問題です。

問題2:次の(7)~(11)において、まず「➡」の前の事柄が起こり、そのあと「➡」の後ろの事柄が続いたとします。後ろの事柄が「事態の発生」ならaを、「動作・行為」ならbを( )の中に入れてください。

(7)会った➡好きになる( )
(8)会った➡プロポーズする( )
(9)CD-ROMを入れる➡フリーズする( )
(10)玄関にカバンを置く➡外へ飛び出していく( )
(11)振り向く➡殴られる( )

 いかがですか。 (7)ーa、(8)ーb、(9)ーa、(10)ーb、(11)ーaになりましたか。(11)で、「殴る」なら人の動作・行為ですが、受身の「殴られる」は事態になります。

「とたん」は漢字で「途端」と書くように、「道(プロセス)の端」を表し、そのことが起こった最初の瞬間を強調します。「や否や」もよく似ていますが、「従属節の事柄を、意志的に、待ち構えていて」という時によく用いられます。「待ち構えて」というのは、「次の行動をしようと今か今かと待っている」という様子を表します。つまり、「待ち構えて」なので、主節には動作主の意志が入る場合が多いです。

 では、問題2の(7)~(11)を文にしてみましょう。

(7)’彼は会ったとたんに、彼女のことが好きになった。
(8)’彼は会うや否や、彼女にプロポーズした。
(9)’CD-ROMを入れたとたん、フリーズしてしまった。
(10)’うちの子は毎日、玄関にカバンを置くや否や、外へ飛び出していく。
(11)’私は振り向いたとたんに、誰かに頭を殴られた。

 皆さんの頭の中には「とたん(に)」=「突然の事態の発生」、「や否や」=「待ち構えての動作・行為」という図式ができたことと思います。ところが、次のように、事態を表す文にも「や否や」が用いられることがあります。

(12)空が暗くなるや否や、大粒の雨が降り出した。
(13)番組が終わるや否や、放送局にたくさんの電話がかかってきた。

「雨が降り出す」「電話がかかってくる」は両方とも事態ですが、ここでは「や否や」が可能になっています。このことは、「や否や」は「動作・行為」だけでなく、「事態の発生」も表せることを意味しています。
 ところが、「とたん(に)」と「や否や」ではニュアンスがどこか違うのですが、どうでしょうか。(12)と(14)、(13)と (15)を比べてください。

(14)空が暗くなったとたん、大粒の雨が降り出した。
(15)番組が終ったとたん、放送局にたくさんの電話がかかってきた。

「とたん(に)」は「突然その事態が起きた」その瞬間を表していますが、「や否や」は、同じ事態の発生でも、「空が暗くなる」「番組が終わる」のを待っていたかのようにすぐに、次の事態が起こったという「待ち構え」の意味合いが含まれています。

 では、最後に、「~と、すぐ」は、「とたん(に)」「や否や」とどう異なるかについて簡単に触れておきます。

(16)味方チームが(負け始めたとたん/負け始めるや否や/負け始めるとすぐ)、見物客は帰り始めた。

これは野球場の様子ですが、「負け始めたとたん」は、1秒の間も置かないぐらいすぐに客が帰ってしまう様子を、よりリアルに強調した形で表し、「負け始めるや否や」は、客が「負けるのはおもしろくない。負け始めたらすぐに帰ろう(と待っていた)」という「待ち構え」の勢いや意志を感じさせます。一方、「~と、すぐ」は中立的に客の動きを述べており、帰り始めるのも、1、2分、時間を置いても大丈夫と言えるでしょう。

参考文献:
 森田良行(1989)『基礎日本語辞典』角川書店

参考情報:
 「ヤスコの日本語ハウス」http://homepage3.nifty.com/i-yasu/index.htm

(市川保子/日本語国際センター客員講師)

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