日本語教育通信 文法を楽しく 「授受表現」(1)

文法を楽しく
このコーナーでは、学習上の問題となりやすい文法項目を取り上げ、日本語を母語としない人の視点に立って、実際の使い方をわかりやすく解説します。

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授受表現(1)

 今回と次回は「(て)あげる/(て)もらう/(て)くれる」を中心にした授受表現(やりもらい表現)について取り上げます。「文法をやさしく」の「やりもらい(1)【PDF:725KB】」「やりもらい(2)【PDF:226KB】」(2002年9月・2003年1月)には詳しい説明があります。それらの説明を踏まえたうえで、「授受表現」の少し応用的な面を考えます。
 【問題】が少し難しいかもしれませんが、挑戦してみてください。

1.「(て)あげるvs(て)くれる」

 まず、「(て)あげる」と「(て)くれる」の使い分けについて考えましょう。「(て)あげる」と「(て)くれる」の基本の構造は、皆さんもご存じのように、次のようになります。

  1. a.私(話し手)・他の人 が/は 他の人 に ~を ~(て)あげる
  2. b.他の人 が/は 私(話し手)・家族など(ウチのメンバー) に ~を ~(て)くれる

 (ウチのメンバー:話し手のグループの者、具体的には家族や会社のメンバーなど)

 aとbの例を挙げます。

  1. a’林さんはミランダさんに漢字の読み方を教えてあげた。
  2. b’森さんが私にマレーシアの歌を教えてくれた。

 ここでのポイントは、他の人が「私」や「私の家族」などに何かをしてくれた時は、「(て)あげる」ではなくて「(て)くれる」を使うことです。
 では、このことを頭に置いて、次の問題を考えてください。( )内のどちらが適切でしょうか。

【問題1】
  1. (1) 混雑した電車の中で偶然高校時代の友人に会った。少し熱があるとのことでつらそうだった。しかし、誰も気がつかず、席を譲って(あげなかった/くれなかった)。*1

 いかがですか。友人を「他の人」ととらえて、「他の人(乗客)が他の人(友人)に席を譲る」と考えると、「(譲って)あげなかった」になりますね。でも、「(譲って)くれなかった」とも言えそうですね。
 (1)で問題になることは、「友人」は「ウチのメンバー」に入るのか否かということです。友人が「ウチのメンバー」に入るなら、「乗客が友人に席を譲ってくれなかった」も適切になるからです。少し考えてみましょう。
 友人」にも段階があって、(1)のような「偶然会った高校時代の友人」から、とても大切にしている「親友」までありますね。親友なら「(て)くれる」が使えるのでしょうか。

  1. (1)’ 混雑した電車の中で偶然親友に会った。少し熱があるとのことでつらそうだった。しかし、誰も気がつかず、席を譲ってくれなかった。

電車内にて体調の優れない人を友人が心配している様子のイラスト

 微妙なところですね。では、「友人」より親しい(はずの)元カレ(元カノ)はどうでしょうか。

  1. (1)’’ 混雑した電車の中で偶然元カレ(元カノ)に会った。少し熱があるとのことでつらそうだった。しかし、誰も気がつかず、席を譲ってくれなかった。

 これも微妙なところですね。

 たぶん皆さんも気づき始めているように、「(て)あげる/(て)くれる」の使い分けは、「ウチのメンバー」か否かではなく、話し手が「相手の問題を、どの程度自分の問題としてとらえているか」ということに関わっています。話し手が、熱のある友人や元カレ・元カノのことを自分のことのように心配していると、「(て)くれる」が使えることになります。
 以上のことをまとめると、問題1のポイントは次のようになります。
 「(て)あげる」と「(て)くれる」のどちらを使うかは、話し手の心情に関わる部分が大きい。

 では、問題2へ行きます。問題2も「(て)あげる」と「(て)くれる」についてです。

【問題2】
  1. (2) その仕事は大川さんならやれる。大川さんに頼めばきっとやって(あげる/くれる)だろう。*2

 授受表現で大切なことは、「誰が、誰のためにするのか」ということです。(2)は省略があるので、分かりやすくするために会話の形にしてみましょう。

  1. (2)’
    ヨン:
    この仕事、誰に頼めばいいでしょう・・・。
    野田:
    うーん。難しい仕事だけど・・・、大川さんに頼んだらどう?
    ヨン:
    大川さんですか。
    野田:
    そう、大川さんなら、きっとやって(あげる/くれる)だろう。

