国際シンポジウム関連企画:米国での文学イベント
国際交流基金(JF)では2023年10月28日(土曜日)、国際シンポジウム「世界とつながる日本文学 ~after murakami~」を開催しました。海外の作家や表現者の視点から日本文学作品との出会いを始め、個人的なご経験をもとにお話しいただき、村上春樹作品をはじめとした現代の日本文学が諸外国の文学や他の芸術分野にどのようなインスピレーションを与え、世界とのつながりを深めてきたのかについて議論を深めました。
そして2024年4月、この国際シンポジウムのフォローアップとして、文芸誌『MONKEY』の米国でのイベントに協力しました。作家や編集者、日本文学翻訳者などがオンサイトで対談する本イベントでは、先のシンポジウムの模様が紹介されるとともに、外国文学から受けるインスピレーションの重要性、文学を翻訳することの意義などについて日米の参加者が語り合いました。
今般、日本からこのイベントに参加された作家の川上弘美氏からご寄稿をいただきましたので、皆さまもどうぞお楽しみください。
2024年4月3日~4月12日 MONKEYアメリカツアー
2023年に雑誌MONKEY英語版第四号が刊行されたことを機に、柴田元幸さんご夫妻、翻訳家テッド・グーセンさん、翻訳家で今回通訳を担当してくださる由尾瞳さん、俳人の小澤實さんと共に、アメリカの三都市をツアーしてきた。おりしも昨年は短篇集『龍宮』、今年六月に長篇『三度目の恋』、秋にも長篇『大きな鳥にさらわれないよう』の英訳が出版されるということで、アメリカの読者と作家、そして日本文学研究者のみなさまと対話できることを楽しみに出発した。毎日、いくつかの対話、座談会、大学での授業参加などが行われたが、その中で私が参加したものについて、書いてみたく思う。
4月6日 マンハッタン、チェルシーのSeizan Galleryにて、午後、作家ケリー・リンクさんと対談。ケリーさんは長篇『The Book of Love』を二月に上梓したばかりで、六月に『三度目の恋(英題は『The Third Love』)』が出る予定の私と、題名のloveつながりでloveについて話すかと思いきや、世で言う正統派「love」からは遠い小説を書きがちな両名らしく、なぜ二人とも人ならざるものが小説にしばしば登場するのか、というところから話が始まった。ケリーさんの長篇も我が長篇も、loveの主体はゾンビであったり幽霊であったり過去の小説の中の登場人物に憑依した人物であったりすることから、「人とは何かということを考えさせられる」と、ケリーさん。そこから、小説の書き方、読んできた小説、何をどう書くか、等々を一時間ほど話し、互いに朗読も。質問の時間になると、対談に出てきた小説だけでなく今まで英語に翻訳された他の小説についての質問もあり、読者の広がりに感激する。
4月7日 マンハッタンのミッドタウンの紀伊国屋書店にて、テッド・グーセンさん、柴田元幸さんと、朗読と鼎談、そして質疑応答。柴田元幸さんによれば、以前にくらべ、来場者の多様性がぐっと増したとのこと。『龍宮』は、20年以上前に書かれた短篇集なのだが、今読み返すと、当時結婚していた自分が、そのころの結婚のありかたに対する疑問を多々感じていたことがわかり……というような話をしているうちに、少しずつ立ち見の人が増えてきて、驚く。同じテーマは『三度目の恋』にも通底し……と話すころには、かなりたくさんの立ち見の人が集まり、このテーマはアメリカでもまだまだ考える余地の多いものなのかと、感慨深い。由尾瞳さんの見事な通訳ぶりにも、感激。まるで自分が英語を自在に喋っているような心地になる、時間差のない通訳ぶりである。
質疑応答で、アジアからアメリカに移住して一年と少しであるという青年が、アメリカに来たばかりの頃、住みなれず心細い日々に『このあたりの人たち』(ごくありふれた町に住む人々の小さなエピソードを集めた掌篇集だが、平凡にみえて実はどの人もそれぞれの闇と光と奇妙さを持つ、といった内容)を、当時の自分の物語として愛読した、と発言してくれて、驚きと喜びを。書き手の私にとっては日本の小さな町のことを書いたつもりに過ぎないのものが、違う国の異なる社会背景の青年の心に触れたことに、言葉、というもののもつ可能性と、翻訳者の力を、同時に感じる。
4月10日 ピッツバーグ大学にて、作家アダム・サックスさんと対談。アダムさんの本は、まだ日本語では出版されていないが、雑誌に載った数篇と、柴田元幸さんが旅の直前に訳してくれた、湯気のたっているような最新の柴田さん直筆の短篇翻訳を読むことができ、イタロ・カルヴィーノを彷彿させる、おおらかで深みのあるアダムさんの奇想にノックアウトされていた。対談で一番聞きたかった、なぜ現代を舞台にせず、過去のヨーロッパの都市を舞台にするのか、ということを質問。現代のリアルな場所での現代人の描写では、今の時代に生きる自分が本当に書きたいことを、かえってリアルに書けない、という答えに、深く納得。
彼の答えは、二十一世紀に入ってからの世界情勢の中で、小説を書いてゆく小説家たち全員が揺れ動きつつ模索していることにつながるのではないかと感じる。小説における「リアリティー」とは何ぞや、という命題。
初めて会った、ケリー・リンクさん、アダム・サックスさん、そして紀伊国屋書店で質問をしてくれたアジアからの青年、またいろいろな切り口で質問をしてくれた多くの人々は、年齢も社会背景も何もかも異なるし、小説の書き方や読み方も異なる。にもかかわらず、今という時代に生きている読者、そして小説家たちが、架空のものにすぎない「小説」によって、国を超えて一瞬でも理解しあえる、という実感を、これまでの英語圏でのセッションの中で、もっとも強く感じさせてくれたツアーだった。
イベントをささえてくれた、英語版MONKEY編集者のメグ・テイラーさん、ピッツバーグ大学のチャールズ・エクスリーさん、カーネギー・メロン大学のクリス・ローウィさん、翻訳家のデビッド・ボイドさん、また、ニューヨークの街で幸運にも邂逅することのできた翻訳家のマイケル・エメリックさん、小説家バリー・ユアグローさん、翻訳家アリソン・パウエルさんらと、イベントの合間に、日本文学からアメリカの現状まで、また、地元のローカルフードから高田馬場の定食の話まで、さまざまなおしゃべりをしたのも、旅の豊かなみのりである。
川上弘美
『真鶴』、『古道具 中野商店』、『パレード』、『蛇を踏む』、『センセイの鞄』(2013年マン・アジア文学賞最終候補作)、『ニシノユキヒコの恋と冒険』など、多くの著書が英訳されている。テッド・グーセン訳の『このあたりの人たち』は2021年に出版され、同じくテッド・グーセン訳の『龍宮』は2023年にMONKEYから出版された。
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