日本語教育通信 文法を楽しく「表現意図 -助言-」

文法を楽しく
このコーナーでは、学習上の問題となりやすい文法項目を取り上げ、日本語を母語としない人の視点に立って、実際の使い方をわかりやすく解説します。

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表現意図 -助言-

 「表現意図」シリーズ4回目の今回は「助言」について考えます。「助言」というのは、話し手が相手(聞き手)に対して役に立ちそうな言葉をかけること(大辞林)で、アドバイスとも言われます。「助言」には肯定的な助言と否定的な助言があり、海外旅行を考えている人に、「行ったほうがいいですよ」「行ったらいいですよ」というのは肯定的な助言であり、「行かないほうがいいですよ」というのは否定的な助言になります。

1.肯定的助言

1)助言表現

会話(1)では、Aがアフリカ旅行のことをBに相談し、Bは自分の思ったことを話し、助言しています。

  1. (1)
    A:
    アフリカを旅行しようと思っているんですが。
    B:
    そうですか。それなら、
    1. a.サファリパークへ行ったらいいですよ。
    2. b.サファリパークへ行くといいですよ。
    3. c.サファリパークへ行けばいいですよ。
    4. d.サファリパークへ行ったらどうですか。
    5. e.サファリパークへ行くべきですよ。

アフリカ旅行の話のイラスト

 a~eに挙げたものが、「助言表現」の代表的なものだと考えられます。
 a~cは「~たらいい」「~といい」「~ばいい」の形をとっています。3者は同じニュアンスを持ちますが、「~たらいい」が一番話しことば的、「~といい」はやや硬い言い方で断定するような感じがあります。
 cの「~ばいい」については少し説明が必要です。
 皆さんはcの「サファリパークへ行けばいいですよ」を読んでどんな印象を持ちましたか。少し冷たいような、突き放したような印象を持った方もいらっしゃるのではないでしょうか。次の(1)’の(ア)と(イ)を見てください。

  1. (1)’
    A:
    アフリカを旅行しようと思っているんですが。
    B:
    そうですか。それなら、
    1. (ア)サファリパークへ行けばいいですよ。あそこは素晴らしいですよ。
    2. (イ)サファリパークへ行けばいいですよ。それで十分ですよ。

 「~ばいい」には、「それさえすれば必要十分」※1という意味合いがあるため、文脈によって、プラスの印象を受ける場合とマイナスの印象を受ける場合があります。
 B(ア)は「あそこは素晴らしいですよ」とあるように、全体が好意的なやわらかいプラスの印象の助言になっています。一方、B(イ)は「それで十分ですよ」が示すように、「サファリパークにさえ行けばいい、それ以外は必要ない」というやや突き放したような、したがって、ちょっと冷たいマイナスの印象の助言になっています。
 cは文脈・状況があまり見えない助言なので、皆さんの中には、丁寧なやわらかい印象を持った方と、冷たい印象を持った方がいらっしゃったのではないかと思います。
 dは「~たらどうですか」を用いて同意を求める形をとっています。同意を求めながら、「そうするのがいいですよ」という助言をしています。話しことば的です。eの「~べきだ」は、本来は「~なければならない」という義務を表しますが、ここでは、強めの助言や提案を表していると考えられます。※2

 次の(2)(3)は助言を表している「べきだ」の例です。

  1. (2) 暑い時こそ、熱いものを食べるべきですよ。
  2. (3) こんなに安い時こそ買っておくべきですよ。

2)「~たらいい」vs「~たほうがいい」

 皆さんの中には、会話(1)に「サファリパークへ行ったほういいですよ」のような「~(た)ほうがいい」が挙げられていないのに気づかれた方がいらっしゃるでしょう。
 「助言」と言えば、「病院へ行ったほうがいい」「ちょっと休んだほうがいい」のように「~(た)ほうがいい」が定番のように考えられていますが、「~(た)ほうがいい」は通常、2つのものを比較して1つを選ぶ場合に使われます。「サファリパークへ行ったほうがいい」が使用可能なのは、相談者Aが「サファリパークに行ったほうがいいかどうか」と迷っている場合、または、相談されたBが、「Aはサファリパークに行くかどうか迷っているようだ」と想像して、行くことを勧めるような場合です。
 次の会話(4)を見てください。

  1. (4)
    A:
    サファリパークへ行こうかどうか迷っているんですけど。
    B:
    ああ、行ったほうがいいですよ。

 「行ったほうがいい」は、「行く」か「行かない」かを迷っている相手Aに、Bが両者を比較して「行く」ことを勧めています。

  1. (5)<職場で>
    A:
    <非常に疲れた様子>
    B:
    Aさん、今日は早引けしたほうがいいよ。
    A:
    でも......。
    B:
    大丈夫。あとはやっとくから。

職場での会話のイラスト

 会話(5)は、会話(4)のように会話の中に明示的に比較表現が入っているわけではありません。Aの様子を見たBが、「このまま何の対策もとらないで仕事を続ける」ということと、「早引けする」ということを頭の中で比較して、「早引けする」を選び、助言したと考えられます。