 問題の答えは(2)も(2)'も「(て)くれる」です。しかし、授業でこの問題を取り上げた時、学習者から「(て)あげる」ではないかという質問が出ました。理由は、「他の人(大川さん)が他の人(ヨンさん)のためにするのだから」というものです。
 ここで野田さんが「(て)くれる」を選ぶ心情について考えてみましょう。
 「ヨンさんから相談を受けた。ヨンさんは仕事をやってくれる人を探しているようだ。一肌脱いであげたい*4。そうだ、大川さんを紹介しよう。」
 このように野田さんは、ヨンさんからの相談を自分のことのようにとらえ、大川さんがヨンさんのために「(やって)くれる」と言ったと考えられます。
 また、ヨンさんは野田さんの話し相手なので、「話し相手=あなた」ととらえることもできます。「あなた」は多くの場合、「ウチのメンバー」と同等と考えられるので、「(て)くれる」を用いると考えてもいいでしょう。(例:林さんがあなたにCDを貸してくれた 。/森さんがあなたを水族館へ連れて行ってくれる と言ってたよ。)
 問題2のポイントは次のようになります。
 話し相手の「あなた」は多くの場合、「ウチのメンバー」に入る。

 では、次に進みます。問題3を見てください。

【問題3】
  1. (3) 市民文化祭は大成功だった。隣の市の人たちも手伝って(あげた/くれた)。*3

市民文化祭で賑わっている様子のイラスト

 (3)の答えは「(て)くれた」です。しかし、また学習者から、隣の市の人たちが別の市の人たちを手伝ってあげたのだから、「(て)あげた」ではないかという意見が出ました。ここでは話し手(私)がどの市の人間か、そして文化祭とどう関わっているのかが重要ですが、学習者には文面からそれが分からなかったようです。
 もし、話し手と直接関係のない市について話しているのであれば、通常は文頭に、「〇〇市の市民文化祭は」と、市の名前を入れるはずです。名前も入れずに「市民文化祭は」で始まっているのは、それが話し手にごく近い市の文化祭だということを示しています。
 また、関係のない市であれば、「〇〇市の市民文化祭は大成功だったようだ/そうだ/らしい。」のように、推量、または、伝聞の表現を加えるのが普通です。また、そのあとの「隣の市の人たちも手伝って「あげた/くれた」も、文末に「ようだ/そうだ/らしい」が付くほうが自然です。推量・伝聞表現がなく言い切りの形をとっているのは、話し手が文化祭を行った市の市民であるためです。
 このように、発話を聞いた時、話し手自身に関わる事柄を言っているのか、他の人のことを言っているのかは、見きわめが重要です。そして、それは文の中にヒントがあることが多いです。
 では、文化祭を行った市の人が話しているとして、(3)は「(て)あげた/(て)くれた」のどちらが正しいでしょうか。
 答えは「(て)くれた」ですね。隣の市の人たちが自分たちの市の文化祭を手伝ったのだから、「手伝ってくれた」となります。
 問題3のポイントは次のようになります。
 文や文章の流れ(文脈)から状況を考えることが重要。

 今回は授受表現で、「(て)あげる」と「(て)くれる」の使い分けについて考えました。「(て)あげる」と「(て)くれる」の使い分けの基本は、最初のa,bに示した通りですが、それに加えて、次のことも考える必要があることが分かりました。

 「(て)あげる」と「(て)くれる」のどちらを使うかは、

  • 話し手の心情に関わる部分が大きい
  • 話し相手の「あなた」は多くの場合、「ウチのメンバー」に入る。
  • 文や文章の流れ(文脈)から状況を考えることが重要。

  • *1-3 :参考文献より引用。選択肢を一部変更した。
  • *4 :「一肌脱ぐ」は、その人のために、本気になって手助けするの意味。

参考文献

友松悦子・福島佐知・中村かおり(2011)『新完全マスター文法日本語能力試験N1』スリーエーネットワーク

(市川保子/日本語国際センター客員講師)

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