令和6(2024)年度 国際交流基金賞受賞者
国際交流基金(JF)が設立の翌年の1973年から実施する「国際交流基金賞」の2024年度の受賞者が決定しました。本賞は、学術や芸術などのさまざまな文化活動を通じて、日本と海外の相互理解促進に顕著な貢献があり、引き続き活躍が期待される個人または団体に対して授与しています。
第51回の今年度は、内外各界の有識者及び一般公募により推薦のあった60件から、有識者による審査を経て以下の3件の授賞となりました。
塩田 千春 (美術家)【日本】
Chiharu Shiota
Berlin, 2023
Photo by Sunhi Mang
授賞理由
塩田千春氏は、ベルリンを拠点として国際的に活躍する美術作家である。
発表当初から一貫して「生と死」といった根源的なテーマと向き合いながら表現を深めてきた。ドイツに留学していた1997年、自らの身体を一つの素材として泥と格闘した作品が作家としての起点となった。2002年スイスのルツェルン美術館で発表した《眠っている間に》は、暗転する程に黒い糸が編み込まれた空間に病院用ベッド30台が置かれた作品で、作家が眠るパフォーマンスを行うなど「生と死」を直接的に表した。また、壁崩壊8年後にベルリンを訪れた塩田氏は、解体されたビルなどから集めた「窓」を壁状に高く積み上げた作品《内と外》(2008)を制作した。あちら側とこちら側とに隔たりながらも互いを見つめることができるその構造は、意見を違えてきた人類の歴史や物語を思い起こさせる。
塩田千春
掌の鍵
2015年
インスタレーション:古い鍵、ヴェネチアの木製の船、赤い毛糸
第56回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展、ヴェネチア、イタリア
写真:サニー・マン
(c)JASPAR, Tokyo, 2024 and Chiharu Shiota
このような強いメッセージを放つインスタレーション作品によって、ベルリン芸術大学在学中の1999年からドイツの各都市で発表を開始し、ヨーロッパ、アメリカ、アジアと活動の場を次第に広げていった。国際展へも2004年のセビリア現代美術ビエンナーレ以降、毎年のように参画している。中でも、2015年ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展日本館で発表した作品《掌の鍵》は、空間を覆い尽くすかのような圧倒的な量の赤い糸に、世界中の人々から募った鍵が結ばれて構成された。その火焔が噴き出したかのような強烈な視覚的インパクトと共に、18万本の鍵に込められた人々の願いや思いといった記憶が一体化した見事な表現は多くの人々を魅了した。
日本から単身ベルリンに渡りドイツ在住の日本人作家として揺るぎない地位を獲得してきた塩田氏による全世界を舞台とした活動そのものが国際交流の実践であり、同時に女性の国際的な活躍を促す大きな原動力ともなった。塩田氏は、このような顕著な業績とともに、今後益々の活躍が期待され、国際交流基金賞にふさわしい。
モンゴル日本語教師会 【モンゴル】
日本語教育シンポジウム
授賞理由
モンゴル日本語教師会の活動は、モンゴル全土の日本語教育の発展と普及に多大な貢献をしている。モンゴルにおける日本語教育の歴史は、1975年のモンゴル国立大学文学部日本語コースの開設に始まり、現在では初等・中等教育機関から高等教育機関まで日本語教育の幅広い発展と普及に至っている。
モンゴル日本語教師会は1993年に設立され、1998年にモンゴル法務・内務省に登録された。現在、会員数は363名で、モンゴル国内の日本語教育を支援している。主な活動として、在モンゴル日本国大使館、モンゴル・日本人材開発センター、在モンゴル日本人会、モンゴル日本商工会と協力して日本語スピーチコンテストを開催している。また、日本語教育シンポジウムの主催や共催にも積極的に関わり、日本語教師の専門性の強化や日本語教育水準の向上を図っている。『モンゴルの日本語教育』紀要を発行し、日本語・日本語教育に関する学術研究を支援している。2000年からは日本語能力試験の実施機関として、ウランバートル市では年2回、アルバイヘール市とダルハン市では年1回の試験を行っている。また、JF日本語教育スタンダードに基づいて初等・中等教育機関向けの教材開発も行い、モンゴル国内の日本語教育に大きな影響を与えた教科書『できるモン』を完成させ、広く普及させている。
学校対抗日本語スピーチコンテスト
2023年度には「第7回漢字ナーダム」「第15回日本語教育シンポジウム」「第29回学校対抗日本語スピーチコンテスト」など、多彩な日本語教育関連行事を実施し、日本に対する理解の促進及び両国の関係の発展に尽力している。日本語教育に関する理論と実践の往還のためモンゴル国立大学と協力し、『モンゴルにおける日本研究』の目録を作成している。
このように長年にわたりモンゴル全土の日本語教育機関や教師との緊密な連携を通じた国際相互理解の促進に貢献してきており、その業績は国際交流基金賞にふさわしい。今後のさらなる活躍と発展を期待し、国際交流基金賞を授与する。
セインズベリー日本藝術研究所 【英国】
授賞理由
セインズベリー日本藝術研究所は、ロバート・セインズベリー卿ご夫妻の資金援助により、1999年英国のノリッチに設立された日本の藝術・文化に関する調査・出版・交流のための研究機関である。本年で設立から25周年を迎える本研究所は、現在、日本藝術・文化に関する知識と理解の促進のための欧州最大の研究機関の一つにまで発展している。
図書館は日本の芸術・文化・考古学等の関連史資料5万冊以上を所蔵し、本研究所はフェローや世界中からの客員研究員を併せると、設立以来90人以上が在籍していた。本研究所は開かれた組織として社会向けの活動も多く、毎月第3木曜日に一般向けの講演会も開催し、すでに250回を超えている。22年には「ストーンヘンジと日本の先史時代」と銘打って、サイモン・ケイナー現所長の専門である縄文時代の火焔式土器や土偶の展示会が開催され、日本を含む世界で好評を博した。
Stonehenge Exhibition
セインズベリー日本藝術研究所は日本を含む世界の関連研究機関との学術交流もさかんに行っている。ロンドン大学東洋アフリカ研究学院(SOAS)、大英博物館、東京大学、中央大学、学習院大学、国学院大学、立命館大学などとの研究者交流、国際ワークショップ、共同企画などを通じて連携を強化している。そのなかでも注目すべきはイースト・アングリア大学との教育連携であり、11年から「日本学研究センター」を開設するとともに、20年からは「学際日本学修士課程」を設置するまでに至った。
セインズベリー日本藝術研究所は、時代に合わせて研究所内の所蔵品や史資料のデジタル化も積極的に進めており、世界のどこからでもそれらを見ることができるように進めている。また、近年では若い世代の需要に合わせてマンガやアニメなどにも関心領域を広げる柔軟性も示している。このように、本研究所は今後も欧州における日本研究の中心機関として大きな活躍が期待でき、国際交流基金賞を授与するに値すると考える。
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