イマージョン生徒の成長と教師の仕事

ワデル・ランゲージ・アカデミー
三木 貴司

イマージョン教育の現場では

Waddell Language Academyのあるシャーロット(Charlotte)は、ヴァージニア州、サウスカロライナ州、ジョージア州、テネシー州、大西洋に囲まれたアメリカ南東部のノースカロライナ州(州都:ローリー(Raleigh))に位置し、経済規模では同州内最大の都市とされています。

Waddell Language Academyは、K(幼稚園)-8年生までの公立の小中一貫校です。特筆すべきは、小学部(K-5年生)で行われているイマージョン教育であり、生徒たちは、日々の教科学習(算数、理科、社会など)を各外国語(日本語を始め、中国語、ドイツ語、フランス語のプラグラムがある)で行っています。日本語のクラスはK-5年生まで各1学級であり、各学級約15-30人の生徒が日本語で各教科の授業を受けています。授業では、日本の国語の教科書や市販の日本語の書籍が使用されることもありますが、基本的に、日本語は「各教科を学習する際の使用言語」という位置付けであるため、州で決められているスタンダードに沿うよう、学校区から配給された各教科の教科書及びワークブックを使ったり、手作りの教材を使ったりして授業が進められます。

イマージョン教育」については馴染みのない方もいらっしゃると思いますが、英語を母語とする生徒たちが州で決められた各教科のカリキュラムを日本語で学習することになるため、母語で同じ内容を学んでいる他校の生徒たちに比べ、より一層の努力が必要になることは容易に想像できるはずです。それにもかかわらず、同校では、3年生以上が学年末に受ける州一律のテストにおいて学区内全体の平均点よりも高い平均点を記録しており、教科学習と外国語学習を同時並行的に行っている生徒たちの無限大の可能性を示しているといえるのではないでしょうか。

イマージョン生徒の可能性は無限大

5歳で学校に入学したその日から日本語漬けになる生徒たちは無限大の可能性を秘めており、そこで働く指導助手(以下、TA)の仕事は、教師と共に彼らの成長を手助けしていくことであるといえます。

まず、日本語を学ぶ学習者としての彼らは、「作られた」コンテクストの中で外国語を学ぶ学習者とは少し異なり、5歳のときから日々の教科学習という「自然な」コンテクストの中で無数の日本語に触れることになるため、リスニング能力は相当高いものがあります。他方で、大半の生徒が自宅や学校外の社会では英語を使用しているため、スピーキングやライティングといった発信能力を高めるためには別途の努力が必要です。そのために、たとえば、担任教師が行う算数の授業の中で、答えを導くプロセスを説明している生徒の日本語の中に「そして」が多発していると、教室巡回をしながら原因と結果を結ぶ「だから」を使ってみるように指導することもあれば、生徒に不足しているライティング能力を高めるために、たとえば、担任教師と相談しながら、自分の目標とその理由を述べる作文の授業をすることもあります。

また、生徒たちは日本語学習者である前に、認知的に成長過程にある子どもということを忘れてはいけません。すなわち、日本語で教科を学んでいるとはいえ、他の一般校に通う生徒たち同様、教科の知識や考える力を育ててあげる必要があります。イマージョンの生徒たちは、日本語で学校生活を送っているため、他の学校の生徒より多くの努力が必要になるかもしれません。ただ、バイリンガル教育の権威であるジム・カミンズ氏曰く、複数の言語による思考力やリテラシーは同じ基盤を持つということなので、日本語で思考力を身に付けることは彼らの認知的な成長にもつながるはずです。このため、担当教師と相談しながら、日本語で書かれたテキストを題材にリーディングの授業をすることもあります。

日本語学習者として、認知的な成長過程にある生徒として、内面的に日々成長している彼らは、他者に対しても大きな影響を与え、21世紀の社会を作り上げていく主人公といえるわけですが、そのためには、他者との関わりが避けられず、他者との相違点を理解し、受け入れる力が不可欠です。その意味で、イマージョンの生徒たちは小さいときから「日本」という異文化を、日本語を母語とする教師とのやりとりの中でも学べるわけで、その力を発揮できる可能性を大いに秘めていると思います。そのため、異文化理解の一貫として、たとえばTAである私が日本の年中行事に関するプレゼン資料を作成し、K-5年生までの各教室に巡回授業を行うこともあります。

こうした生徒たちの無限大の可能性を少しでも高めるため、同校の教師及びTAはイマージョンという「特殊な」環境の中で日々試行錯誤をしながら働いています。ただ、同校の担任教師は、日々更新される指導要領やスタンダードに沿った授業計画の構築や諸業務で多忙を極めているのも事実です。そのため、TAは、時には担任教師の行う教科の授業を教室巡回のような形で側面支援し、時には担任教師と相談しながら、生徒に不足している日本語及び日本文化の事項を指導したりしています。

イマージョン生徒の存在を知ってもらうために

同校の生徒たちは、太鼓やソーラン節など日頃から練習している日本文化に関するパフォーマンスを地域のイベントにおいて披露することがあり、当日のお手伝いを行うこともあります。たとえば、アトランタ(ジョージア州)で開かれるジャパンフェスト、アジアンフェスティバル(コーネリアス、ノースカロライナ州)、シャーロット日本人会主催の盆踊り大会などの際に、パフォーマンスに使われる太鼓を運んだり、学校から出店している出店のお手伝いをしたこともありました。

これらの活動もまた、生徒たちが異文化を理解し、成長していくための機会を提供する上で重要であると同時に、このシャーロットという街の公立学校で、日本語を通して算数や理科などを学んでいるアメリカ人生徒がいるということを外部の人に知ってもらうという点でも大変重要です。ですから、同校の教師や保護者たちが協力し、これらの外部での活動をできるだけ有効に活用できるように取り組んでいます。

こうした努力が生徒たちの成長を助け、彼らがいずれ、日米間の更なる友好関係の構築を担う存在になってくれることを心から願うばかりです。

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