日本につながる子どものための日本語教育 【第4回】 イスラマバードで育む「ことば」と「つながり」-親と子が力を合わせてつくる学びの輪-
- 日本につながる子どものための日本語教育
- このコーナーでは、「日本につながる子どもの日本語教育」の関係者や広く関心のある方々に向けて、複数のことばと文化の中で成長する子どもを支えるために役に立つ情報や活動例、新しい取組などを分かりやすく紹介していきます。
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2026年5月
イスラマバード日本語クラブ 代表 白井 真理子
1.はじめに
筆者が住むパキスタンには、約1,000人の在留邦人が居住しています(注1)。居住者が集中しているのは首都イスラマバードと経済都市カラチで、両都市には日本人学校(注2)があります。パキスタンに住む日本にルーツをもつ子どもたちは、家庭・学校・地域といった場面ごとに、日本語・英語・ウルドゥ語を使い分けながら生活しています。学校では主に英語が用いられ、家庭や学外では状況に応じて日本語やウルドゥ語が使われています。子ども同士の会話では、複数言語を行き来する話し方がよく見られます。
そんな中、「ウチの子は日本語がちっとも出来なくて」という嘆きの言葉を保護者から耳にすることがあります。言語は、親子のつながりの根っこであるだけではなく、いずれ独り立ちして社会に漕ぎだしていく子どもにとって、深く思考し、豊かに表現し、様々な関係を紡ぐ手段。そんな言語を苦労せずに身につけさせてやれたらと願うのも親心でしょう。とは言え、複数言語環境で育つ子どもに対し、目の前の3歳児が18歳になった時の言語習得の成果を的確に予測しながら我が子に向き合える親がどれほどいるでしょうか。
子どもの言語習得においては、親の叱咤激励よりも「あんな風になりたい」と憧れる年上の仲間や、刺激を与えてくれる同年代の仲間の存在が学びの原動力になるのではないでしょうか。また悩める親にとっても不安に感じていることを「大丈夫、ウチもそういう時があったから」と励ましてくれる先輩の存在や「あぁ、ウチもまさに今そうです」と共感してくれる仲間の言葉に勇気づけられるものです。まさに筆者もそんな経験をしてきました。
親も子も仲間同士で応援し合う、そうした場として生まれたのが、日本語自主学習サークル「イスラマバード日本語クラブ」です。子ども達には、より多くの大人や仲間と接し、親からは学べないことを学び、世界を広げるツールとして日本語を磨いて欲しいと考えています。今回は、パキスタンに暮らす親と子どもたちが、仲間とともに学び、育つ、学びの輪の様子をご紹介します。
2.イスラマバード日本語クラブ概要
2.1 沿革
イスラマバード日本語クラブは、イスラマバード日本人会(注3)のサークルとして、2014年5月に発足しました。イスラマバード日本人会では、日本人学校の施設を会員に広く開放し、様々な文化活動やスポーツ活動が行われています。様々な活動の一つとして、3歳以上の未就学児を対象とした「なかよし幼稚園」というサークルが有志保護者の尽力で長年運営されています。筆者は長男と次男と通算6年間「なかよし幼稚園」に所属しましたが、素晴らしい経験でした。一緒に参加していた子ども達とは幼馴染となり、筆者自身も親としての経験が未熟な中で先輩保護者の後ろ姿や助言から非常に多くを学びました。
2014年3月に長男が「なかよし幼稚園」を卒園するにあたり、現地校やインターナショナルスクールに進学する子ども達が継続して日本語や日本文化を共に学ぶことのできる場所がないという現実に直面しました。そこで、同じ環境にある家族が集まって、新規サークルとして「イスラマバード日本語クラブ」を立ち上げました。
2.2 活動の目的
パキスタンに住む日本にルーツをもつ子どもたちは、複数言語と文化を行き来して生活しています。また、パキスタンだけではなく、日本に対する愛着も持ち、日本語学習を大学進学や就職といった将来の進路選択と結び付けて捉えている様子がうかがわれます。このような背景から、設立当初より、活動の目的を以下のように設定しています。
- 1)将来にわたりパキスタン社会で生活する見通しの国際結婚家庭、インターナショナルスクールや現地校に通学している駐在員家庭の日本人会会員子女が週1回集まり、継続して日本語や日本文化への理解を深めること
- 2)異なる現地校に通うことで接触の機会の少ない子ども達ならびに保護者同士の親睦を深めること
- 3)日本人会図書室を利用することで、日本語での読書習慣を形成すること
3.イスラマバード日本語クラブの特徴
3.1 「追いつく」のではなく「寄り道」を
小学1年生から高校3年生まで13人が在籍し、毎週土曜日の午前中に2時間半、年間40回弱の授業をオンラインで行っています(2026年1月現在)。授業は、主に保護者有志が担当しています。授業の大きな特徴は、「サブカルチャー」「世界情勢」「歴史」「時事」「古典」を中心に、「日本語を学ぶ」というよりは「日本語で学ぶ」というスタンスであることです。どんなに年齢が低くても子ども達にはプライドがあり、勝てない勝負には挑みたくないものです。日本で育った同年齢の子ども達と同じ土俵に立たせて追いつくことを目指すのではなく、日本の学校では学ばないことを「寄り道」し学ぶ機会にしたいと考えています。
