日本語教育通信 文法を楽しく 「こと」(2)
文法を楽しく
このコーナーでは、学習上の問題となりやすい文法項目を取り上げ、日本語を母語としない人の視点に立って、実際の使い方をわかりやすく解説します。
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「こと」(2)
前回の「こと」(1)では、「名詞+の+こと」、名詞化の「こと」、「の・こと」の使い分け、そして、定型表現の「こと」について見てきました。今回は「こと」(2)として、文末で使われる「こと」、従属節として使われる「こと」などについて考えていきたいと思います。
1.文の後ろに付いて、話し手の気持ちを表す「こと」
1)忠告や命令を表す「~ことだ」「~こと」
(2)レポートは今月末までに提出すること。
文の終わりに「ことだ」や「こと」が付いて、「その状況ではそうしたほうがよい/ふさわしい」と述べて、間接的に忠告や命令を表します。
(2)は次の(3)のように、「提出」という名詞に「のこと」を付けて、簡単に表すこともできます。
2)驚きや感嘆、同情を表す「~ことだ」「~ことだろう」「~ことか」
(2)買ったばかりの家が流されて、大きなショックだったことだろう。
(3)一度に両親を亡くすとは、どんなにつらいことか。
(1)~(3)では、「だ/だろう/か」の前に「こと」が付くことによって、話し手の「驚き」や「感嘆・感心」「同情」の気持ちが強くなります。
(1)では「~ことだ」を用いて言い切った言い方をしていますが、(2) は「だろう」を用いて、話し手の「大ショックだったろう」という想像を表しています。(3)は「か」を用いることによって、自分へ、また、人に対する訴えかけになっています。
2.言い換えを表す「N1ことN2」
(2)「フーテンの寅」こと車寅二郎は、16歳の時に父親と大ゲンカをして家を飛び出したという。
「N1すなわちN2」「N1=N2」であることを表します。N1には「私」や通称・ニックネームなどが、N2には本名や公的な名前が来て、「言い換え」をしています。言い換えることによってN1について、より詳しい説明をしています。書きことば的な言い方になります。
3.従属節として用いられる「こと」
「こと」には、文中で用いられ、後ろに続く文を関係付けていく、従属節としての役割もあります。(従属節については「ところ(2)」を参照のこと。)
1)「~のことだから」
主として人を表す名詞に付いて、「その人の性質・性癖・特徴に基づけば、そう判断できるから」という理由や根拠を表します。
(1) | A:この仕事、山川さんに頼もうか。 |
B:そうだね。山川さんのことだから、きっとうまくやるよ。 | |
(2) | 子供のことだから、大目に見てください。 |
(1)は、山川さんについて、「何事もきちんとやってくれる人だ」という共通的な認識・判断があり、それに基づいて、「だから今回もうまくやる」と言っています。(1)は(1)’(1)’’のように、「あの」を付けたり、形容詞を付けたりすることが多いです
(1)’あの山川さんのことだから、きっとうまくやるよ。
(1)’’まじめな山川さんのことだから、きっとうまくやるよ。
(2)は、子供というものはまだ未熟なものだという共通の認識があって、それに基づいて、「だから大目に見る」ようにお願いしています。
2)「~ことに」
(2)残念なことに、彼は帰国してしまった。
1の1)の、「驚き」や「感嘆」「同情」を表す「ことだ」と同じ意味を持ちます。1の1)の「~ことだ」が文の終わりに来るのに対して、「~ことに」は文中で用いられ、次に続く文にかかっていきます。(1)では「驚いたことだが」、(2)では「残念なことだが」「残念ながら」の意味になります。
3)「~ことは~が/けれども」
(1) | A:ゼミの資料、読んだ? |
B:読んだことは読んだけど、内容はまったく理解できていないよ。 | |
(2) | A:久しぶりね。元気? |
B:うん、元気なことは元気だけど・・・。 | |
A:どうしたの? | |
B:お金がなくて、きのうから何も食べてないんだ。 |
「~ことは~が/けれど」の形を取って、「一応はやる/やったけれど」「一応そうだけれど」の意味を持ち、後ろには「結果はよくない」「完全にそうとは言えない」ことを表す文が続きます。「~」には同じことば((1)読んだ、(2)元気だ)が来ます。(1)は「一応資料を読んだけれど、理解できていない」ことを、(2)は「元気であることを否定しないが、問題がある(ここでは、お金がない)」ことを表します。
4)「~ことだし」
(2)給料も上がったことだし、このへんで結婚相手でも探してみてはどうか。
「~ことだし」は、「~し(例:風邪を引いているし)」と同じく、ゆるやかな理由を表しますが、「ことだ」が入ると、理由づけをやや客観的に見ている感じが加わります。客観的に表現することで、(2)のように相手に対するやや改まった理由説明になることもあります。
5)「(言う)ことには」
(2)先輩たちが言うことには、Y先生の授業はとても厳しいそうだ。
「言う+ことには」の形で、ある人の発言を引用する時に用いられます。「言う」の代わりに敬語の「おっしゃる」を使うこともできます。
いずれの場合も、文末は伝聞「そうだ」「らしい」などが来ます。
では、ここで問題です。
先月、震災被災地である東北地方に行く機会があった。東北地方では悲しい(① )、去年3月11日に大きな地震と津波が起こった。ニュースなどで聞いていた(② )聞いていた(② )、多くの場所にまだ震災の爪あとが残っていた。震災から約1年経った(③ )、きっとかなり回復していると思ったが、そうではなかった。東北の人たちがおっしゃる(④ )、復興にはまだまだ時間がかかるらしい。しかし、忍耐強い東北の人たち(⑤ )、頑張っていかれることだろう。私は心から応援せずにはいられなかった。
a.ことは~が | b.のことだから | c.ことに |
d.ことには | e.ことだし | f.こと |
答え ①-c ②-a ③-e ④-d ⑤-b
では、最後に「ない」という否定のことばと結び付いて用いられる、「こと」を見ていきます。
6)「~ことなしに」
動詞に「ことなしに」が付いて、「~をしないで」の意味を表します。「~をしないで」よりは書きことば的になります。 (2)のように、「は」が付いて「そのことをしないでは、次に続くことができない」という判断を表すこともあります。
7)「~ないことには」
(2)国会で予算案が通らないことには、復興支援に支障が出る。
「それができなければ、次に続くこともできない」ということを表します。次に続くことができるためには、前に述べた「~ないことには」の「~」の内容((1)電気がつく、(2)国会で予算案が通る)が必要条件になります。
(市川保子/日本語国際センター客員講師)