日本語教育通信 文法を楽しく 「もの」(2)
文法を楽しく
このコーナーでは、学習上の問題となりやすい文法項目を取り上げ、日本語を母語としない人の視点に立って、実際の使い方をわかりやすく解説します。
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「もの」(2)
「もの(1)」では、「人の性格はなかなか変わらないものだ。」「こんな時に笑うものではない。」など、文末表現として用いられる「もの」について見てきました。
今回は「バスが遅れたものだから、遅刻してしまった。」「生まれ変われるものなら、生まれ変わりたい。」「今日中にやれると言ったものの、やれそうにない。」のように、文中で、従属節として用いられる「もの」について考えます。
今回は、「~ものだから」と「~から」、「~ものなら」と「~なら」、「~ものの」と「~のに/けれども」のように、類似表現との違いについて考えながら、進めていきます。
2.従属節として用いられる場合
1)~ものだから/~ものですから
(1) | あまりに安かったものだから、つい買ってしまった。 |
(2) | バスがなかなか来なかったものですから、遅れてしまいました。 |
「~ものだから」は「~から」と同じく原因・理由を表し、丁寧に言う場合は「~ものですから」になります。両方とも、話しことばで用いられます。では、「~から」との違いは何でしょうか。
(1) | あまりに安かったものだから、つい買ってしまった。 |
(1)' | あまりに安かったから、つい買ってしまった。 |
前回、「もの」は客観的で、人間が感覚によってとらえることができる、一般的、普遍的な「真理・現象・規則・習慣」などを表すことが多い、そして、それは、「もの」が触ることのできる具体的なものであるということに起因していると述べました。「~から」と「~ものだから」にもその説明は当てはまるように思います。「安かったから」と直接的に理由を述べるのではなく、客観化させ、「安いと、人は買ってしまう」という常識的、習慣的な意味合いを持たせて、「安かったものだから」と言っています。ですから、この表現は単に理由を述べるだけでなく、「だから、仕方がないのだ」というように「言い訳」や「弁解・弁明」が含まれることが多くなります。
「~ものだから」は弁解・弁明を表すので、「~から」と異なり、文末に働きかけ(命令・誘い・依頼など)の表現は来ません。
(3) | うるさい(○から ×ものだから)、静かにしてください。 |
(4) | 雨が止んだ(○から ×ものだから)、早く出かけよう。 |
2)~ものなら
「~ものなら」には2つの用法があります。1つは「代われるものなら、代わってやりたい。」のように「ものなら」の前に動詞の可能形をとるもの、もう1つは、「昔は親に口答えしようものなら、すぐ殴られた。」のように、「動詞の(ヨ)ウ形」をとるものです。
A.可能形+ものなら、~
「ものなら」の前には動詞の可能形が来ることが多く、文全体としては物事の実現する可能性が非常に低いことを表します。また、「やれるならやる」「戻れるなら戻る」のように、同じ動詞が繰り返されることが多いです。
(5) | 子供時代に戻れるものなら、戻りたいよ。 |
(6) | 息子:一人暮らしがしたい。 |
母親:あなたにはできないわよ。 | |
息子:できるよ。 | |
母親:やれるものなら、やってごらん。 |
(5)は、実際には子供時代に戻れないけれど、可能なら戻りたいという願望を表しています。話し手自身は戻れないことを百も承知で言っているので、やや愚痴っぽく聞こえます。(6)は、息子の「一人暮らしができる」という主張に対して、母親の「やれるはずがない」という強い気持ちが「やれるものなら」に表れています。
「可能形+ものなら」は、「~なら」との置き換えが可能です。
(5)' | 子供時代に戻れるなら、戻りたいよ。 |
(6)' | 母親:やれるなら、やってごらん。 |
「~なら」と「~ものなら」は、意味的にはほとんど同じですが、「~ものなら」のほうが「~なら」より、実現不可能なことを強く表していると言えます。それは、やはり「もの」の持つ客観性のためで、「そんなことは一般的、常識的には実現不可能だ」という意味合いを「~ものなら」が保持しているためと考えられます。
動詞の可能形以外の場合では、「~なら」と「~ものなら」は置き換えることはできません。
(7) | あなたがこの仕事を引き受けてくれる(○なら ×ものなら)、私も手伝います。 |
(8) | A:これ、もう要らない。 |
B:要らない(○なら ×ものなら)、私にちょうだい。 |
B.(ヨ)ウ形+ものなら、~
(9) | 部活では上下関係が厳しく、先輩に文句を言おうものなら、すぐやめさせられた。 |
(10) | もし国境地域に近づこうものなら、銃で撃たれるのは間違いない。 |
「(ヨ)ウ形+ものなら」はやや誇張した言い方で、「仮にそんなことをしようとすれば、大変なことが起きる」という意味を表します。
3)~ものの
「~ものの」は、書きことば的な表現で、「~が/けれども」「~のに」と同じように逆接の意味を表します。
(11) | この店のラーメンはちょっと値段が高いものの、味がいいので人気がある。 |
(12) | スマホに変えたものの、日本語入力がやりにくくて、変えたことを後悔している。 |
前半(従属節)で、現在の状況や過去の出来事を述べ、後半(主節)では、それらの事柄から予測されることが起こらない、起こりそうにないということを表します。
(11)では、一般には値段が高いと人気がないことが多いですが、この店ではそうではないことを、(12)では普通の携帯より便利なはずのスマホに変えたのに、予測に反してそうではなかったことを表しています。「~ものの」は(11)のようにいいことにも用いられますが、 (12)や次の(13)(14)のように、そうでない意味合いで用いられることが多いです。
(13) | 新しい靴を買ったものの、まだ一度も履いていない。 |
(14) | タバコは体に良くないからやめようと思うものの、なかなか実行できない。 |
文の終わりに働きかけの表現が来るか否かについては、「~ものの」は「~のに」と同様、働きかけの表現が来ることはできません。
(15) | 練習は苦しい(○けれども ×ものの)、頑張ってください。 |
では、次に問題です。これまでの説明が理解できたかどうか試してみてください。
~ものだから、~ものなら、~ものの
あのころ、私と朝子の関係はぎくしゃくしていた。私がちょっとでも約束の時間に(①遅れる→)、怖い顔をして、怒り出した。
私: | 急ぎの仕事が(②入る→![]() |
朝子: | このごろ遅れてばかりじゃないの。 |
私: | そんなことないよ。私だって努力しているんだよ。 |
朝子: | あなたなんか大嫌い!! ・・さようなら。 |
こんなふうにして私たちは別れた。
「あんたなんか、大嫌い」と言われて、そのまま(③別れる→)、 時がたつにつれて、私はだんだん後悔し始めた。もう一度(④やり直す→
)、やり直したいと思う。来週にでも電話をかけてみようと思う。
問題はできましたか。答えは次のとおりです。
答え:①遅れようものなら ②入ったものだから ③別れたものの ④やり直せるものなら
(市川保子/日本語国際センター客員講師)