また、基本的に宿題もテストもありませんし、成績もつけません。オンライン授業中も画面オフで大丈夫です。「家庭優先」「学校優先」で、学校行事や定期試験、スポーツ試合、旅行、冠婚葬祭、体調不良など様々な理由での欠席は「あって当然のもの」と考えています。出席するだけで満点なのです。
こうした授業設計の背景には、日本語を単なる学習対象としてではなく、人と出会い、世界を広げるためのツールとして身につけてほしいという考えがあります。子ども達には、親から教わるだけでなく、年齢や立場の異なる大人や仲間と関わる中で、日本語に触れ、使い、磨いていってほしいと願っています。

日本語クラブの活動に集うイスラマバードの子どもたち
3.2 人と出会い、世界を広げるコンテンツ
設立から6年間は日本人学校の校舎を借りて対面で授業を行っていましたが、コロナ禍をきっかっけに2020年よりオンライン授業に切り替え、その後も「視聴覚教材を豊富に活用できる」「録画ができる」「送り迎えが不要」といった利便性からオンラインを継続しています。また、駐在員家庭の離着任や、国際結婚家庭の新規参加や途中退会など、所属メンバーは不定期に入れ替わりが生じます。過去12年間の活動における生徒数の変遷をふり返ると最小2名、最大22名でした。大規模な時間割編成はメンバー入れ替えのタイミングで見直しています(表1)。
| 時間(分) | コーナー | クラス |
|---|---|---|
| 10 | 1. 時事&教養トピックをチェック! | 全員 |
| 10 | 2. 中国古典 | 全員 |
| 5 | 3. 動画で学ぶ『美文字』と『筆順』 | 全員 |
| 15 | 4. おとうさん・おかあさんのお薦め日本語コンテンツ | 全員 |
| 25 | 5. 日本語能力試験対策 N1~N5 | クラス別(4クラス) |
| 10 | 6. モグモグおやつタイム&おすすめおやつ紹介タイム | 全員 |
| 10 | 7. 今週のJ-POP | 全員 |
| 20 | 8. 論語絵本/俳句 | クラス別(2クラス) |
| 20 | 9. 百人一首 | 全員 |
| 25 | 10. 小・中学国語/現代文/継承語 | クラス別(4クラス) |
| 10 | 11. 談話室(12:40までオープン) | 自由参加 |
授業時間は10時~12時半までの合計2時間半ですが、オンラインで画面に向き合う子ども達が飽きずに集中できるよう、5分から25分という短めのコーナーを組み合わせています。また全員一緒の授業とグループでの活動を織り交ぜたり、チャットを使って回答出来る3択クイズや、投票機能なども積極的に活用したりすることで、画面オフであっても子ども達の参加状況をモニターできるようにしています。また、子ども達の心理的プレッシャーを軽減させられるように、音読の際には、音声を消音にして、読み終えたらリアクションボタンを押すといった工夫をしているクラスもあります。さらに、理解確認の際には、オンラインクイズを使って、早く終わった子どもは満点になるまで何回も挑戦したり、ゆっくり挑戦する子どもも焦らずに、それぞれのペースで取り組めるようにしています。
授業で大切にしていることとして、前述したように保護者だけでなく、世代やバックグラウンドの異なる「仲間」との関わりを通して日本語に触れ、視野を広げていってほしいと考えています。以下に、その考えを具体化した3つの活動を紹介します(表2)。
| コーナー名 | 時間 | プレゼンター | 内容 | ねらい |
|---|---|---|---|---|
| おとうさん・おかあさんのお薦め日本語コンテンツ | 15分 | 主に保護者 | 小説、漫画、アニメ、映画、ドラマなどの小・中学生向けのコンテンツを紹介 | 保護者の多様な視点から、日本語で楽しめるコンテンツを知る機会を提供 |
| モグモグタイム (休憩時間) |
10分 | 全員 (だれでも) |
お薦めのおやつ紹介、自慢のペット紹介、お知らせなどを共有 | 子ども同士や保護者との自然なコミュニケーションを促進する |
| 今週のJ-POP | 10分 | 高校生 | お薦めのJ-POPを歌詞付きの動画で紹介 | 音と文字を結び付けながら日本語に触れ楽しむ |
「おとうさん・おかあさんのお薦め日本語コンテンツ」は、保護者の推しを熱く語るコーナーです。小説、漫画、アニメ、映画、ドラマ、著名人など、日本語のコンテンツであって小中学生への年齢の配慮がなされていればジャンルは問いません。担当の先生が毎回スライドを作成します。日本語で楽しめるコンテンツを幅広く知ることができるだけでなく、様々な保護者の新たな一面を知ることが出来て、毎回子ども達だけでなく大人も楽しみにしているコーナーです。過去には中高生が、パキスタンのアニメ映画について紹介するという番外編もありました。