 今まで述べたように、比較表現の入った「~(た)ほうがいい」と、そうではない「~たらいい」「~といい」などは厳密には使い分けされるべきですが、実は、人の判断の中に比較の気持ちが入っているかどうかは、判断しにくいところがあります。人は比較が入っているかどうかをあまり考えずに、「~(た)ほうがいい」と「~たらいい」を使っている場合もあります。
 次の(6)(7)はインターネットで見つけた文ですが、(6)では「金融機関に行く」か「業者に頼むか」という迷いに、最初は「~たらいい」を、あとには「~(た)ほうがいい」を使っています。(7)は心理的な悩みの中で、「逃げる」か「自分の心の悲鳴を聞く」かに、「~たらいい」と「~(た)ほうがいい」を用いています。(6)(7)とも「~たらいい」と「~(た)ほうがいい」が区別せず使われています。

  1. (6) 住宅ローンを借りたいのですが、ほかに借入があるので自分で金融機関に行ったらいいか、それとも業者に頼んですべてやってもらったほうがいいのか悩んでいます。(http://kinie.nifty.com/loan/qa/shikin/100928074373/)
  2. (7) そんな人は逃げたらいい。 ダメになんてならないから、自分の心の悲鳴を聞いてあげたほうがいい。 (http://ameblo.jp/masterkwn/entry-12066683459.html)

 次の(8)は、大きい鞄と小さい鞄の比較が問題になっている会話ですが、「~(た)ほうがいい」と「~たらいい」両方使うことができます。

  1. (8)<アフリカ旅行に大小どちらの鞄を持って行くかについて>
    A:
    アフリカ旅行には、大きい鞄と小さい鞄、どっちがいいかな?
    B:
    1. a.小さいのにしたほうがいいよ。
    2. b.小さいのにしたらいいよ。

 会話(8)では比較が前提になっていますが、Bはabどちらで答えても間違いではありません。aは大きい鞄と小さい鞄を比較して、「小さいのにしたほうがいい」と「~(た)ほうがいい」を使っています。一方、bでは「~たらいい」を使っていますが、その時に話し手Bが、頭の中で、「大きい鞄」と「小さい鞄」を比較していなかったとは言い切れないのではないかと思われます。

3)「助言」の短縮形

 「~たらいい」「~ばいい」はカジュアルな言い方として、次のように言うこともできます。

  1. (9)
    A:
    アフリカを旅行しようと思っています。
    B:
    じゃあ、サファリパークへ行ったら? 楽しいですよ。
    A:
    ええ、そうします。
  2. (10)
    A:
    私、あの人のやり方、あまり好きじゃないんです。
    B:
    ふーん、じゃあ、自分でやれば?

 「~たら?」も「~ば?」も、短縮した形であるだけに丁寧さが欠けます。特に、「~ば?」は「それさえすれば必要十分」という意味合いを持つだけに、突き放したような、冷たい言い方になってしまいがちです。
 「~といい」、また、「~(た)ほうがいい」には特に短縮形はありません。

 今まで述べてきた「助言表現」を整理すると次のようになります。

<文の形(表現文型)>

    1. 1)~たらいい
    2. 2)~といい
    3. 3)~ばいい
    4. 4)~(た)ほうがいい
    5. 5)~たらどう(です)か
    6. 6)~べきだ
    7. 7)~たら?/~ば?

 今回取り上げた「助言表現」を、話し手の表現意図を左右するⅰ~ⅵの基準に合わせると次表のようになります。〇は程度が高いと考えられるものです。ⅶは話し手自身の判断や気持ちに用いられる場合を「わがこと」、他者の判断や気持ちに用いられる場合を「ひとごと」と表したものです。

「助言表現」、「~たらいい」「~といい」「~ばいい」「~(た)ほうがいい」「~たらどう(です)か」「~べきだ」「~たら?/~ば?」について、話し手の表現意図を左右する8つの項目(主観的、実現性、明確性、丁寧度、話しことば、プラス評価、わがこと、ひとごと)のうち程度が高いものを示す表。

 助言表現は「~べきだ」を除いて、すべて話しことば的な表現であることが分かります。また、「助言」が相手への働きかけの機能を持つという性質から、総じて明確性のある、プラス評価傾向のある表現だと言うこともできます。「~たら」が用いられている表現は、明確ではあるが、主観的で、丁寧度や実現性が低いことが分かります。助言表現は「ひとごと」に用いるもので、「~(た)ほうがいい」だけが話し手自身の「わがこと」についても使用できるということが分かります。

2.否定的助言

 最後に否定的な助言について会話(11)に例を示しておきます。

  1. (11)
    A:
    食べてもいいですか。
    B:
    1. a.今食べないほうがいいですよ。
    2. b.今食べるのはよくないですよ。
    3. c.今食べてはいけません。
    4. d.食べるべきじゃないですよ。

 c「~てはいけません」は本来は「禁止」を表す表現ですが、ここでは強めの否定的助言として使われています。

※1:
砂川有里子他(1998)『日本語文型辞典』くろしお出版p491参照。
※2:
2015年9月30日更新「文法を楽しく」の「表現意図-義務-」(http://www.jpf.go.jp/j/project/japanese/teach/tsushin/grammar/201509.html)参照。

(市川保子/日本語国際センター客員講師)

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