日本語教育通信 文法を楽しく「表現意図とき -(1)-」

文法を楽しく
このコーナーでは、学習上の問題となりやすい文法項目を取り上げ、日本語を母語としない人の視点に立って、実際の使い方をわかりやすく解説します。

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表現意図 -とき(1)-

 「表現意図」シリーズ6回目の今回は、「とき(1)」を取り上げます。「ときの表現」には、「~とき」「~あとで」「~前に」などいろいろありますが、今回は、行為や事態が起こった「あと」の表現について考えます。1、2では「~てから」「~あとで」を中心に、3では「~てから」「~あとで」に加えて、その後長期にわたる「~以来」「~てからというもの」などの表現について考えます。

1.「あと」を示す代表的な表現

  1. (1)
    A:
    ちょっとお話があるんですが。
    B:
    1. a.この仕事が終わってから、話しましょう。
    2. b.この仕事が終わったあとで、話しましょう。
    3. c.この仕事が終わったら、話しましょう。
    4. d.この仕事が終わり次第、話しましょう。
    5. e.この仕事のあとで、話しましょう。

 a~eは、時間の前後関係の中で、「あと」を表す表現です。代表的なものは、a「~てから」とb「~あとで」です。「~てから」と「~あとで」は意味用法が似ていますが、両者の違いの1つは、次の①のように、「~てから」が「前文での事柄が終了後、引き続いて後文が起こる」という「引き続き」の意味合いが強いことです。

 ①日本に来てから、すぐに空手を習い始めました。

 一方「~あとで」は、時間としての「あと」であれば、特に「引き続き」という意味がなくてもいいということがあります。「あとで」の前には動詞ではタ形が来ますが、「~た」が来るということは、「~あとで」が「そのことが完了した、または、そのことが実現したあとで」という意識が強いことを表しています。②を見てください。

②<薬の袋を見ながら>
母親:この薬は「食後」に飲むのよ。
子供:「食後」って?
母親:ご飯を食べる前じゃなくて、食べたあとで飲むということよ。

 なお、「~てから」と「~あとで」の違いについては、2で再度取り上げます。

 cの「~たら」は仮定条件ではなく確定条件を表し、「終わることが確定している事柄の終わったあとで」という意味を表します。確定した事柄を表しますが、「~たら」の持つ本来の「条件」の意味合いも残しており、cでは「仕事が終わる」ことが「話す」ことの1つの条件になっています。
 d「動詞マス形+次第」は「~したらすぐ、(そのことに取りかかる、そのことをする)」の意味を表します。後文には意志的な行為の表現が来ます。話し言葉で使いますが、改まった、硬い言い方です。手順や段取りを説明したり、仕事関係やビジネス関係で使われたりすることが多いです。「連絡が入り次第、お知らせします。」「できあがり次第、お持ちします。」などです。
 「あとで」が名詞とともに用いられる時は、eのように「名詞+のあとで」となります。動詞文を使って述べるよりも「名詞+のあとで」を使ったほうが簡潔な表現になる場合も多いです。「ご飯を食べたあとでvsご飯のあとで」「仕事が終わったあとでvs仕事のあとで」となります。
 以上、「~てから」「~あとで」「~たら」「~次第」を見てきました。
 では、次の会話の中で、それぞれの意味を確かめてみましょう。

2.「~てから」と「~あとで」の違い

 1では「あと」に関するいくつかの表現を取り上げましたが、ここでは特に「~てから」「~あとで」の2つを取り上げ、両者の違いや使い分けを考えます。

  1. (2)
    子供:
    お菓子、食べてもいい?
    母親:
    1. a.手を洗ってから、食べなさい。
    2. b.手を洗ったあとで、食べなさい。

