日本語教育通信 文法を楽しく 「こと」(1)
文法を楽しく
このコーナーでは、学習上の問題となりやすい文法項目を取り上げ、日本語を母語としない人の視点に立って、実際の使い方をわかりやすく解説します。
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「こと」(1)
形式名詞「こと」も、「ところ」と同じくいろいろな場面で使われます。皆さんは次の「こと」の意味・用法をどのくらい知っていますか。
(2)地震があったことを知らなかった。
(3)飛行機を操縦することができる。
(4)来週までに覚えておくこと。
(5)残念なことに、彼は帰国してしまった。
今回の「こと」では、(1)~(5)のうち、(1)の「名詞+の+こと」、(2)の「名詞化の「こと」」、「こと」と「の」の使い分け、そして、(3)の定型表現の「こと」について考えます。
1.名詞+の+「こと」
(7)試験のことを話してください。
(1)や(6)(7)の「こと」は、物事や人に付いて「その物事・人に関連する事柄」を表します。「関連する事柄」なので、「~のことで」や「~のことを」は「~について」に置き換えることができます。
(7)'試験について話してください。
また、次の(8)(9)のように、人やものが「動作・心情の対象であること」を表す場合もあります。
(9)先生が私の作文のことをほめてくれた。
ここでは「こと」を加えることで、「彼」「私の作文」それ自体だけではなく、それらを取り巻くいろいろの事柄をも含めたものとして表すことができます。
2.名詞化の「こと」
「こと」は動詞やイ・ナ形容詞、また、文に付いて、それらを「名詞」にする働き(名詞化と呼ぶ)を持ちます(ここでは動詞および動詞文について勉強します。)。例えば、自分の趣味について話す時、「私の趣味はスポーツです」「私の趣味は音楽です」などと言いますね。でも、あなたの趣味が「映画を見る」だった場合、どう言えばいいでしょうか。
「スポーツ」「音楽」と同じように「映画を見る」を名詞にすればいいのですが、そのためには後ろに「こと」を付ける必要があります。
↓
映画を見る→ 映画を見ること
↓
私の趣味は映画を見ることです。
次の場合も同じことが言えます。あなたが日本で津波があったという「情報」を知ったとします。
情報は名詞ですね。その名詞の代わりに「情報」の内容「日本で津波があった」を入れてみましょう。
では、ここで問題です。1~3の最初の文を名詞化して、文を完成してください。(「こと」の前には普通形が来ます。)
【問題1】
- 1.漢字を覚えます+それはおもしろい
- 2.李さんが帰国しました+知っていますか
- 3.ほめられ、愛されます+子供にはそれが必要だ
- 答え:
-
- 1.漢字を覚えることはおもしろい。
- 2.李さんが帰国したことを知っていますか。
- 3.子供には、ほめられ、愛されることが必要だ。
名詞化の働きを持つ「こと」は「の」で置き換えることができます。しかし、置き換えることができない場合もあります。どんな場合に置き換えが可能で、どんな場合に不可能になるのでしょうか。
3.「こと」と「の」について
「こと」と「の」の使い分けを説明する前に、まず【問題2】に挑戦してみてください。
【問題2】( )の中から「こと」か「の」のうち適切なほうを選んでください。(両方使える場合もあります。)
- 1.今朝地震があった(こと/の)は知らなかった。
- 2.父が賞をもらった(こと/の)をとてもうれしく思います。
- 3.私の趣味は絵を描く(こと/の)です。
- 4.私の今の目標は大学院の試験に合格する(こと/の)だ。
- 5.本は2週間借りる(こと/の)ができる。
- 6.明日出張する(こと/の)になった。
- 7.きのう人が車にはねられた(こと/の)を見た。
- 8.小川:何してるの?
秋山:友達が来る(こと/の)を待っているのよ。
いかがですか。できましたか。答えは次の通りです。
- 「こと」と「の」両方使える(1,2)
- 「こと」しか使えない(3,4,5,6)
- 「の」しか使えない(7,8)
では、それぞれの場合について考えましょう。
1.「こと」と「の」が両方使える場合
「こと」と「の」は、次の「こと」しか使えない場合と「の」しか使えない場合以外は、基本的には両方使うことができます。両者の違いは、「の」のほうが「こと」より、より話しことば的である点です。
2.「こと」しか使えない場合
大きく分けてAとBの場合があります。
A.「です・だ・である」の前では名詞化の「の」は使えない。
「です・だ・である」の前で動詞や「文」が名詞化される時は、「動詞/文+こと」の形が来ます。「動詞/文+の」が来ると、ムード(モダリティ)(話し手の気持ちを表す表現)の「のだ/んだ」になってしまうためと考えられます。
(13)
- 林:仕事は何ですか。
- 森: あなたのお手伝いをすることですよ。 (名詞化の「こと」) あなたのお手伝いをするの/んですよ。 (ムード(モダリティ)の「のだ」)
B.定型の表現では「こと」を用いる。
1)「~ことにする」
「~ことにする」は、「決定・決心」を、また、「~ことにしている」で習慣を表しますが、「こと」の代わりに「の」を使うことはできません。
(15)日記をつける(こと/
2)「~ことになる」
「~ことになる」は「結果・決定」を、また、「~ことになっている」で「規則・決まり」を表しますが、「こと」の代わりに「の」を使うことはできません。
(17)たばこを吸うと、退学させられる(こと/
3)「~ことがある」
「ことがある」は動詞のタ形につながって「経験」を、また、辞書形・ナイ形につながって「そういう機会がある」ことを表します。ここでも「こと」の代わりに「の」を使うことはできません。
(19)自分で料理を作る(こと/
4)「~ことはない」
経験・機会を表す「~ことがある」の否定の形にも「~ことはない」(例:富士山に登ったことはない。自分で料理を作ることはない。)が使われますが、ここで取り上げる「~ことはない」はそれとは異なり、「不必要である」という意味を表します。ここでも「こと」の代わりに「の」を使うことはできません。
上記の1)~4)以外にも、次のような動詞や形容詞があとに続く場合は「こと」が用いられます。
5)「必要だ」「大切だ」
6)「決める」「約束する」
(23)二度と遅刻しない(こと/
次に「の」しか使えない場合を考えます。
3.「の」しか使えない場合
A.「見る・見える」「聞く・聞こえる」「感じる」などの知覚を表す動詞の前では「こと」は使えない。
「こと」は本来、「事柄」やその「内容」を表すので、知覚動詞でとらえられる現象には「こと」は不向きだと思われます。
(25)彼が私に気を使っている(
B.「止(と)める」「手伝う」「待つ」の前では「こと」は使えない。
(27)母が料理を作る(
(28)彼からメールが来る(
これらの動詞は、その事態に合わせて行う動作を表すので、「事柄」や「内容」を表す「こと」は不向きになります。
(次回に続く)
(市川保子/日本語国際センター客員講師)