日本語教育通信 文法を楽しく 「ところ」(2)
文法を楽しく
このコーナーでは、学習上の問題となりやすい文法項目を取り上げ、日本語を母語としない人の視点に立って、実際の使い方をわかりやすく解説します。
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「ところ」(2)
「ところ」(1)では、形式名詞「ところ」が、場所だけでなく、もっと広く「とき」や「状況」を表すことを見てきました。今回は「ところ」(2)として、もう少し広い範囲で「ところ」の用法を考えていきたいと思います。
1. 「~ところを」の他の二つの用法
前回は「地震がおさまったところを、津波が襲った。」のように、その動作や状況を突然止めたり、さえぎったりする形で、次の事態が起こることを表す「~ところを」を勉強しました。次の二つも「状況をさえぎる」という基本的な意味は変わりませんが、用法が少し異なるので紹介します。
1)前置き表現で使われる「~ところを」
(2)A:もしもし、楊先生のお宅ですか。
楊:はい、楊ですが。
A:お忙しいところをお電話してすみません。実は・・・
ここに出てくる「~ところを」は前置き的に「(そういう)ときに」(相手が忙しい時、相手の食事中など、相手の不都合そうな時に)と断っておいて、あとに続く文で「依頼・おわび・感謝」をする表現です。「ところを」の前には、「名詞+の」や「形容詞・動詞の非過去(タ形でない形)」が来ます。改まった話しことばに使われることが多いです。
2)逆接的な気持ちを表す「~ところを」
(4)本来なら課長がやるべきところを、ヒラの自分がやらなければならなくなった。
ここに出てくる「~ところを」は逆接を表す「~のに」と似ていますが、始めに「本来、通常、普通ならば」こうであると述べ、あとに続く文で「実際はそうではなかった」という予想や期待に反した結果が起こったことを表します。予想や期待に反した結果が起きたので、そこには話し手の残念な気持ちや不満な気持ちがs現れます。「ところを」の前には「動詞の非過去」や(4)のように「~べき」、また、「~はずの」などが来ることが多いです。
2. 「~ところで」のもう一つの用法
前回は「最後の一行を書いたところで、気を失った。」のように、前の動作や変化が終わり、それに一区切りがついた状況のもとで、次の動作や変化が起こったり、動作・変化を起こしたりすることを表す「~ところで」を紹介しました。今回紹介する「~ところで」は、同じく「動詞のタ形+ところで」の形をとりながら、意味が全く異なってきます。
(6)勤め先を変えたところで、同じような問題は出てくるものだ。
(5)は「急いでも間に合わない」、(6)は「職場を変えても、同じ問題が起こる」という意味で、「そのような行為をしても、期待する結果が得られない」ことを表します。この「~ところで」は、ほぼ逆接の「~ても」に置き換えることができます。「~ところで」のあとに続く文には動詞・形容詞などのナイ形や、「無駄だ・無意味だ」などの否定的な判断・評価を表す表現が来ます。
ここで注意すべきことは、この「~ところで」を使った文は、実際には何も起こっていないという点です。「急いだ/変えた」のように動詞のタ形をとっているので、過去のことを表していると勘違いする学習者が多いですが、実は、その事柄はまだ起こっておらず、「仮にそうしても、だめだよ/無駄だよ」という話し手の仮定の判断を表しています。話し手の言いたいことは、「だから、(5)急いでも仕方がない、(6)勤め先を変えても無駄だ、変えないほうがいい」ということになり、多くの場合は「急いで行こうとしている/勤め先を変えようと迷っている」相手に向かって発する、やや冷ややかな発話表現として用いられます。
では、ここで2の「~ところで」について問題を出します。
1.今から彼を追いかけたところで、
a.追いつくだろう。 b.追いつかないだろう。
c.追いついた。 d.追いつかなかった。
2.そんなに悲しんだところで、死んだペットは
a.生き返るだろう。 b.生き返らないだろう。
c.生き返っただろう。 d.生き返らなかっただろう。
【問題】1
【問題】2
答えは1-b、2-bですね。問題1,2は「仮にそうしても、だめだ/無駄だ」という文で、その事柄自体は実際には起こっていないことなので、過去を表すcとd(1,2とも)は当てはまりません。「~ところで」の後ろに続く文は否定的な内容の文が来るため、肯定的な答えのa(1,2とも)も当てはまりません。
今まで考えてきた「ところ」は従属節の一部分として用いられていますが、「ところで」や「ところが」が独立して接続詞となり、文をつなぐ役割を果たす場合もあります。従属節の中の「~ところで」「~ところが」と、接続詞の「ところで」「ところが」を図示すると次のABのようになります。
従属節 主節
B 文1。 ところが/ところで、 文2。
Aでは「文1+ところが/ところで」は文1の中に含まれ、従属節となって、文2(主節)にかかっていきます。一方、Bは文1が終了し(「。」がその印)、次の文2の文頭に「ところが/ところで」が現れ、文2に影響を与えていきます。従属節の中で用いられる「ところが/ところで」と接続詞の「ところが/ところで」は、意味が異なる場合が多いので、注意してください。
3. 接続詞としての「ところが」
(8)ゆうべは友人とコンサートに行く予定だった。ところが、友人が病気になって、行けなくなって
しまった。
「ところが」は「しかし」や「けれども」「でも」に置き換えられることが多いですが、意味的には「期待に反して」「予想に反して」という意味合いが入ります。次の(9)(10)のように単純な反対表現や対比表現では「ところが」は不自然になります。
行かなかった。
(10)その車の形はいい。(しかし/けれども/でも/?ところが)、色はよくないと思う。
(9)は前文と後文が反対の関係にあり、(10)では車について形と色が対比されています。ここでは単に前文と後文の関係を述べているだけで、「期待に反して」「予想に反して」の意味合いはありません。そのような場合は「ところが」は不自然になります*。
(*(9)(10)でも、その中に「期待に反して」「予想に反して」という強い状況があれば「ところが」も可能になります)
接続詞「ところが」は、従属節の「~ところが」と同じく、すでに起こったこと、または、起こっていることに用いられ、(11)のように「事実であるかどうかが定まっていない」文では不自然になります。
「事実であるかどうかが定まっていない」という点と関係して、「ところが」を用いた文の文末に意志、希望、命令、推量表現が来る時は不自然になります。
?a.妹は買いに行くつもりだ。
?b.妹は買いに行きたいと思っている。
?c.買いに行ってきてくれ。
?d.妹は買に行くだろう。
4. 接続詞としての「ところで」
接続詞の「ところで」は、今まで述べてきた話題を変えたり、話題に関連することを違う側面から付け加えたり比べたりする時に用いられます。主に話しことばで使われます。
洋子:いいえ・・・。
A:ところで、弟の翔君は今年卒業?
洋子:ええ、今、就活で飛び回っています。
(14)先生:これで今日の授業を終わります。
ところで、期末テストのことですが・・。
(市川保子/日本語国際センター客員講師)