お菓子を食べる前に手を洗う画像

 これはお菓子をほしがる子供と母親の会話です。子供は今すぐにもお菓子を食べたいのですが、母親は手を洗うことを先にして、そのあとなら食べてもいいと言いたいのです。皆さんは、aとbのどちらのほうが自然だと思いますか。
 子供の「食べてもいい?」という要求に対して、自然でよく使われるのは、a「~てから」です。
 「~てから」は、多くの場合、「後文の事柄が起こるためには、まず先に前文の事柄が起こることが必要である」という場合に使われます。aでは、後文「お菓子を食べる」ためには、それより先に前文「手を洗う」ことが必要だという母親の気持ちが含まれています。
 b「~あとで」は、時間的な前後関係を重視した表現で、「手を洗ったあと」という時点を明確に示しています。

3.「~以来」「~てからというもの」

 その時点以後・以降を表す表現には、「~てから、~あとで」の他に、「~て以来」「~てからというもの」などがあります。ここでそれらの使い分けをみてみましょう。

  1. (3)
    A:
    今は何をしているんですか。
    B:
    1. a.会社をやめてから、会計士の資格を取りました。
    2. b.会社をやめたあと(で)、しばらくして弁護士の資格を取りました。
    3. c.会社をやめて以来、介護士の仕事をやっています。
    4. d.会社をやめてからというもの、いくつもの仕事に挑戦してきました。

会社をやめた画像

 会話(3)は、前文の事柄をきっかけにして、事態が変わったり、また、そのままその事態が続いていることを表します。
 a「~てから」b「~あと(で)」は、ある事態(会社をやめたこと)のあと、ある時点である行為をした(会計士・弁護士の資格を取った)ことを表しています。
 cとdでは、話し手の焦点は「その時点以降」に置かれ、その時点から今までどのような行為・事態が続いているかを述べています。c「~以来」は、そのとき(会社をやめたとき)からずっと、その行為(介護士の仕事)を続けていることを表します。後文に「~ている」を使うことによって、行為・事態が続いているという感じが強くなります。
 dの「~てからというもの」は、そのきっかけ(会社をやめたこと)が引き金となって、大きく変化が起こり、「それからずっとやってきた」という、やや大げさな、強調した言い方になります。

 では、実際の会話の中で、「~以来」「~てからというもの」の使い方を確かめてみましょう。

 2011年3月11日、東北地方では地震と津波による大きな震災(東日本大震災)がありました。あれから5年が過ぎて、被災地も少しずつ復興していますが、そこに住んでいる人々には大きな傷が残りました。都会に出ていた若者達の中には、故郷に戻って、復興に力を尽くしている人達もいます。この会話はそんなことを考えながら、作りました。

 以上、今回取り上げた文の形(表現文型)は次のようになります。

    1. 1)~てから
    2. 2)~(た)あとで、名詞+のあとで
    3. 3)~たら
    4. 4)~次第
    5. 5)~以来
    6. 6)~てからというもの

 文の形(表現文型)を表にまとめると、次のようになります。

「とき(1)」表現について、話し手の表現意図を左右する10項目(主観的、実現性、明確性、丁寧度、話し言葉、引き続き起こる、行為/事態を続けている、大げさに聞こえる、わがこと、ひとごと)のうち程度が高いものを示す表

 主観的か否かについては、「~てから」「~あとで」が「時間(とき)」を重視するのに対して、「~たら」「~次第」「~以来」「~てからというもの」は時間の前後関係というより、話し手の気持ちを含んでいるため主観的と言えます。実現性・明確性については、時間の前後関係を直接的に表す、「~てから」「~あとで」が実現性・明確性が高いと言えます。また、「~次第」は話し手の「即座にする」という気持ちが入る分、実現性が高くなります。
 「行為・事態を続ける/続く」という点では、「~以来」「~てからというもの」はもちろんですが、「~てから」にもその意味があります。「~あとで」は時点を重視するため、「行為・事態を続けるという意味合いは含ません。「わがこと・ひとごと」という観点では、すべての表現が自分のことにも、他人のことにも使うことができます。

(市川保子/日本語国際センター客員講師)

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