「モグモグタイム」は、おやつとお手洗いの休憩時間ですが、お薦めのおやつを紹介したり、自慢のペット紹介をしたり、お知らせを共有したりする時間となっています。

モグモグタイムのおやつ紹介
「今週のJ-POP」は、高校生によるお薦めのJ-POPを紹介するコーナーです。原則としてリリースされて3か月以内のものを選んでいます。公式ミュージックビデオを観てから、歌詞の字幕付きの動画を観て、耳で聴いた音声を目で見るというプロセスまでをセットで紹介しています。
この他にも、「中国古典」「俳句」「百人一首」などのコーナーでは、マンガや動画なども用いて、古典に親しみながら学び、見聞を深められるようにしています。これは、良質なアウトプットのためには、良質なインプットが必要だと考えているからです。小学生には難解に感じられることもあるかもしれませんが、必ずしもその場で理解する必要はなく、「聞いたことがある」という記憶が少しでも残ってくれれば十分だと考えています。

「中国古典」授業スライド
このように、「参加したくなる授業づくり」「学んだことは全て忘れても構わない」「参加するだけで100点」という方針で運営していますが、貴重な週末に朝寝坊せずに日本語クラブに参加するということは、決して簡単なことではありません。実際に子ども達は日本語クラブのどんなところが気に入って参加してくれているのでしょうか。ここで子ども達の声をご紹介します。
- 毎回新しいトピックがあるので、全然飽きないで楽しみながら授業を受けている。(Aくん高校生)
- 家で話すだけだったらここまで日本語ができるようにならなかったと思う。それに友達と勉強できるから楽しい。(Hくん小6)
- 百人一首のビデオがわかりやすい。(Cさん小6)
- 日本語クラブがなかったら、ここまで読めるようにならなかったと思う。J先生の授業を通じて記事を読んだり、議論をしたりすることで、自分の読むスキルが培われたと思う。(Sくん中3)
- J先生の授業で新聞から日本のニュースに触れ合う機会を作ってもらったり、S先生の授業で討論の機会を得たおかげで、日本語を忘れずに伸ばせていると思う。(Aくん高校生)
オンライン上ではこのように楽しみながら学びを深めている子どもたちですが、オンライン画面から飛び出し、遠足企画などで一緒に時間を過ごし、交流を深めることもあります。

時にはオンライン画面を飛び出すことも。遠足の様子
3.3 授業は毎週テイラーメイド
イスラマバード日本語クラブは、学習塾ではなく自主学習サークルです。授業の担当は義務ではありませんので、引き受けても良いと言う保護者に担当可能なコーナーをお伺いし、授業内容は自由にデザインしてもらっています。メンバーには、パキスタンから離れても別の国から授業を継続して行ったり、海外出張先からも休まず授業したりしている方もいます。
「1人のプロよりも10人のボランティア」を標榜して活動を続けて来ました。継承語教育は家庭料理と似ています。プロの料理人によるごちそうでなくても良いので、誰かが子どものために料理を作って毎日食べさせることが命を繋ぐことになります。プロの料理人以外は包丁を握ってはいけないということはありません。同様に言語教育の専門家でなくても継承語教育に携わってくださる方を歓迎しています。
4.今後に向けて
これまで、イスラマバード日本語クラブでは、子ども達が多様な人々と関わり、世界を広げることができるように、「寄り道」しながら、子どもたちの「ことば」と「つながり」を育んできました。そのような中で、宿題としての音読や読書は保護者の見守りの有無が結果を左右することが多く、じっくりと「読む」ことに取り組めていないのが目下の課題です。そこで、新年度からはNPO多言語多読(注4)のレベル別コンテンツを用いて子ども達が自らの立ち位置を確認しながら先に進めるプログラムを導入しました。
同時に同NPOの「日本語の読みものをつくろう!」プログラムに参加して、パキスタンで日本語を学ぶ日本語クラブの子ども達のための教材として、パキスタンでの暮らし、地理、歴史、政治、宗教、文化、観光をテーマとした教材づくりに取り組んでみたいと考えています。一連の教材を繰り返し読むことで、読む力を育むだけではなく、パキスタンについて日本語で説明できるようになることを念頭に置いています。また物語を作ることにチャレンジしたいという子ども達の協力のもとに「書く」プロジェクトとしても、この教材づくりに取り組むことが、私達の次の展望です。こうした活動が、子ども達自身と身近な社会を結び、多様な人や文化と関わっていくためのきっかけとなり、学びの輪が広がっていくことを願っています。
注:
- 1.外務省「海外在留邦人数調査統計」2025年10月1日時点で738人(2026年2月25日)
- 2.在パキスタン日本国大使館附属イスラマバード日本人学校(2026年3月2日)
在カラチ日本国総領事館付属カラチ日本人学校(2026年3月11日) - 3.2026年1月時点で会員数192人
- 4.NPO多言語多読(2026年3月2日)
イラスト出典:
- Canva(2026年3月12日)
- かわいいフリー素材集 いらすとや(2026年3月11日)